エピソード60 白猫のナッツとラウンジ『カナリア』。食べかけのコロッケと、同行するA級探索者【ジェネシス2525に向かうシェフ】
白い猫は、ひょいとテーブルの上に飛び乗った。
視界に映る世界と同時に、猫の嗅覚を通して、サンドイッチからこぼれ落ちる甘いソースの香りを捉える。
……ここは――金山ダンジョンの施設にある休憩所、通称『カナリア』かな。
『どうしたのだ……?』
ナッツは小さく呟きながら、感覚の共有をしている僕ではなく、物寂しげにサンドイッチを頬張る朱里を見上げていた。
ふと……猫の視線に気がついたのか、彼女は何かをごまかすように小さく笑った。
「あ、ごめんね。ナッツさん」
そう言いながら、彼女の手から食べかけの剛力オークのコロッケがポロリとこぼれ落ちた。
「わっ!」
『安心しろ……私が食べておいてやる』
ナッツが朱里には伝わらない声で勝手に承諾を得ると、ムシャムシャとテーブルの上に転がったコロッケを食べ始めた。
「あ。それ、私のサンドイッチ……」
『もう食べないのではないか?』
ナッツはじっと朱里の顔を見つめた。
「うん。いいよ。それ、ナッツさんにあげる……」
小さくため息をついてから、朱里は自販機で買ってきた安物のコーヒーを一口すすった。
『ミナト、お前が弁当屋の店番なんぞ、させるから朱里がふてくされているぞ』
……そうだね。昨日から連絡も入れずに、無理やり働いてもらってるしね。
『良いな、帰ったら謝っておけ』
……わかってる。
金山ダンジョンには多くの探索者たちが働いている。部署も違えば、役割や仕事の内容も異なる者たちが大勢いて、昼食の時間ともなれば、探索者専用ラウンジは休憩をとる者たちで溢れかえる。
ハクリュウ弁当でのお弁当の販売を終えた後、彼女はラウンジで遅めの昼食をとっていた。今日は非番の朔に代わって、ナッツの面倒は朱里が見ることになっている。
「朱里……?」
少し離れたところから声が聞こえた。白い猫の耳がぴくりと動く。ナッツの中で、警戒の警鐘が鳴り響いた。
「ヒカリ……さん」
ちらり……と、横目で様子をうかがいながら、ナッツは自分の確保したコロッケにかぶりついている。
「こんにちは!」
猫の頭をガシガシと乱暴に撫で回しながら、ヒカリは朱里の隣の椅子にドカッと座った。
『私はこいつが嫌いだ……。ここで目にものを見せてやろうか』
……まぁまぁ、待って。好き嫌いで誰でも殲滅させてたら、人類がいなくなっちゃうから。
不機嫌にフンッと鼻を鳴らして、白い猫は食べかけのコロッケを咥えたままヒカリに背を向けた。
「ミナトの弁当ね。一つもらっても良い?」
「え? いや……はい、どうぞ」
「どうしたの」
「……何でもないです」
「ミナトからの連絡は……って、その様子だとまだないか」
サンバードのピカタを箸で器用に切り分けながら、ヒカリは一口食べる。
「うわっ、めっちゃうまい! なにこれ」
「でしょ! やっぱり、湊さんのお弁当は最高に美味しくて……どこにいったんだろう」
と、ぽつりと朱里は寂しげに呟いた。
ザワザワ……ザワザワ……。
ラウンジはいつも騒がしい。いろんな探索者がいて、普段は危険と隣り合わせの彼らにとって、ここは唯一気を抜ける憩いの場だ。
だから、この場所を探索者たちは『カナリア』と呼ぶ。ダンジョンから魔物たちがあふれ出した際の避難所としても活用されるため、強力な防衛設備が整った特別な施設になっていた。
弁当をあっという間に食べ終えたヒカリの視線は、壁に掛けられた時計を見て、それから――。
「さぁ、案内して」
「え? どこに」
「坑道第三区域よ。朱里もいくわよね」
「ちょっと、なに!?」
理由もわからず、朱里は慌てて弁当の片付けをしながら、先に行ってしまうヒカリの背中を追った。
坑道第三区域にあるダンジョンは、未開拓のものも多い。深層部まで攻略されていないため、『冒険者』たちがダンジョン内の調査と開拓に向かうのだ。
冒険者の主な役割は、未開のダンジョンのルート構築や生態調査になる。
常に危険と隣り合わせの任務になるが、探索者たちの中では憧れのポジションでもあった。
「今日、これから入るダンジョンは三区内にある『ジェネシス2525』だ。十五階層までは踏破しているが、その先は未開のままになる」
そう言ったのは、探索者の半田だった。
冒険者には特に決まった固定グループはない。B級以上の探索者がリーダーとなり、挑むダンジョンの特性に合わせてその都度メンバーを選出・編成することができる。
……今回のダンジョン探索は、十六階層以降からが本番というわけか。
「それとだ。今日から臨時でメンバーに入ってもらうことになった、ヒカリだ。よろしく頼む」
半田がちらりとヒカリを見ると、彼女は朱里に向かってウインクをした。
「東京一区から来たヒカリよ。今日からお世話になるから、よろしくね」
「ヒカリさんも、冒険者だったんだ……」
「言ってなかったわね」
「全然聞いてないです」
咳払いをしてから、半田は少し言いづらそうにして言葉を続けた。
「彼女は俺たちの『護衛』でもある……」
「半田隊長、それってどういう意味ですか?」
冒険者のメンバーの一人が彼に尋ねる。少し考えてから、半田は言った。
「正確なランクはわからんが、ヒカリの実力はA級以上と思っておいたほうがいい」
「えええっ! A級っ!?」
驚きのあまり、思わず朱里の口から素っ頓狂な大声が漏れた。
『……A級だと? そいつが、そんなものか?』
疑いの目を向けたナッツは、物陰からじっとヒカリを凝視する。
「このところ、探索者襲撃事件が多発していることもあってだな。上からの指示で、ヒカリに同行してもらうことになった」
説明を終えると、半田は冒険者たちに手際よく指示を出していく。
半田が剣士で前衛、他に遠距離アタッカーと盾役、術式を得意とする能力者、そこに前衛補佐の朱里、そして補助系能力者のヒカリ。剣士の半田を中心とした、セオリー通りの安定型パーティーだ。
「よろしくね!」
と、ヒカリは朱里に向けて、改めて握手を求めてきた。
「は、はい……あの、私はE級の朱里です」
「あはは、等級のことなら別に気にしなくていいわ。ダンジョン内は、等級が高いからといって必ず生き残れるものでもないものよ」
「……そうですが……」
「ヒカリの言う通りだ。朱里はいつもの朱里のままでいろ」
緊張と驚きで表情が強張る朱里に、半田は笑って言った。
――冒険者たちが準備を終えるのを待ってから。
半田がダンジョンの入り口に掛けられた施錠の術式を解くと、重々しい音を立てて空間が歪み、深淵へと続く入り口が出現した。
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