エピソード58 尋問される側の尋問。持ち込まれた特大の爆弾『純魔素(クリア・ストーム)』と、隠蔽を図る上層部の思惑【探り合いをするシェフ】
Torah管理局――札幌東支部。
……いつきても荘厳な景色だね。
札幌の東の先。深い森に囲まれた巨大なガラスのピラミッド。複数の魔力の編み込まれた外壁は、侵入者を……あり一匹でさえ見逃さないほどの強固な壁を築いていた。
……僕はここに用があってやってきた。だが、いつきても不思議でならない。どんな魔力構造の術式で作られているのだろう……と。
ピラミッドの向こう側ーー透過する壁面の向こうには、本来そこにあるはずのない、青々と茂る巨大な山が丸ごと一つ収められ、山の麓には小さな町を築いている。それはさながら、スノードームの中に封じ込められた異世界の標本のような光景だった。
(このまま、ピラミッドを眺めていたいところだけど……)
僕はピラミッドの先を見上げた。陽光に照らされ、眩しさで建造物の全体は見えない。何ものも拒む魔力の壁には、「入り口」が存在しない。ピラミッドを包む術式に干渉し、歪ませた空間にポータルを開くことでしか、中へ立ち入る術はない。
スッと息を吸い込む。
「ハクリュウ弁当です! お届けに上がりましたー!」
僕は元気よく、何もない壁面に向かって叫んだ。
――直後。
気がつくと、背後に複数の気配が顕現していた。同時に、鋭い殺意が一斉にこちらへと向けられる。
……ただお弁当を運んできただけなのに、いきなり武器を向けられるとは、なんとも理不尽な話だ。
背中に張り付く気配の中に、よく知っているものがあった。僕は振り向かずに言葉を告げる。
「紫苑だね……。約束通り、お弁当を届けに来たよ」
そう言う僕の背中には、冷たい術式が施された剣の切っ先がピタリと突きつけられていた。紫苑と同時に現れた、管理局の特務執行官の一人だろう。
「『始原の帰還者』ミナトだな。……機密情報漏洩違反の容疑で拘束する」
紫苑は高圧的な口調で言い放った。それは相手の言い分を聞くというよりも、有無を言わせない断定的な物言いだった。
剣を突きつけられたまま何も言わない僕の目の前で、歪んだ鏡のようなポータルが空間にポッカリと開く。
「プロトスはどうした?」
「店で留守番してるよ」
ポータルの奥へと連行されながら、紫苑に僕は静かに答える。
「……まぁいい。お前が何を企んでいようと、現状は変わらない」
「あのさ」
「勝手な発言は慎め」
「……持ってきたこのお弁当、どこに置けばいいかな?」
僕の間の抜けた質問に、紫苑が呆れたように息を呑んだ気配がした。
ポータルをくぐり抜けた先は、無機質なコンクリートの壁に囲まれた、暗くジメジメとした通路だった。そこをしばらく歩かされ、やがて案内されたのは……小さな会議室のような部屋。
一応窓はあるものの、そこには厳重な脱出防止用の術式が施されている。
さしずめ、ここは僕のための『軟禁部屋』といったところだろうか。
小さく息を吐いてから、紫苑は顎をしゃくり、背後の特務執行官たちを下がらせた。
彼らが無言で部屋から出ていき、重い扉が閉まるのを待ってから、彼女は忌々しげに口を開く。
「ふぅ……。目立つなと言っただろうが」
「どうにも性分でね」
「……まぁいい」
眉間を揉む紫苑に、僕は思い出したように付け加えた。
「あ。それとさ、拘束されるのは別に良いとして、明日の朝には一度店に帰ってもいいかい?」
僕のいたって当然の権利の主張に、彼女はやや苛立ちを滲ませて拳を握りしめた。
「無理に決まっているだろう。お前は容疑者だぞ」
「そうか。それなら、仕込みの時間になったら勝手に出ていくけど、良いかな?」
その言葉の裏にある『真意』を悟り、紫苑は一瞬、息を呑んで言葉を失った。
……いざとなれば、こんな術式空間くらい簡単に破壊して帰るぞ。
そんな僕の、幼気な響きすらある脅迫に、紫苑は悔しげに少し考えてから渋々と言った。
「……わかった。その代わり、監視は付けさせてもらうからな」
「紫苑ちゃん。話が分かる人で助かったよ」
「ちゃん付けは止めろっ!」
僕の不意打ち的な呼び方に、彼女の顔が若干赤くなっていた。
怒っているのか、それとも別の感情なのかは分からないが。
(……昔と全然変わらないな)
殺風景な部屋の中には、会議用の長テーブルと、それに合わせた簡素な椅子がいくつか並べられている。僕は今、その椅子の一つに腰を下ろし、紫苑から尋問を受けている最中だ。
「お前の言うリストの中に、それらしき人物がいた。今は組織が追っている」
「さすが管理局だね。動きが速い」
「当たり前だ」
機密情報漏洩違反……――僕をこの場に拘束するために用意した、ただの大義名分といったところだろう。
「誰になりすましているのか……までは、わからないんだよね?」
「……すまないが、答えられない」
(……それだけで十分だ)
紫苑のわずかな口ぶりや間の取り方からして、人物はある程度まで絞り込めている……が、完全に特定・確定するには至っていないというわけだろう。
……もう少しだけ、探りを入れてみよう。
「ところで、蟹鍋はおいしかったかい?」
僕が尋ねると、紫苑の表情が険しくなる。やれやれといった感じで深く息を吐いた。
……カエデから話は通っているはずだ。朱里が何者かに襲われたダンジョンの出来事が脳裏に回想していく。
「おかげさまでな。ミナトがあんな『爆弾』を持ち込んでくれたせいで、こちらは残業三昧だがな」
「お気に召してくれたようで何よりだよ」
「はぁ……。実際のところ、上層部は証拠潰しに躍起になっていると言ったほうがいい」
どこの世界でもいるものだ。浮上した不都合な問題は表に出なければ、問題そのものを『なかったこと』にできる。紫苑の上司もまた、そうした部類なのだろう。
……これ以上は情報を引き出すのは無理か。
「『純魔素』の出どころは?」
「さぁてな。後期ダンジョンでお前が見つけたということ以外、調べはついていない」
……それは恐らく嘘だろう。
わかっていたとしても、お前には教えないぞ、という警告の色が彼女の表情から見て取れた。
「ありえないものが、ありえない場所で見つかった。……それだけで疑う余地はあるんじゃないかな?」
「上層部がそれを認めないだけだ。……私は純魔素の存在を否定していない」
「うーん。見方を変えると、人為的なものとも感じられるね」
「そうだ。だから、その可能性もあってお前を拘束したのだ」
それだけ言って、彼女は話を打ち切った。
……つまり、僕もその『容疑者』として疑われているわけか。
「今日のところは、ここにいろ。外部との接触は控えるようにしろ」
紫苑が僕の目の前でじっとこちらを見つめながら言った。言うことを聞かない子供を叱りつけるような口調だった。
「心がけておくよ」
……今日のところは、ここでおとなしくしているとしよう。
僕の言葉を聞いてから、紫苑は席を立ち、扉の前でふと足を止めた。
「ミナト……」
「なに?」
「弁当は、いただいていくぞ」
そう言ってから、長テーブルの上に置かれたレジ袋を手にして、紫苑は足早に会議室を出ていった。




