エピソード57 「王権の銀糸(レガリア・ライン)」。地竜の核を砕く連携と、「一緒に世界を創らない?」という唐突な勧誘【王になる少女と興味がない剣士を観察しているシェフ】
地竜……――その名の通り、大地を揺るがす巨体と岩のように硬い表皮を持つ、探索者が最も出くわしたくない魔物の一種だ。他の竜種に比べると比較的出現率が高く、ダンジョンの深層に稀に現れることもある。
「………っ」
剣を構え直した朔は、宙を舞いこちらへと突進してくる地竜に正面から立ち向かうことを避け、素早く岩陰へと身を隠した。
地竜には『飛来』という能力がある。魔素を原動力として空を飛ぶ――というより、実際には空気中を自在に移動・浮遊できる能力と言ったほうが正確だ。
……さすがの朔も、目線よりもずっと高い位置に鎮座する相手には警戒しているようだ。
「どうする気?」
岩陰で朔の隣にやってきたヒカリが呟く。
「……探す」
「だから、何をよ」
「弱点だ」
そう言い残し、朔は岩場から身を乗り出すと、風の術式を足場にして地竜の待つ空めがけて大きく跳躍した。
瞬間……――朔が振り下ろした斬撃が、地竜の巨体の腹部を鋭く薙ぐ。
カキンッ……!
だが、岩のような硬い表皮に無情にも弾かれる。朔は気にせずに何度も空中で剣を振り下ろすが、地竜の肉体には刃が届いていない。
煩わしそうに、竜は巨大な前足を大きく振り上げて空中の剣士を蹴散らす構えを取った。
「……剣が通らない」
間一髪で地面へと着地した朔は、ヒカリに向かってポツリとこぼした。
「そうでしょうね。あの岩みたいに硬いドラゴン相手に、ただの剣が通用するわけないじゃない!」
「…………」
無言のまま、朔は上空の地竜を見上げた。
……違和感を覚えているのだろう。
『あの竜種……本体ではないな』
……そう。朔の放った斬撃が決して弱いわけではない。それなのに、地竜にはダメージが蓄積している様子が全く感じられないのだ。
「……風よ」
剣に極圧縮した風を纏わせ、朔は再び虚空を蹴り上げて地竜へと肉薄する。
ザンッ……!
風の術式で極限まで切れ味を増した刀身が、今度はしっかりと地竜の太い首を捉えた!
剣撃は地竜に通った……ーー魔力を纏わせた一撃はドラゴンの弱点というわけか……だかーー
「……っ!」
その斬撃に手応えはなかった。一瞬空中で体勢を崩した朔だったが、瞬時に身を翻してそのまま地面へと着地した。
「あれは……っ」
背後からヒカリの戦慄する声が聞こえる……が、朔はそれを気にする余裕もなく、見上げた先で起きている地竜の異様な光景に目を奪われていた。
剣士の放った一撃は、確かに竜の首を討ち取っていた。
……しかし、そこには骨や肉を断つような手応えはなく、ただ空気を薙いだだけのような、異様な違和感だけが刃に残っていた。
『再生か……』
その答えが、目の前の光景を物語っていた。
剣で両断したはずの竜の首は、サラサラと崩れ落ちる砂へと変わり果てる。だが、胴体と首が分断されたのも束の間――首の切断面から無数の砂粒が湧き上がるようにして瞬時に形状を象り、あっという間に元の地竜の姿へと再生していった。
「………っ!!」
剣を鋭く一振りし、再び風の術式を施そうとする朔を、ヒカリは慌てた様子で引き止めた。
「だから、無意味に突っ込んでもダメだってば!」
「……なぜだ」
「はぁ……今、自分で見たわよね?」
「何を……だ?」
「砂よ! 首が砂になったのよ。あれは恐らく、擬態しているだけなの」
「擬態……か」
「そうよ。目の前にいる地竜は、本物の地竜じゃないわ。何らかの方法で、あのスライムが取り込んだ魔素で作り上げた『偶像』に過ぎないのよ」
「………」
朔は少しの間考えてから、再びスッと剣を握り直した。
「……斬るか」
「だぁーかーら! 斬れないんだって言ってるでしょっ!」
ヒカリはガシガシと頭を掻きながら、とにかく突進して物理で解決することしか頭にない天然剣士に、深く頭を抱えて特大の溜息を吐いた。
ヒカリの言う『作戦』はこうだ……。
地竜に擬態したスライムには本体となる『核』が存在し、その核を破壊しない限り、永遠に砂の再生は繰り返されてしまう。
『ボォォォォォォォォォッ!』
竜の咆哮が辺りに鳴り響いた。だが、くぐもったその声の波長に、上位竜種が持つ圧倒的な威厳は感じられない。ただスライムが真似て放っただけの、形ばかりの咆哮に力は宿っていなかった。
全身に風を纏った朔は、地竜に向けて力強く地を蹴り上げた。放たれた長剣の切っ先は、巨大な竜の身体には届かない……が――。
「……巻き上がれ」
彼の狙いは、斬ることではなかった。
大地で旋回するようにして巨大な風の渦が上昇し、地竜の姿をした『ソレ』の視界を完全に奪い去る。砂状化した大地から巻き上がる猛烈な砂嵐が、分厚い風の壁となって魔物の動きをも鋭く縛り付けたのだ。
「王権の銀糸!」
風の壁の奥から、ヒカリの凛とした声が響いた。
舞い上がった砂の嵐が晴れていく視界の先に……――地竜の背にまたがる少女の姿が見えた。
グルゥ、と……不気味に首を動かしたドラゴンに対し、朔は本能的に剣を握る手に力を込める。
「大丈夫よ。もうこの子は襲ったりしないわ」
「……何をした」
「わたしの能力は『銀糸』。一時的に魔物の四肢を支配することができるの。……といっても、それほど長い時間は制御できないから、早く尻尾の後ろにある核を破壊しないとっ!」
ヒカリが言葉を言い終えるよりも早く、朔は地竜の背後へと向けて疾走していた。
ザシュッ……!
剣士の突き立てた刃が砂の装甲を貫き、本体であるスライムの核を正確に捉えて砕いた。
「きゃっ!」
核を失い、一気に砂へと崩れ落ちていく地竜。足場を失ったヒカリは、たまらず地面へと落下した。
「大丈夫……か」
「こういうときは、普通助けるものでしょ!?」
「……気をつける」
淡々とそう言って、朔は何事もなかったかのように長剣を鞘に納めた。
地面に落ちたヒカリは立ち上がり、パンパンとローブに積もった砂ぼこりを払う。
「あなたって、ホントにバカね」
「…………」
「でも、そういうのわたしは好きよ……」
「…………」
「別に好きとかいうのは、恋愛的に好きなわけではないから……っ」
「……知ってる」
「そう……はっきりと否定されると……――」
言葉尻を濁し、ヒカリはわずかに唇を尖らせて視線を逸らした。
照れて慌てるわけでも、勘違いしてうろたえるわけでもない。心のどこかでほんの少しだけ期待していた反応とは違う、あまりにも素っ気ない肯定の言葉に、少しだけ胸の奥がモヤモヤしていたのだろう。
そんな複雑な感情を振り払い、誤魔化すように、彼女は意図的に話題を切り替えた。
「朔はどうして探索者になったのよ」
「……気がついたら、剣を持ってた。覚えていない」
「この剣士バカっ」
「……そうか」
なぜ自分がバカ呼ばわりされているのか、朔にはその理由がまったくわからないようだ。剣以外のことにはとことん無頓着な彼は、ただ事実を述べただけで腹を立てる少女に対し、わずかな戸惑いを覚えつつも淡々とその言葉を受け入れている様子だ。
そんな彼のブレない鈍感さに一度大きなため息を吐いてから、ヒカリはスッと背筋を伸ばした。
完全に砕け散った地竜の核を見下ろしたあとで……ーー自信に満ち溢れた姿勢で朔を真っ直ぐに見据える。
「あなたのこと気に入ったわ。ねぇ、朔。一緒に世界を創らない?」
「……世界を」
「そうよ。わたしは王になるわ。この世界を統べる王……」
「どういう……意味だ?」
「『ARCANA』を破壊する。……だから、朔も一緒に来てくれないかしら」
自信に溢れた少女の強い瞳が、朔をじっと見つめていた。
だが、彼からの返答はなかった。否定も肯定も、どちらもしない。
「……興味ない」
ただ単に、その無感情な言葉だけが、朔の出した結論なのだろう。
「もう少しくらいは考えなさいよね!」
「…………」
「いいわ! この話は保留よ。わたしはあなたに断られてない。今日のところは、ただ話をしただけ。……それでいいわね!」
「ヒカリ……」
「……そろそろ腹減った。帰る」
「もう! 何なのよ!」
しばらくしてからのことだった。
遅れをとっていた討伐隊の他の隊員たちが、ようやくこの『亡骸の渓谷』へと到着したのは。




