エピソード53 討伐隊に迫る襲撃事件の影と、素性を隠した新たな仲間。疑念の視線を天然でスルーする【ブレない弟子と冷や汗の猫を見守るシェフ】
バタバタと騒がしく走る足音が通路に響く。討伐隊の分隊たちは、今日も割り当てられたダンジョンへと討伐に向かっていた。
……いつ来ても、馴染めない雰囲気だ。
討伐隊の役割は幾つかある。スタンピードが発生した際の防衛戦はもちろんだが、常に状況が変化していくダンジョン内の定期的な調査が主な任務だ。
探索者の中には『冒険者』と呼ばれる者たちがいるが、彼らの役割は未踏の深い階層までを開拓することにある。対して討伐隊は、冒険者からの報告をもとに、後続の『採取者』や『採掘者』たちが安全に作業を行えるよう、魔物を一掃する役割を担っている。
朔が所属しているのは、その討伐隊の『第五部隊』であった。
金山ダンジョンは、いくつものセクションに分かれている。
坑道への入り口と直結している中央棟は、削り出した山肌をそのまま地形として利用した造りになっていた。切り出された斜面に沿って一階から三階までの階層が繋がり、中央棟の二階を中心に、ぐるりと円を描くようにして各施設が空中歩道で結ばれている。
白い猫を肩に乗せた剣士……朔がいるのは、討伐隊が所属しているその三階のフロアだった。
「朔か。その……なんだ……」
声をかけてから、第五部隊の隊長は言い淀み、朔を見ながら慎重に言葉を選んでいる。
「……はい」
「その肩に乗せている猫は……そのまま、ダンジョンにも連れて行くのか? それで」
若干、言葉にならないような声を漏らしながら、隊長はちらりと周りの隊員たちの様子を窺った。
「……問題ありません」
一切の迷いなく、はっきりと言い切る朔に、隊長である神代は深く頭を抱えた。
……朔も、これでいて、探索者としてはBランクになる。討伐隊こそ配属して間もないが、探索者としては経歴はある。
「お前がそう言うなら、もう何も言うまい……」
……討伐隊の中での、朔への扱いがよくわかる。どうやら彼は、この部隊で完全に我が道を行く存在として定着しているらしい。
やり取りを聞く限り、これからダンジョンに入るようだ。
討伐隊に休みはない。と……言うと語弊があるかもしれないが、一年を通して、彼らは常に金山ダンジョンを守らなければならない立場にある。
そのため、一つの部隊は主力となる五人、もしくは六人で組織され、そこに補充要員を合わせた十人弱で構成されている。そうした部隊が全部で十三隊まであり、交代制で途切れることなくダンジョン探索と防衛に当たっているのだ。
「神代、これから潜るのか」
そう言って近づいてきたのは、初老の探索者だった。
「ああ。それほど気負うような探索じゃないがな」
「何かあったのか……?」
「半田、お前も聞いてるだろう。探索者連続襲撃事件のことは……――」
「聞いてるよ。ここにいれば、嫌でもその話題になる」
「被害に遭った佐藤は……うちの第五部隊にいた」
「……そうだったな。でも、お前のせいじゃないだろ」
「隊員の安全を守れなかったのは、隊長である私の責任だ」
「真面目すぎるだろ……」
半田はそこまで言ってから、言葉を飲み込んだ。
「もう行くぞ」
それだけ言い残し、神代は背を向けて歩き出してしまった。
「……で、朔。その猫はなんだ?」
「……今日は、師匠とダンジョンに向かう」
「そう……か。まぁ、お前がいいならいいけどよ」
何か言いたげな半田をよそに、朔は足早に隊長のあとを追いかけた。
討伐隊が使用している部屋の一つ――第五部隊に割り当てられている訓練場では、先に到着した神代が、隊員たちを前に話を始めていた。
遅れて入ってきた朔に一瞬だけ険しい顔を向けてから、神代はコホンと咳払いをして話を続ける。
「お前たちもすでに聞いているだろうが……先日、佐藤隊員が何者かに襲われた」
「隊長! 佐藤は無事なんですかっ」
隊員の一人の悲痛な声に、神代は静かに首を振った。
「ARCANAからの正式な報告はまだない」
「しかし……!」
「言いたいことはわかる。理由も分からずに、我々討伐隊の人間が襲われているのだからな。黙っているわけにもいかんだろうが、金山ダンジョンでの我々の役割を放棄するわけにもいかない」
そこまで言ってから神代はいったん言葉を切り、訓練場のドアの方へと視線を向けた。
「……入っていいぞ」
神代に呼ばれ、ドアが開く。そこから入ってきたのは、背の低い少女にも見える、目深にローブを被った女性探索者だった。
「いいか、お前たち。佐藤の代わりに、臨時でこの部隊に所属することになった探索者の『ヒカリ』だ」
「あの……」
「何だ、三柴」
「彼女の、実力はどうなんですか……?」
「そうだな。俺と同等だ。こう言えばわかるか?」
「た、隊長と……!?」
信じられないといった顔で、三柴は周りの隊員たちと顔を見合わせる。
一瞬、助けを求めるように朔のほうへも視線を向けたが、彼の肩に乗った白い猫が『ふぁぁ』と大あくびをしているのを見せつけられ、三柴は呆然と言葉を失った。
「朔。お前がヒカリの面倒を見てやれ」
「……はい」
「以上だ。これより第五部隊は、エリアFC2の調査に向かう。各自、準備をしろ!」
隊長の号令と同時に、隊員たちは緊張した面持ちで各々の支度を開始した。
「よろしくね。えっと、名前は……」
「風待朔……」
「そっか。じゃあ、朔。わたしはヒカリよ」
ヒカリは屈託のない笑顔を向けながら、握手を求めてきた。
一瞬戸惑った朔だったが、彼女のペースに押されてか、求められるがままにその手を取る。
「……で、その猫は?」
ヒカリの視線が、朔の肩に乗っているナッツへと向けられた。
「師匠だ……ダンジョンには、一緒に行く」
「そ、そう……」
「……どうした?」
「あ、いや……ちょっと知り合いが飼ってる猫に似てるかな、と思って」
「師匠は、師匠だ……」
「ま、いいけどね」
「……行くぞ」
それだけ言うと、朔はヒカリを置いて、そのまま坑道への入り口へと歩き出した。




