エピソード52 レシートの裏の不器用な伝言と、魔法陣で繋がる初めての『探友』。遠く離れた場所から仲間を信じて見守る【オトナになった凄腕シェフ】
そっと、朔は一枚のレシートの裏に書かれたメモ書きを丁寧に広げた……――。
……あり物で間に合わせたのだから仕方がない。
そのレシートには走り書きのような小さな文字で、こう綴られていた。
『どこから話そうか……きちんと説明すると、とても長い話になる。
だから、短く言うね。
これから数日間のうちに、いろんなことが起きると思う。
でも、決して誰も、何も、信じないでほしい』
メモを見て、朔と朱里は無言のまま、互いに視線を合わせた。
横から覗き込むようにして、その先に書かれた内容を朱里が声に出して読む。
「……自分の目で見て、触れて、受け取って、感じて、目の前で起きていること全てが正しい……」
今度は朔が朱里に代わり、メモの続きを静かに読み上げる。
「いかなる場合であっても、自分を信じて、したいように進んでほしい」
そして、最後の言葉を口にする前に、彼の表情に一瞬の躊躇が生まれた。
「……それと……朱里さん、朔くん。二人には、友達になってもらいたい」
そこまで読んでから、突然何を言われているのかわからないといった様子で、朔はその言葉を疑問符付きで繰り返した。
「……友達? ……か」
ちらり……と、朔の視線が不器用に朱里のほうへ向けられた。
……いろいろと考えたけど、それが一番良いと思った。
少し悩んでから、朔はぽつりと言った。
「……師匠が良いというのなら」
「何でそこで猫が出てくるかな」
「ダメ……か?」
「いや、ダメじゃないけどね」
「そうか」
朔は抱きかかえていたナッツを、そのまま膝の上に乗せて椅子に座った。
「それよりも、友達って……うーん、湊さんは何でこんなメモを残したんだろう」
……いいね。そこに気がついてくれると話が早くて助かる。
いったん考えてから、朱里の視線が上を向く。うーん、と悩みながら、何かを探すようにして店内を見渡してから、
「わかった! 一緒にダンジョンに入って、強い魔物を討伐する……とか!」
……いや、そうじゃなくてさ。それは普通の友達のやることじゃないと思うんだけど。
「それ……いい。間違ってない……」
……完璧に的を外していると思うが、探索者の間での『友達』とはそういうものなのか?
朔まで朱里に賛同して、おかしな方向で話がまとまりそうになったとき、不意にナッツが彼の膝からぴょんと飛び降りた。そして、朱里の足元に纏わりつくようにして歩いてみせる。
「ナッツさんはどう思ってるんだろう」
「……話せるなら、師匠に助けられたときの礼を言いたい」
「話せる……あ!」
朱里は何かに気がついたのか、腰のポーチからスマートフォンを取り出した。
「そうよ。朔くん、連絡先を交換しよう!」
「……交換?」
ARCANA協会は、探索者向けの専用アプリを提供している。
ダンジョン関連のニュース配信から、武具の購入、ドロップ品の買取査定まで網羅する必須ツールだ。その中には、パーティ編成や探索者同士のやり取りに使うメッセージ機能――通称『探友』も備わっていた。
「追加するね」
朱里が手慣れた様子でアプリを操作し、探索者に割り当てられている固有IDを検索する。朔のアカウントを選択すると、スマートフォンの画面上に幾何学模様の魔法陣がふわりと浮かび上がった。
そこに軽く魔力を通すことで、無事に『探友』が成立する仕組みだ。
「これで……いいか?」
「うん、大丈夫よ。ちゃんと追加されてる」
朔が不器用に差し出したスマートフォンの画面を確認しながら、朱里はにっこりと答えた。
この『探友』は双方の合意のもと、魔力による波長の登録が必要となるため、必然的に互いの情報の一部を開示し合う仕組みになっている。
探索者たちにとって心強い繋がりとなる一方で、安易に登録すれば相手に弱みを握られるリスクも伴う。そのため、本来は極めて慎重に扱うべき機能なのだ。
……そうはいっても、朱里も朔もそれほど重大なこととは考えていないようにも見えるが、彼らなら問題はないだろう。
「えーと……私がお店の鍵を預かって、戸締まりを確認する、でいいのね」
レシートの裏に書かれたメモには、さらに続きがあった。メモを読み上げながら、朱里は弁当の袋に一緒に入っていた店の鍵を手に取って確認する。
……彼らに任せたのだ。今後のことを。
「……師匠は、連れて帰る」
……朔には、ナッツと一緒にいてもらう。
『結局、こうなるんだな……』
朔の肩の上に乗ったまま、やや不機嫌そうにナッツはぼやいた。
……そう言わずに、朔と一緒にいてほしい。
『まぁいい。しばし、ミナトの目になってやるとしよう』
店の鍵をしっかりと掛けてから、朱里は朔のほうへ振り返った。
「じゃあね、ナッツさんをよろしくね」
「……大丈夫。一緒にいるから」
そう言い交わしてから、二人はハクリュウ弁当の前でそれぞれの帰路についた。
『これで良かったんだな』
ナッツからの念話に、僕は小さく頷く。
(正しい答えはわからないけど、今はこうするのが良いと思う)
『……遠回し過ぎやしないか』
(そうでもないよ……)
『そうか?』
(今は答え探しをしているわけじゃない……正しさなんて、結局は自分の中にしかないからね)
『ミナトが誰かをあてにするなど、珍しいこともあるものだな』
(オトナになったのかもね)
『……ふん、人は成長するか……本当にそうであってほしいがな』
(引き続きよろしくね、ナッツさん)
『任せておけ……』
ナッツからの頼もしい返事に、僕はほっとした。
……探友アプリ、僕もいつか使う機会があるかもしれないな。今ではないけど……。
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