エピソード51 不穏なニュース速報と、揺るがない弟子の真っ直ぐな信頼。言葉の代わりに一枚のメモを託す【影から見守る不器用なシェフ】
『――札幌ヒグマニュースからの速報です』
お弁当の甘く温かい匂いが漂う平和な店内に、設置された液晶画面の向こうからアナウンサーの緊迫した声が不釣り合いに響き渡る。
ニュースは程なくして、スタジオから物々しい夜の現場の映像へと切り替わった。
『昨夜、午後十一時頃。三樽別川、手稲稲積公園付近の路上で、探索者の佐藤実さんが何者かに襲撃される事件が発生しました。先週から数えて、これで三回目となる同様の連続襲撃事件です。現在のところ、犯人の目的や意図は分かっていません』
香箱座りをしていたナッツも、むっくりと起き上がり耳を立てる。
画面には、規制線が張られた公園付近の様子が映し出されていた。周囲の木々、そして……アスファルトの一部が、春だというのに氷結化しているようだった。
『被害に遭った佐藤さんは、特殊な状態異常である『永凍結症』に陥っており、現在はARCANA協会札幌支部が医療関係者を交えて懸命な治療にあたっています。犯人は何らかの方法で上位の闇の凍結系能力を使用し、佐藤さんを溶けない氷に閉じ込めた模様です』
ナッツがちらりと朱里の様子をみると、彼女は息を呑んで画面を見つめていた。ヒカリも陳列されたお弁当から視線を外し、無表情で画面を眺めている。
『警察および関係当局は、この事態を重く受け止め、犯人の行方と目的を全力で調査しています――』
「……っ、あいつら」
ヒカリがカウンターに置かれていたリモコンを乱暴に取り、ニュース速報の流れる液晶画面をブツリと消した。
「朱里。ミナトが戻ってきたら、わたしに連絡を入れろと言って」
「え? どうしたの……急に」
突然、刺すような空気を纏ったヒカリに、朱里はどうしていいのかわからず戸惑う。
「どうもこうもないわ。今、速報で言っていた『関係当局』って、アレは紫苑たちのことよ」
「紫苑……さん?」
「あいつら、ミナトを疑ってる」
「……疑うって……まさか、連続襲撃事件の犯人だと!?」
「そうよ。紫苑……『Torah管理局』は、今回の一連の騒動、絶対零度を使える者が犯人だと疑ってるわけよ」
「そんな……湊さんは違う! そんなこと絶対にしない!」
「わたしもそう思うわ。でも、絶対零度も闇属性の溶けない氷系の能力だから、真犯人の証拠を見つけない限り、ミナトの容疑は晴れないわ」
「ヒカリさんは、そのことを湊さんに伝えるために……――」
「そうよ。それなのに、肝心のミナトがいないし……どこにいったのよ、あいつは」
焦ったような素振りで、ヒカリはお弁当を数個ほど乱雑に選んでカウンターに置いた。
『……結局、弁当は買っていくのだな。まぁ、買ってくれるなら良いが……代金はこの箱にきっちり入れていってくれよ』
ナッツは小さくため息を吐いてから、呆れたようにゆっくりと尻尾を振った。
「あ、あの……湊さんが帰ってきたら、すぐに連絡します」
「そうしてくれる? これ、わたしの連絡先だから……」
そう言って、ヒカリは白い猫が首から下げている箱に代金を入れてから、朱里に名刺サイズのメモを手渡した。
「は、はい。それと、お弁当はやっぱり袋に入れたほうが……」
朱里の言葉を最後まで聞かず、ヒカリは背を向けて引き戸を開け、そのまま帰ろうとする。
「あ、待ってください!」
「え? なに?」
「お箸とおしぼりがあったほうがいいですよね」
慌てて差し出されたそれらを受け取り、ヒカリはきょとんとした顔で朱里を見つめた。
「……あ、どうも。朱里って……本当にいい子ね」
朱里の気遣いに、ヒカリは拍子抜けしたようにペースを乱されて、小さく嘆息して笑った。
ヒカリが店を出て行った後……――。
店内は、ひっそりと静まり返っていた。音のない時間がぼんやりと過ぎていく。壁掛け時計の秒針の音だけが、チク、チク、と無機質に響いていた。
「……湊さんは、犯人なんかじゃない」
朱里がぽつりと呟いた。
『当然だろ。ヒカリの言うことだ。気にするな……』
ナッツの慰めの言葉は、もちろん朱里には届かない。
「ねぇ、ナッツさん……」
『不安なのはわかるが、私の尻尾を強く握るのはやめてくれないか……』
「もう、何が何だかわからないよ。湊さんが始原のダンジョンの帰還者で、誰よりも強くて、なぜか探索者をやらずにお弁当屋をしていて、私のことも助けてくれて……でも、今は紫苑さんたちに犯人扱いされているなんて……」
ギュッと……無意識のうちに、朱里は白い猫の尻尾をさらに強く握りしめた。
『……もう何も言うまい』
小さくため息をこぼしてから、ナッツは白い前足に顎を乗せ、彼女にされるがまま静かに目を細めた。
ガラガラ……。
引き戸が開く音が聞こえる。ふとナッツが目を向けると、そこには長身の剣士が立っていた。少し間をおいてから、朱里も気がついて顔を上げる。
「朔……さん?」
「遅れて……すまない」
静かな口調で朔は言うと、朱里を見下ろしながら続けた。
「弁当の予約をしている……が、あるか?」
「えっと……予約って、私も一応お客なんだけど」
「……そうだった。すまない……」
「ううん、大丈夫」
そう言ってから、朱里はカウンターの周りを探し始める。
『そこにはない。テーブルの方を見てみろ』
「ないなー。どこだろう」
『だから、テーブルの方にあると言っているだろう』
ややイライラしながら、ナッツが尻尾をぱたぱたと振っている。
「そういえば、朔くん」
「…………」
「あのさ……湊さんから何か聞いてない?」
話を振られて、朔はしばらく考えてから、
「弁当……出来てるから、取りに来い、って……」
「そ、そう……じゃあ、ニュースのことは」
「…………」
朔はカウンターに近づいて、そっと白い猫を抱きかかえた。
「気にしてない……」
「そっか。そうだよね」
「……弁当も師匠も、好きだから」
「…………」
朔の言葉に朱里は一瞬、手を止めた。しばらくしてから、何かに気がついたようにキッチンのほうに朔の弁当を探しに行く。
『おーい。朔。弁当が出来てるぞ。ミナトからも伝言が入ってるからな』
「師匠……?」
朔はナッツを見下ろした。念話が使えない朔には、白い猫の声は聞こえないはずだが……何かを察したように、彼はこくりと頷いた。
「あった! お弁当を発見!」
朱里はキッチンから出てくると、袋に入った弁当を持って、朔に手渡した。
「…………」
「ん? どうしたの。ひょっとして、お弁当間違ってたかな」
「違う……」
朔はそう言うと、袋の中から一枚のメモを取り出した。
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