エピソード50 看板娘の初めての店番と、突然現れたミステリアスな『幼なじみ』。不穏なニュース速報と【お店を留守にしている凄腕シェフ】
お昼を少し過ぎた頃……――。
通りを行き交う車たちの数も少しずつ減っていく。お昼どきを過ぎると街の様子も変わり、少しずつ静かな時間の流れへと落ち着いていく。午後の活動に向けて、それぞれが英気を養う時間なのだろう。
ハクリュウ弁当の店内には、柔らかな陽射しが差し込んでいた。床に真っ白な光の模様を描き出し、春の光を浴びた空間は心なしか誇らしげに見える。
寝ぼけた様子のまま、白い猫はゆっくりと首を持ち上げた。天井まで届きそうなくらい大きな、縦長の窓の向こう側……――。店名の入ったのぼり旗がほんの少しだけ風に揺れるのが見え、そのすぐ後に、すっと人の姿が横切る。
……お客さんが来たようだ。
足早に歩いていたその人影はふと立ち止まり、ガラガラっと、ガラスの引き戸をゆっくりと開けた。
「こんにちはー!」
元気な声が店の中に響き、白い猫の耳がぴくりと跳ね上がった。
……朱里だった。今日もこれから探索者の仕事があるのか、それとも仕事の合間に抜け出してきたのか、これからダンジョンに入るような軽装備の装いだ。
……相変わらず、華奢な身体には似合わない双剣を左右の腰にぶら下げている。
朱里はきょろきょろと店内を見回している。声をかけたのに誰も反応しないことに、疑問を持ったのだろう。
「……湊さん?」
何かに気がついたのか、彼女はずらりとテーブルの上に並べられた弁当たちに近づいてくる。
「わっ、今日はどうしたのよ! こんなにいろんな種類のお弁当が並んでる……しかも、どれも可愛い!!」
……『可愛い』の基準はわからないが、朱里は一人で感激しているようだった。
弁当を選びながらカウンターの奥を覗き込んだ彼女は、白い猫の首から下げられた小箱を見つけたようだった。
「代金はこちらへ……?」
朱里の視線が、猫の隣に置かれた小さなホワイトボードに留まる。
「『ちょっと出かけてきます。ハクリュウ弁当、ミナト』……?」
棒読みで音読してから、何かに気がついたように白い猫……ナッツに視線を落とした。
「ナッツさんが一人で店番?」
とりあえず、朱里には念話は使えないので、ナッツはゆっくりと尻尾を振って肯定の反応を示してみた。
「そっか。今、湊さんはいないのね」
待合用の長椅子に腰を下ろしてから、朱里はナッツのほうを向いて言った。
「湊さん、どこにいったんだろうね」
彼女の笑顔が、どことなく寂しげに見えた。
「鬼火のこと、きちんと話をしてないし……あれから、いろいろ栞奈さんから話聞いて、湊さんにお礼を……ううん、お礼というのは違うかな……私のせいというのも半分くらいはあるし……」
誰にともなく呟く彼女に、ナッツは小さくため息を吐く。
『別に朱里のせいじゃない。あれはミナトが勝手にやったことだ……』
と、ナッツは伝わらない思いを漏らす。
「ナッツさん。どう思う?」
『何の話だ……』
「私、きちんと湊さんと話をしたい」
『だったら、すればいいだろう』
「でも、上手く話せないんだよね」
『なんでだ。ミナトに気を遣わなくてもいいのだぞ。どうせ、肉のために動いただけだしな』
「理由なんて、どうでもいいのよ」
『えっ!? 私の声が聞こえているのか!?』
「私はただ、自分のことを湊さんに話したいだけなのかな、と思う」
『なんだ。朱里の独り言か……びっくりした……』
「ねぇ、ナッツさん。湊さんはどこにいったんだろうね」
『私は知っているが、教えないぞ』
ふぅ……と、朱里は深いため息をこぼしながら、両足をぱたぱたと揺らした。
ガラガラ……。
引き戸の音が聞こえ、静かな店内に活気が生まれる。近所の常連さんたちがやってきたのだ。
「今日のお弁当は何にしようかな」
「あんたはいつものカツ丼でしょうが」
「いつもじゃないぞ。俺だって、たまには豚汁弁当にするときだってある」
「まぁまぁ、二人とも。まずはお店に入ろうよ」
賑やかにお店に入ってきたものの、常連さんたちも誰もいないカウンターを見て戸惑っている。
「……ん? この猫にお金を支払えばいいのか?」
「ハクリュウ弁当さんはいないの? どこにいったのかしら」
朱里は慌てて長椅子から立ち上がると、
「湊さん……いや、今、店長は席を外していまして! こちらのお弁当から選んでもらって、その……代金は、そこの白い猫の箱に入れてください」
とっさに案内をした。
常連さんたちは訝しげな表情で顔を見合わせていたが、お弁当の魅力には勝てなかったのか、すぐに何事もなかったかのように弁当選びに夢中になっていた。
その様子を見て、朱里はほっと胸をなで下ろす。
『そうだ。弁当を決めたら、そこの袋に入れて、私のところへ持ってこい。そして、代金を箱の中に入れるのだ』
なぜか誇らしげにナッツが指示を飛ばすが、もちろん誰にも聞こえるはずはない。
朱里の手伝いもあって(?)、お店は順調にお昼の営業をこなしていく。
最初の常連さんたちに続いて、次々にお弁当を求めてやってくる人が増えていき……ピークのお昼どきをとうに過ぎた頃……――朱里はようやく一息つくことができた。
続き
「ふぅーん……ミナトはいないのね」
と、不意に聞こえてきた声に、朱里とナッツは揃って入り口のほうへ目を向ける。
ドアの前には、丈の短いローブと、腰に綺麗な装飾の短刀を下げた少女……いや、女性が立っていた。
朱里は慌てて、思わず座ってしまっていた長椅子から立ち上がる。
「あ、いらっしゃいませ!」
従業員でもないのに、朱里は元気よくお客さんを迎え入れる挨拶をしてしまう。
ローブの少女は、店内をぐるりと視線で見渡しながら、
「なーんだ。残念、ミナトはやっぱりいないのね」
「湊さんとお知り合い……ですか?」
「ふぅーん。あなたは誰? ここで何してるの?」
じっと見つめられて、朱里は返答に悩むように口をつぐむ。
『どうしたんだ? ハクリュウ弁当の従業員だって、はっきりと言ったらいいだろう』
思わず黙り込む彼女に、ナッツはぼやく。
「わ、私は……湊さんの知り合いというか、お弁当を売っている人で……そうじゃなく――探索者です」
「じゃあ、わたしと同業ね。よろしく、ヒカリよ」
「……ヒカリさん?」
突然、ヒカリと名乗った少女から気さくに握手を求められて、朱里の顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
「それで、あなたは?」
「私は瀬野朱里です。湊さんとは、一緒にダンジョン探索に行っている者です」
『ま、嘘は言っていないな……それにしても……』
ナッツは、朱里からヒカリへと視線をゆっくりと移動させる。
『私の知らない顔だが……ミナトの知り合いなのか?』
まるでその念話が聞こえたかのように、ヒカリはこちらを見てにっこりと微笑んだ。
「久しぶり、ナッツ。元気だったかい?」
『私は知らんぞ。お前など』
そっと頭を撫でようと伸ばされた少女の手からすっと身を引き、ナッツは両耳を伏せてじっと彼女の顔を見た。
「相変わらずね。あーあ、嫌われちゃった」
ナッツの露骨な拒絶反応にも、ヒカリはくるりと振り返り、何事もなかったかのように陳列された弁当の前に歩み寄った。
「これ、ミナトが作ったのよね」
「あの……湊さんとは、どういうお知り合いなんですか?」
「古い幼なじみでね。ミナトが弁当屋を始めたって聞いたから、会いに来たわけ……――うん、このお弁当が美味しそう。これにしようかな」
「は、はい。今、袋に入れますね」
「いいよ、そのままで。どうせすぐ食べるんだし……」
ヒカリは気さくに笑った。しかし、そのすぐ後……どこか言いづらそうに言葉を続ける。
「せっかく、ミナトを励ましにきたのにね。残念だわ」
「励ましって……?」
「何も聞いていないの? 例の事件のことよ」
ヒカリがそこまで言いかけた直後、店内に設置されたテレビの画面から、緊迫した声が聞こえてきた。
『――探索者襲撃事件の速報が入りました』
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