エピソード48 明日を生きるためのドラゴンステーキと、夜霧と共に訪れた新たな序章(プレリュード)。裏組織『Torah』の介入にも動じない、【我が道をいく凄腕シェフ】
ズジャアアアアッ……!!
灼熱の鉄板の上で、激しく肉汁が弾ける音が響き渡る。
まるでその赤身は溶岩のように熱く燃え上がり、宝石を纏ったような脂身が歓喜の雄たけびを上げているかのようだ。
(さすが、ドラゴンの肉……)
今なお熱い戦いが繰り広げられているかのような重厚な咆哮が、燃え上がる肉の旨味となって地鳴りのように響いている。
……古代竜との死闘のあと――。
僕たちは金山ダンジョンの広場で、いつものように弁当を売っていた。
もちろん主役は、極上という言葉をいくつつけても足りないほどの、最高級品のドラゴン肉である。
つい先ほどまで死闘を繰り広げていた巨大な竜の切り身が、今、僕の目の前の熱された鉄板の上で、究極の『ステーキ弁当』になるべく待ち構えているのだ。
「えーと……『ご注文は、こちらの白い猫に話しかけてください』、と?」
開店を今か今かと待ちわびていた客の一人が、僕がキッチンカーのカウンターに置いた但し書きを声に出して読み上げる。
その客は少し首を傾げてから、カウンターの上で気持ちよさそうにくつろぐ猫に向かって、どこか不安げに注文を呟き……そして――。
『……ミナト、聞こえるか。ドラゴンステーキ弁当が一つと、ローストドラゴン重を三つだ』
「了解」
つまりは、こうだ……――。
大盛況のキッチンカーの前で、圧倒的な人手不足を補うための必殺技。その名も『ナッツさんカウンター』。
お客様がカウンターの白い猫に向かって注文を呟くと、ナッツが念話で僕に直接オーダー内容を伝えてくれるという、画期的なシステムである。
「おーい。ミナト、オーブンの具合を見てくれ」
キッチンカーの奥で作業をしていた栞奈から声が聞こえた。僕はカービングナイフでステーキを切り終え、ほかほかのご飯の上に豪快に盛りつけてから返事をする。
「ありがとね。今行くから待ってて……あ、そうだ。オーブンの中にローストドラゴンが入ってるんだけど、火炎の術式を少し弱めてもらってもいいかな」
「ほーい」
古代竜の討伐を終えてから、僕たちはすぐにお弁当の仕込みに入った。
だから、もう日は暮れ始めている。金山ダンジョンに鮮やかな夕日が落ちる頃、探索者たちはドラゴン討伐の祝杯をあげて大賑わいになっていた。
ハクリュウ弁当を手伝っているのは、栞奈だけではない……――。
「……配達に行ってきた」
「お疲れ様。次は、正門の警備員さんにお弁当を届けてもらえるかな?」
「わかった……師匠、行ってくる」
そう言って、朔はナッツに一言告げてから、素早い身のこなしで弁当のデリバリーに向かってくれた。
……うん、彼はお弁当屋の素質があるかもしれない。
僕はドラゴンの肉をじっくりと煮込んだシチューをかき混ぜながら、彼の背中を見送った。
(シチューができるまで、もう少し時間がかかるかな)
先ほどまで厄災級の魔物が広場を襲撃し、生きるか死ぬかの戦いをしていたとは思えないほど、探索者たちの顔には笑顔が溢れていた。
……僕はこの笑顔のために生きているんだ。と、時々、思い出す。
探索者にとって一番必要なことは、生きること。
能力という固有スキルを身につけた時点から、命を狙われる立場になる。それが、今の覚醒者たちの背負う課題であり……定めのようなものだろう。
だからこうして、温かいご飯を食べて……生きている実感が、明日を生きる原動力になるのだと思う。
「湊さん! カウンターにあるお弁当、持っていくね」
忙しく駆け寄ってきたのは朱里だった。
ナッツが注文を受け、僕と栞奈が作り、朱里がお店の前で待つお客さんの対応をして、朔が広場内で今も作業をしている人たちに弁当の配達をする。
……慌ただしくもあり、忙しくもあるけれど、僕は今のこの時間がとても好きだった。
「あ、朱里さん。そんなにいっぺんに持っていくと……」
「わっ!! ととっ……」
……持ちすぎた弁当を、器用にバランスを取って落とさないようにする彼女を見て、僕は小さくため息を吐く。
探索者の能力は自分を守る力であるのと同時に、誰かを守る力でもある。だけど、自分をないがしろにしてしまえば、生き続けることはできない。
「……もう、あんな無茶はしないでね」
「え?」
一拍の間をおいてから……朱里は、僕のほうを振り返って言った。
「……大切なものは、もう失いたくないから。でも、善処します!」
そう言って、朱里は満面の笑顔で、お弁当を待ち望んでいる探索者たちのもとへ駆けて行った。
……僕が帰ってきた。ここが、僕の居場所なんだ……――。
ふと、キッチンカーの前が不自然に騒がしくなった。
先ほどまでの活気に満ちた賑わいではない。何か異質なものが入り込んできたような、空気がピリッと張り詰めるような雰囲気だ。
「失礼……」
ざわめき、混み合う探索者たちの中から、静かだがよく通る一人の声が聞こえた。
「あ、ちょっと……困ります」
朱里の焦ったような声が聞こえて、僕はいったん手を止めた。
重く冷たい気配に気がついたのか、栞奈がさっと僕の隣にやってくる。
「紫苑……何しに来た?」
「お前には用はない」
「……ここはお前の来るところではないぞ」
警戒と焦りをにじませながら、栞奈が語気を強める。僕は今にも術式をぶっ放しそうな勢いの彼女を片手で制してから、目の前に現れた長身の女性をじっと見つめた。
……僕のよく知っている顔だ。
あまり会いたくはない相手ではあるが、先ほどの『厄災級の古代竜』の一件が、早くも上の耳に入ったのだろう。
しばらく……重く沈黙した時間が続く。
先に口を開いたのは、漆黒の軍服姿で冷たい視線をこちらに向ける女性……紫苑だった。
「……少し、話を聞かせてもらえるかしら」
「僕に拒否権はないみたいだね」
「素直に応じてもらえるとこちらも助かるわ。私としても、お前とは事を構えたくないからな」
それだけ言ってから、紫苑は夜霧に溶けるようにして、僕たちの前からふっと姿を消した。
……これから始まるプレリュード(序章)を、静かに暗示するようにして――。
いつも『始原のダンジョン』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
おかげさまで、本作もついに10万文字の大台を突破することができました。ここまで湊たちの日常と冒険にお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
さて、次回からは新章へと突入します!
平和なハクリュウ弁当に忍び寄る不穏な影。次なるテーマは……
四食目『連続襲撃犯の濡れ衣を着せられたけど、すべては極上の「始原の魔物」を仕入れるための布石。仲間を遠ざけて裏で護衛に回る、【不器用で暗躍する凄腕シェフ】』
容疑者になってまで湊が手に入れたい「極上食材」とは!? そして仲間たちとの絆の行方は?
少しサスペンス風味の増した第四章も、引き続き美味しそうなお弁当と共にお届けします。お楽しみに!




