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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
三食目:迷宮崩壊は産地直送の大豊作!? 山わさび香る「極上火竜のシャリアピンステーキ弁当」が出来るまで

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エピソード47 絶対零度(コキュートス)は極上肉の鮮度を保つための瞬間冷凍庫。ポイントカードとペティナイフで、【厄災の古代竜を鮮やかに捌くシェフ】

 術式の展開――。


 風の術式が、僕の全身を柔らかな膜となって包み込む。

 ふわり……と、風の力が僕の身体を軽やかに持ち上げた。


空霊格子エアロ・グリッド」の応用だ。本来は風の膜で身体を覆う術式だが、風を纏いながら空気の密度を自在に操作することで、空を移動することができる。


「行ってくるよ。すぐに戻る」


 そう言い残して、僕は宙を強く蹴り上げた。

 一陣の風となり、僕は再び、陽光を遮る巨大なドラゴンが待ち受ける上空へと跳躍した。


 律儀に待っていてくれたのか……それとも、こちらの様子を窺って(うかがって)いたのか。

 それまで動かなかった古代竜が、僕が上空で対峙した途端、ギロリと殺意の眼差しを向けてきた。


 終焉の黒業火オメガ・インフェルノか……それとも、竜骨の剥片はくへんで攻めてくるつもりか……。


 ちらり……と――。


 眼下を見下ろすと、魔素から溢れ出た魔物の群れは探索者たちの手によって粗方討伐され、彼ら自身も、こちらの戦闘の余波に巻き込まれない安全な場所へと避難しているのが見えた。


 ……これで、思う存分に力を解放できる。


 栞奈(かんな)迷宮ラビリンスの中では、空間への影響もあって、術式に込める魔力量を調整する必要があったが、今はその必要もない。それに、ナッツの張った丈夫な結界内であれば、どれほど暴れても市街地に被害は出ない。


 古代竜が大きく息を吸い込み、膨大な魔素量が一点に集中していく……間違いない、『終焉の黒業火』の構えだ。


 ……もちろん、あんな迷惑な咆哮ブレスを撃たせるわけにはいかない。


 ポケットから取り出した店のポイントカードに魔力を込め――対魔耐性の術式を付与する。

 そして、砲撃の構えをとるドラゴンの口を目掛けて、そのカードを解き放つ!


絶対零度コキュートス


 竜が放つ咆哮の先に、カードの切っ先が触れた瞬間、漆黒の粒子がほとばしる……。

 パァンッ、と空間に一瞬の破裂音を呼び、闇よりも深い冷気がドラゴンを襲った。


……それは、古代竜の焦りの叫び。


 強烈な魔力の波が古代竜を包み込む。纏わりつく冷気を振り払うように、竜は鋭く尖った爪で宙を薙ぎ払おうと両腕を振り回す……が、足掻くほどに冷気の侵食は加速していく。

 手、足、尾……そしてついには首から口内へと、黒い氷の結晶が古代竜の動きを完全に封じ込めた。


(やはり、闇属性に対する耐性はないようだ……)


 僕の読み通り、闇の氷は、本来凍るはずのない莫大な魔素そのものを吸収し、黒色の粒子へと変換しながら増殖していく。


「『絶対零度コキュートス』は、対象の魔素の量が多いほど冷却速度を上げるんだよ」


 ……だから。

 これは、膨大な魔素を持つ厄災(上位種)を新鮮な状態でまるごと保存するための、究極の『食材保存魔法』でもある。


 ……食材は鮮度が命だからね。


 僕は完全に凍りつきながらも、今なおこちらに殺意を向けてくる古代竜に近づき、その硬い表皮にそっと手を触れた。


「うん、良い肉だね……そして、ありがとう」


 すっと取り出したペティナイフに『物質変容マテリアル・オルタ』の術式を施すと、その刀身はショートソードほどの長さを持つ魔力剣へと変化する。


付与能力エンチャント――」


 僕は手にした魔力剣を素早く振るった。

 魔素の供給点を的確に避けながら翼膜よくまくを両断し、複雑に編むように巡る硬い鱗の点穴を軸にして、幾つもの剣筋が流れるように竜の巨体を刻む。


 ドォゴンッ!!!


 すべての魔素の急所を断たれた古代竜は、そのまま力を失い、金山ダンジョンの中央へと重々しく落下した。


 一瞬、時間が止まったように広場が静まり返る。

 探索者たちが、ドラゴンが再び起き上がってくるのではないかと、不安と緊張の入り混じった表情で見つめている。


 僕は倒れたドラゴン……いや、美しく解体されたばかりの鮮度抜群の極上肉を見てから振り返った。


「終わったよ」


 僕のその言葉を待ってから……――。

 しばらくの間をおいて、探索者たちの割れんばかりの熱い歓声が広場に響き渡った。


「うおおおおおおおおおっ!!!」


 ありえない厄災級のドラゴンを前にして、絶望的な脅威に立ち向かった同志たちは歓喜した。今、ここでこうして生きていること自体が奇跡である……皆は心からそう感じたのかもしれない。


「おかえりなさい、湊さん」

『……全く、お前という奴は――』


 朱里が笑顔で僕に駆け寄ってくる。その後ろでは、朔に不格好に抱かれたままのナッツが、やれやれと小さく嘆息していた。


 その後……――ダンジョン広場は大忙しだった。


 突然の厄災級ドラゴンの出現と、ナッツが張った広域結界の影響で外側からの通信が途絶え、中央センターとの連絡が取れなくなっていたなど、混乱は多岐にわたった。それでも、探索者たちの中に一人も負傷者が出なかったことだけが不幸中の幸いである。


 栞奈(かんな)は……というと、事後処理に追われ、協会のお偉いさんたちに事の経緯を説明して回り、朔を含む討伐隊の面々も、魔素から発生した魔物たちの残党処理に駆けずり回っている。


『終わったな……長い一日だったぞ』

「何言ってるのさ。これからが始まりだよ」


 とてとてと近づいてくるナッツに、一つ返してから僕は巨大な肉の塊を見上げた。

 ドラゴンの肉は適切に処理しなければ、すぐに硬くなり食べられなくなってしまう。『絶対零度コキュートス』で瞬間冷却しているから鮮度が急激に落ちることはないが、早く切り分けておくのに越したことはない。


 それで……いざ本格的に解体しようとしたら、ARCANAアルカナ所属の研究者たちからの質問攻めに遭ったり、肉以外の鱗や爪といった希少素材の所有権をどうするのかなど、色々と面倒な問題が山積みになったのだが――僕は「肉以外は全部あげるから」という条件で、早々に解放してもらった。


 そして……今度こそ誰にも邪魔されることなく、新鮮な極上肉の解体を始めようとしているところだった。

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