エピソード44 厄災を極限まで追い詰めるのは魔素を完全に消費させるため。栞奈の絶叫と、【全開の攻撃を空の器作りの工程だと笑うシェフ】
ふと……疑問に思うことがある。
野生の動物たちにも、感情や思考があるのだろうか……?
僕たちは生存している。この世界で命あるものとして生きている。
だから、屋根のある家で暮らしたいし、身を守るための服も着たい。安全であることに価値を見いだし、そして……自然の命である食物をいただく。
それは、罪なのだろうか……。
生きるとは、肉体を維持する原動力が必要で、僕たちは植物や動物から命を分けてもらいながら生きているんだと思う。
だから……僕は、その命を決して無駄にしたくない。
ギロリ。
厄災の魔物は溢れ出す力に歓喜し、それまで自分を縛っていたものから解放され、自由を得た喜びにあふれているようだ。
(……自由と喜び、か)
野生動物が世界の中にあって、自然という管理されたシステムの中で生存競争が行われているのと同じように。
魔物もまた生存する意思……いや、強烈な生存本能が、ただ人を飲み込もうとしているだけなのかもしれない。
『ギョガァァアアアァッ!!』
……そうか。君も生きようとしているんだね。
火竜は竜王たる所以を示すかのように、膨大な魔素を孕んだ覇気を高らかに放つ。「俺はここにいるぞ!」と言わんばかりのその姿は、火竜からの宣戦布告と言ってもいい。
「でも、僕も負けるわけにはいかない」
……僕も生きたいんだ。まだ、見ていない食材がたくさんある。だから、慈悲は持たない……。
……来るッ!?
咆哮と同時に収束した魔素が、爆発的な熱を膨らませる。
――劫火の咆哮――。
王たる威厳を示すに相応しい、圧倒的な一撃だ。最上階にある竜王の間の空気が一変し、まるで灼熱の渦の中に閉じ込められたような熱風が吹き荒れた。
『……っ! 大丈夫なのか、ミナト!』
僕たちを覆うように、ドーム型の結界が展開される。栞奈がこの規格外のブレスに対応できるよう、瞬時に迷宮の結界を調整し、強化してくれたのだろう。
……ダンジョンが存在する意味はあるのだろうか?
ダンジョンの発生条件やその構造、仕組みといったメカニズムの解明は進んでいても、ダンジョンそのものが発生する『意味』はわかっていない。
(共存……?)
一瞬、僕の脳裏にそんな言葉が思い浮かぶが、目の前に放出された巨大な暴力の前に、その疑問はかき消される。
目の前に自分を葬ろうとしているものがいて、それでも僕たちは、その存在と分かりあえるのだろうか。
「邪魔……もっと、本気を出してよ。僕を飲み込みたいのならね」
トッ……。
僕を飲み込もうと迫る火竜の規格外の砲撃に、僕はペティナイフの刃先をそっと触れさせる。
その瞬間、薄い風船の膜が破裂するように、劫火の咆哮はその場からふっと消滅した。
静まり返る竜王の間。
熱風が収まるのを待ってから、僕はポカンと硬直する火竜へとゆっくり歩き出す。
……ダンジョンの発生に、恐らく意味はないんだ。
人である僕たちが意味を求めて、感情的に納得できる理由を探しているだけに過ぎない。
目の前に、強大な力を持つものが現れて、それに立ち向かわない限り、命も……居場所も奪われる。それだけで、魔物と生存競争をしなければならない理由は十分だと、僕は思う。
本能なのだろう……。
自ら放った渾身の一撃があっけなく消され、火竜の瞳には、次の手を用意する間もなく近づいてくる者への明らかな警戒心が見える。
人も、動物も、身の危険を感じた瞬間、本能的に身を守る行動に出る。だから、火竜もまた、次に出る行動は……――。
僕が動かないことを確認すると、火竜は再び大きく息を吸い込んだ。ドラゴンの周囲に、幾つもの術式が同時展開される。劫火の咆哮の連続魔法といったところだろう。
人が魔力を核に術式を展開するのと同じで、魔物は魔素を核として術式を扱う。定義こそ違えど、どちらも同じ形式を持つものだ。
ガッ……!
次の瞬間、無数に展開された全ての術式から、火竜のブレスが面となって放出される。無尽蔵にすべてを焼き尽くす圧倒的なブレスの魔素量は、栞奈の張った結界を大きく震わせた。
『ちょっと……お前たち、もっと考えて戦えっ!』
栞奈の悲痛な叫びが響く。が、それは咆哮の巨大な音にかき消され、紅蓮の炎に熱された床と壁がドロドロに赤く燃え上がる。
ずぃ……と――。
消炎の中から僕は、何事もなかったように火竜へと近づいていく。
……もう終わりか。
「本当は傷をつけたくないんだけどね」
火竜が瞬きをした、ほんの一瞬だった。
ぐらり、と火竜の体勢が崩れ、そのまま巨体が床に倒れ込んだ。
僕は振り下ろしたペティナイフを、そっと引き上げる。
……斬られた。何かを……
火竜は頭の中で、きっとそう思っているだろう。僕を見るその黄金の瞳には、明らかに焦りの色が浮かんでいるのがわかる。
「そういうのはいいからさ。早く再生しようか」
龍種には絶大な回復効果がある。硬い表皮と鱗に覆われているうえに、即座に全回復する無敵級の能力を持っている。並の探索者たちが到底敵わない理由はここにあった。圧倒的な打撃力に加え、優れた防御性能、さらに自己回復までできるのだから、無敵と言ってもいい。
『キシャアッ!』
火竜の雄叫び。それは王者の咆哮ではなく、魔物の本能が示す悲鳴に近い叫び声だった。
バサッ! と背中の羽を広げ、宙へと舞う。斬られた両足が徐々に再生していくのが見えた。
狭い場所での飛行はかえって不利になることを知っていても、両足が斬られ、地に足がつかない以上、回復させるためには飛ぶしかないのだ。
僕はすかさず、火竜の真下へと移動する。一瞬、僕の姿を見失ったのか、火竜はわずかな間を置き、大きな声を震わせて巨大な尾を振り回してきた。
……ただの物理攻撃だが、見上げるほど巨大な身体でそれをされれば、迷宮に作られた結界ごと破壊されてしまうかもしれない。
僕は『物理攻撃耐性』の術式を空中に展開させ、尾が壁に直撃する前に真正面から受け止める。
さらに我を忘れたかのように、紅蓮の爪の連撃が僕に襲いかかった。それと次の瞬間……ーー
ゴゴゴゴゴオオオオオオオォオッ!!
周囲にある全ての魔素が火竜を中心に集められていく。迷宮の塔に漂う微量の魔素すらも震わせながら、猛烈な勢いでドラゴンへと収束していった。
……僕はこのときを待っていた。
火竜が、己の持つ最大級の魔素を、渾身の力を込めて放ってくるときを……。
誰だって、絶対に敵わないと思う相手が目の前に現れれば、今までに出したこともないような底力をぶつけようとする。それは本能だ。魔物でなくても、人でも動物でも戦意はある。それを人間に置き換えると『争う理由』になるが、火竜にとっては『生存する』以外に理由はない。
『……わあああああああああああああっ!』
栞奈の言葉にならない悲鳴が轟く。
『ミ……ミィナォアアトォウ!』
それもそのはずだ。火竜の全ての魔素を一点に集めた一撃を受ければ、擬似的に作られたこの迷宮はたやすく破壊されてしまうだろう。
『あぁ、もう無理……絶対に無理、ボクには防ぎきれないッ!』
「大丈夫。何も心配はいらない」
……うーん。話を聞いてないな。
クワッ! 金色に光る火竜の眼が見開かれる。
爆流のごとく渦巻く魔素の収束が、迷宮全体を震撼させた!
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