エピソード43 厄災級ドラゴンの封印を解き放つのは極上肉に呪詛をトッピングするため。嵐山ダンジョンでの悲劇と、【あの日は弁当の仕込みで行けなかったと笑うシェフ】
最上階に向かうにつれて、濃く増していく魔素の気配。近づくものを冷たい恐怖で支配するような、ドラゴン種が放つ特有の圧力のようなものが、下層にまで漏れ出ている。
栞奈の話によれば、ドラゴンの閉じ込められている檻には、幾重にも重なるようにして施錠の術式が施されているという。
僕の目の前にある巨大な扉も、その一つのようだ。
……施錠された術式を解くのは、それほど難しくない。
扉に手をかざし、『解除』を使う。と、それまで施錠の役割として扉に仕込まれていた無数の魔法陣が、ガラスの割れるような音を響かせた後、その機能を失った。
ギギ……と重々しい音を立てて、扉がゆっくりと開く。
「やっぱり、君だったんだね……」
僕はこのドラゴンを知っていた。でも、実際に見るのは初めてだ。
闇の中で鋭く尖った金色の瞳が、突然やってきた来訪者を憎悪に満ちた目で睨みつけてきた。
倒せない魔物……。
ARCANAが管理しているダンジョンで規格外の魔物が発生し、現在の探索者たちの実力では討伐不可能と判断された場合にのみ、『永久封じ』が行われる。このドラゴンも、そうやって封じられた一体なのだろう。
……ダンジョンに入った時からずっと嫌な視線を感じていたが、その正体はこの魔物だったのか。
「……厄災級か」
僕がぽつりとつぶやくと、
『だ、黙っていたわけではないからな!』
不意に声が響いた。こちらの様子を見ていた栞奈が、少し慌てた様子で言い訳のようにして続ける。
『……その、流れで伝えるタイミングを逃したと言うか。ミナトなら、厄災級のドラゴンでも何とかなるかも、とか思ったりして……』
「大丈夫だよ。何も心配はない」
『ドラゴンにはしっかりと封じの術式を施しているから、すぐに危害が及ぶことはないと思うが……』
……予想以上の『上物』……いや、大物だ。
紅い厄災……それが、この火竜に与えられた二つ名である。
今から数年ほど前のことになる。僕がまだお弁当屋をはじめて間もない頃だった。
ARCANAの札幌支部にも、協会から緊急要請がかかったという。場所は京都、嵐山ダンジョン……――。
「あの日、突然ダンジョン内に不自然なゲートが発生し、そこから紅い厄災が召喚された……という話は聞いたことがある」
京都支部は大混乱に陥り、情報の真偽も不明なまま、たくさんの探索者たちが巻き添えになったという。
定かではないが、火竜の出現と同時に深層クラスの魔物たちによるスタンピード(大暴走)が発生した……あるいは、火竜以外にも同等クラスの魔物がいた……など、当時の様子を知る者は少なく、本当は何があったのか……真相は闇の中だ。
「ここにいたんだね、あのときの火竜は――」
『正確には、ボクが迷宮に運んだ。封じには成功したものの、火竜の居座るダンジョンはあまりにも危険すぎたからな』
「それで、入り口に『関係者以外立ち入り禁止』とあったんだ」
『まぁ、そういうことになる』
少し間をあけてから、栞奈は言った。
『……紅い厄災が相手になる。それでもミナトは挑む?』
「このままにもしておけないだろうからね」
僕は檻に近づき、憎悪に満ちたドラゴンの瞳を真っ直ぐに見据えた。
迷宮に縛り付けておくのにも限界があるだろう。火竜から漏れ出す魔素の量から推定しても、この迷宮のキャパシティを遥かに凌駕している。封じが緩めば間違いなく、嵐山ダンジョンで起きたことが、ここ札幌でも同じ悲劇として繰り返されてしまう。
『でも……あのとき、どうしようもなかったものを……本当にミナト一人で討伐できるのか?』
「できるよ」
『そうあっさり言われると、期待してしまうな』
「何も問題ない」
ギギギッ……! と、僕の余裕な態度に苛立ったのか、火竜が威嚇するように喉の奥を鳴らし、巨大な鎖が悲鳴を上げる。
『本当か?』
「あの日は、弁当の仕込みをしていて行けなかったんだ。だから、札幌は僕が守るよ」
『……ドラゴンのステーキ弁当を期待していいんだな』
「もちろん」
僕は大きく頷き、嬉々としてペティナイフを構えた。
……さぁ、始めよう。
火竜に施された施錠の術式には、いくつかの弱体化付与がかけられている。巨体を縛る鎖の術式が多重魔法として幾重にも縛られており、さらにそこへ攻撃力低下、防御力低下、俊敏性低下、命中率低下、回避率低下、魔力耐性低下、火属性弱点付与、魔力遮断……といったデバフが連なるようにして施されていた。
(これほどの弱体化付与があっても、まだ動けるのか……)
その名の通り、『紅い厄災』に相応しいとでもいうべきだろう。
「解析」
弱体化しているはずなのに、ステータスの数値はダンジョンの深層部級を叩き出している……。
「栞奈……火竜の封印を解いた場合、この迷宮は持ちこたえることはできるかな?」
『弱体化している今の数値から九十パーセント上昇するとしても……内側から張り巡らされた退魔結界があるから、迷宮自体は問題ないが』
「わかった」
『……? 何が分かったのだ』
「火竜の封印を解くよ」
『なにぃいいいっ!? このまま、呪詛を付与するのではないのかっ!?』
「このままだと、呪詛の付与ができないんだ」
これだけ強力な弱体化や封印の術式が幾重にも重なるようにして付与されていると、それが防壁となってしまい、火竜に呪詛を憑依させることができないだろう。
「呪詛の解析と結合は?」
『終わっている……でも――!』
「大丈夫。すぐに終わらせるから」
栞奈の悲鳴のような制止をよそに、僕はペティナイフに術式を付与して……そして、火竜に向けて大きく振りかざした。
「状態復元!」
パリンッ! という硬質な音が響き、火竜の巨体を縛り付けていた無数の魔法陣と鎖が、一瞬にして光の粒子となって砕け散る。
ズゴゴゴォォォッ……!!
抑え込まれていた『厄災』の本来の魔力が完全に解放され、最上階の空間に、まるで溶鉱炉のような凄まじい熱風が吹き荒れた。
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