エピソード41 メルヘン部隊との追いかけっこは呪詛のロジックを解くため。本に吸い込まれる術式と、【パシリにされた事実に気づいてしまったシェフ】
…………いや、来ないのか?
こちらの様子を窺うようにして、調度品たちが僕の周囲をゆっくりと浮かびながら旋回している。
(どういうつもりなのかな……)
グラスの前に展開された術式から、水で練り上げられた槍が飛んできた。
受け止めるべきか……それとも、避けてから相手の出方を待つか。僕が一瞬の判断を保留した直後、槍は狙いを外したのか、足元へと突き刺さった。
だが、それを合図にしたかのように波状攻撃が始まる。
回転ノコギリみたいに飛んでくる額縁を、僕はペティナイフの刃先でカキンと受け止める。間髪入れずに放たれたシャープペンシルの連打も、僕が張った風の壁によってあっさり弾き落とされた。
……気になる。殺気はあるのに決定打を打ってこない。
(よし、仕掛けてみよう……)
油断している(?)ように見えた一体を見つけ、浮かび上がった分度器にペティナイフの一撃を与えてみる……が、見事な連携プレーで、ふかふかの枕がすんでのところで守りに入った。
(仲間意識とかあるんだね)
僕が感嘆していると、枕の陰に隠れていたのか、カップとソーサーが術式を展開し、竜巻のような突風を起こす。そして周囲の調度品たちを見事に巻き込みながら、調度品ごと僕に襲いかかってきたのだ。
(前言撤回……仲間意識とかないね、やっぱり)
とはいえ、ここはいったん避けるのが得策だろう。監視の目が緩んだのを機に、僕はその場から大きく飛び退く。
派手な音を轟かせながら床や壁、棚に激突した調度品たちは無残に砕け散る……――が、すぐに元の形に戻った。
「迷宮の影響か……」
栞奈の構成した『虚栄の現実』の空間にあるものには、そもそも壊れるという概念が備わっていない。
……これでは、無限にこの魔物たちとやり合う必要がある。
「そっか。直接、術式に干渉させればいいんだ」
僕は少し考えてから、『解呪溶解』を、手近で浮遊していた椅子に向かって放つ。
ガタンッ、と椅子はただの家具に戻ってその場に落ち、溶解された呪詛の術式が、僕の持つ本の中へとあっさりと吸収されていった。
(あ。吸収できた……)
さっきまで、塔を上から下へと行ったり来たりさせられていたから、これはこれで都合がいい。ここに一塊になっていれば、魔物を探して一匹ずつから呪詛を取り除かなくても済む。
……だが気になるのは、術式が本へ吸収されても、他の呪詛に動きはないことだ。
(仲間の仕返しだ、とかで襲ってくる様子はないし……)
ただの調度品には知性はないが、さきほどのふかふか枕が防御に入ったことを考えれば、ある程度の命令系統は存在している。
この家具たちの中に指示を出している者がいるのか……? だとすれば、呪詛はどうして、わざわざ塔の魔物たちを一匹ずつ術式に感染させ、僕たちを襲わせる必要があったのだろう。
(そういえば、あのとき)
……僕はふと思い出した。朱里にかけられた術式……あの呪詛のことを。
『――稀代の外にあるべき狗のモノノフの仇なりてふり屠る栄華の如くなり』
無理やり言語に訳したものだから、いまいちよくわからない。だが、あの術式の言葉と呪詛の動きは、何らかの形で結びついているはずだ。
稀代の外に……とは、何のことだろう。そもそも言葉自体に意味があるのか? 術式の回路は数列と同じで、計算に基づく答えを出すための式のようなものだ。それを無理やり言語化したわけだが……。
「栞奈。お願いがある」
『どうした?』
「この部屋に、魔物を呼び出してほしい」
『……魔物? 今、準備する』
……僕の予想が正しければ、これで答えが見えてくるはずだ。
相変わらず殺意は向けられているが、調度品たちはこちらを窺うだけで襲ってくる気配は感じられない。
程なくして……。
僕の目の前に一角獣――赤い大きな目をした、角のある巨大なうさぎ型の魔物が出現した。
『急だったから、これでもいいか?』
「十分だよ。ちょうど良い」
天井から聞こえてくる栞奈の声に、僕は答えた。
この狭い部屋の中でも適度に立ち回れるサイズの魔物は都合が良い。それに、ある程度の「質量(サイズ感)」が欲しかった。
つまり……こういうことだ。
僕は素早く床を踏み、近くに浮遊していたコンパスを掴んだ。そのままウサギにめがけて投げつける。
プギャッ! と小さな悲鳴を上げて、ウサギはその場から弾き飛ばされた。
……さて、どうなるかな。
『ちょ、ちょっと何あれ!?』
様子を見ていた栞奈から焦りの声が漏れる。
僕は無言のまま、ウサギが黒い霧に覆われ、むっくりと立ち上がるのを確認した。
それは完全に呪詛に支配された魔物の姿だった。もともと赤かった目は、さらに血のような濃い赤の瞳に変わり、僕を真っ直ぐに睨んでどす黒い殺気を放っている。
『どういうことだっ?』
「まぁ、見ていて」
僕は凶暴化した一角獣に向けて、拘束の術式を放つ。黒い魔物の足元から無数の鎖が生み出され、その動きを完全に封じ込めた。
……呪詛が書き込まれた位置は、しっぽの付け根のあたり。シュンッ、と素早くペティナイフで魔物に一撃を与えると、魔物は黒い霧となって霧散した。
そしてその瞬間……行き場を失った呪詛が、とっさに近くにあったクローゼットに乗り移り、扉をパカパカと不気味に動かし始める。
「わかったかな?」
『全然、意味がわからないぞ』
『稀代の外にあるべき』……とは、朱里の体内に刻まれていた術式が、「朱里の外側にあるもの」へ干渉することを意味しているようだ。現実の世界であれば他の方法をとったのだろうが、この空間においては、栞奈の構成した世界そのものが「朱里の外側にあるもの」になる。
「朱里さんに施された呪詛は、外の世界に干渉するという意味を持っているんだ」
そして……『狗のモノノフ』というのは、この周りにいる調度品たちのこと……ではなくーー
「狗のモノノフは、魔物を使役する意味になるんじゃないかな。
でも、実際は呪詛の力が強すぎて、魔物に『狂乱』の状態異常が発生して、使役は失敗した……こんなところだと思う」
『狂乱……? じゃあ、呪詛の本当の目的はなんだ』
……それは。
「うーん……朱里さんの抹消? それとも、暗殺かな」
『………!?』
栞奈の言葉にならない声が、一瞬漏れこぼれたのがわかった。
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