エピソード40 塔の上り下りは極上のステーキのため。秘密のお姫様ルームで見つけた高級茶葉と、【殺意を向ける家具の包囲網を迎え撃つシェフ】
……そのはずだった。
「栞奈。聞こえる?」
『どうした』
「術式の回収が終わったよ」
『じゃあ、次は120階層に向かってくれ』
……これだ。
今、栞奈は本の回廊のずっと奥、『虚栄の現実』の中枢にある部屋から術式を使って伝達してきている。
僕はまだ目を覚ましていない朱里を栞奈に預け、単身で塔を登っていた。二人の護衛はナッツに任せてある。
「そっちの様子は大丈夫?」
『問題ない。こっちに散らばった術式は、ナッツが捕獲に当たっている』
この迷宮の塔は、上層階に行くにつれて魔物も強くなり、ダンジョンによくあるトラップの数も増えていく仕様になっているらしい。
問題は、塔の上層階まで『250階層』もあるということだ……。最上階に火竜がいるのは分かったが、ただひたすら上を目指せばいいというものではない。
……これで、何個目の術式だろうか。
僕は弾け飛んだ術式を回収しながら、上層階を目指している。術式がどこに飛んでいったのかは僕には分からない、塔の全体を見渡せる中枢から、栞奈がその都度指示を送ってくるのだ。
だが、一番の問題はそこではなく……。
120階層に到達すると、巨大な蜘蛛の形をした魔物が僕に向けて奇声を発した。呪詛に侵された迷宮の魔物は、両目が赤く光る。その法則が徐々に分かってきた。
「栞奈、120階層に到着したよ」
そう言って、僕は大蜘蛛の背にひょいと飛び乗った。
『キュゲェェエエッ……!』
魔物は変な鳴き声をあげながら、僕を振り落とそうと暴れ回る。警戒しての行動だろうが、これだけ暴れられると術式の回収ができない。
「『付与能力』、『麻痺毒』!」
僕がペティナイフを通して大蜘蛛に向けて、電撃による軽い麻痺を与える。と、ビクンと激しく痙攣してから、ぴたりと動かなくなった。
……後は、呪詛の回収だ。
巨大な蜘蛛の周りをくまなく調べてみると、後ろ足の奥に不自然に光る術式が刻まれていた。
この術式が呪詛となり、栞奈の生み出した魔物を凶暴化させて操っている原因だ。
僕自身に『呪詛を回収する能力』というものはないが、呪詛の構造を分解する術式で代用している。
「『解呪溶解』」
液体のようにドロリと溶けた呪詛が、栞奈から預かった分厚い書物の中にシュッと吸い込まれていくのを確認してから……。
「終わったよ」
と、栞奈に呼びかけた。
『ご苦労様。じゃあ……次は、20階層に向かってもらえるか』
……これだ。
ただ上を目指せばいいというものではなく、散らばった呪詛の落下地点が塔のあちこちになる。だから僕は、この250階層ある巨大な塔を、何度も何度も下から上へと行ったり来たりしなければならない。
(これも、ドラゴン肉のため……)
……面倒なことこの上ないが、極上の食材が手に入るのだから我慢が必要だ。
先ほどの蜘蛛もそうだが、一撃で魔物を仕留めるほうが効率は良い。でも、そうしてしまうと魔物が絶命した時点で、また呪詛はどこかに飛んでいってしまうのだ。
……地道に術式を生け捕りで回収していくのが、結局は一番の近道なのだろう。
もう十数回、塔を登ったり降りたりを繰り返しているときだった。
「栞奈。呪詛はここにもいるの?」
階段を登り、指定された扉を開くと――そこには、ダンジョン内部とは思えないまったく違う光景が広がっていた。
『……その場所で間違いない』
「部屋だね」
……それも、とびきりメルヘンな。
ピンクとターコイズを基調とした部屋の様式は、僕が持つ栞奈のイメージの中には一切ないものだった。まさか、呪詛にこの部屋ごと作り替えられたのかな……?
『その部屋は、ボクが上層階で作業するために作った研究室だ。多少、ボクの趣味や趣向も入っているがな』
窓辺のパステルブルーとピンクの左右非対称なカーテンにはフリフリの飾りが付き、部屋の奥には天蓋付きのお姫様ベッド。猫足のテーブルセットに、それに合わせたアンティークな鏡台とふかふかのソファ。ご丁寧に英国風のアフタヌーンティーのセットまで置かれたこの室内で、栞奈が過ごしているイメージがまったく湧かない。
……いったい、彼女はこの部屋で何を『研究』しているのだろうか?
「何かさ……すごく罪悪感がある」
『どうしてだ』
「見てはいけないものを見てしまったような……他人の秘密を無闇に暴いたら、その後の付き合い方がギクシャクするというか……」
『どういう意味だ』
栞奈の表情はこちらからは見えないが、その声はどことなく上ずっていた。
部屋の中を見渡してみる。不審なものは見つからない。
僕は無意識のうちに、そっとソファに手を触れていた。可愛いガラスのテーブルには難しい術式の資料が散らばっており、そこだけはいかにも栞奈らしい。
……本当に、ここでも仕事をしてるんだね。
ふと、書類の隣に視線をやる。
「おぉ、『宵闇の月光』……」
テーブルの上のティーセットの横にあったのは、ダンジョン深層の発光苔の側に自生しているという高級茶葉だった。もちろん、一級品と言っても良い代物だ。
「栞奈、ちょっといいかな」
『呪詛は見つかったのか』
「あ、いや……テーブルの上にあった紅茶のことが気になって」
『……なかなか良い茶葉だぞ』
「今度、この部屋に遊びに来てもいいかな?」
『紅茶が飲みたいだけだろ……』
「ダメかな? 別に減るもんじゃないし」
『減るよ……茶葉は』
カタ……カタカタ、カタカタカタカタ……!
地震……かな?
突如として、部屋の中がざわつくような異様な気配で充満した。
キンッ!
とっさに張った風の結界が、飛んできた何かの軌道を変えて弾き落とした。
(……何だろう?)
足元に落ちていたのは、クマ模様のハサミだった。軌道を考えても、跳んできたのはこのハサミで間違いない。
『ミナト! 気をつけろ!』
栞奈の叫び声が聞こえるよりも早く、僕は周囲の異変に気がついた。
……見られている。
監視されているような気配の正体は、僕の目の前にある調度品たちだ。
(部屋の中って、意外と兵器になるものも多いんだね……)
浮かび上がる燭台は火を纏いながら回転し、花瓶はバラをボウガンのようにこちらに狙いを定めていた。
……完全に囲まれている。動くことは許されない。
最初に動いたのは、水の魔法を帯びたグラスだった。グラスは何かの術式を展開し……それと同時に、額縁が鋭利な刃物のように回転を始めた――そのどれもが呪詛を与えられ、凶暴化しているようだった。
……来る。
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