エピソード37 迷宮の最深部で語られる『始原』の真実。始原の英雄は、空気を読まずにキッチンでひき肉を炒めている【キーマカレーにグリンピースを入れるシェフ】
……少し作りすぎたかもしれない。
ワイバーンの唐揚げ、トレジャー・サーモンの醤油漬け、ストライプ・バイソンのバラ肉を使った肉巻き……etc。
テーブルに並べられた料理を改めて見渡してみると、僕と朱里、栞奈、ナッツで食べるには明らかに種類も量も多い。まあ、余った分は栞奈の作り置きに回せるからいいか……とも思ったが。
「こっちのサラダも美味しいよ」
「は、はいっ」
……先ほど、朱里が少し落ち込んでいるように見えたが、気のせいだったか。
彼女の顔をちらりと見ると、スノーゴートのモッツァレラチーズで作ったカプレーゼにすっかり夢中になっていた。
僕はすっと席を立つと、エプロンの紐を結びなおした。
「カンナ。キッチン借りるよ」
「いいよ。何も使ってないから」
(……使えよ。あんな立派なシステムキッチンがあるんだから)
と、内心ツッコミを入れながら僕は口を開く。
「じゃあ、適当に作っておくよ」
「あい、任せた……」
軽く後ろ向きに手を振る栞奈に、小さく息を吐いた。本以外に興味のない彼女には、今さら何を言っても仕方がない。
奥のキッチンに入ると、僕は亜空間収納から食材を取り出しながら、密かに術式を構成した。
(……『感覚共有』……)
ターゲット設定、ナッツの視覚と聴覚。
瞬間、リビングにいるナッツがぴくりと耳を立てたのがわかった。
『ん? どうした』
(不必要なことを言わないようにね)
『ふん……まぁいい、勝手にしろ』
ナッツの耳を通して、栞奈と朱里の声が僕の頭の中に直接流れ込んでくる。なんだか盗聴しているみたいで少し気が引けるが……。
「……ミナトとは、『始原』からの付き合いになるな」
ナッツの耳を通して、栞奈がポツリとこぼす声が聞こえた。
「始原……?」
「何も聞いてないのかい……あのバカは」
「ふん……」と、栞奈は少しイライラした様子で、唐揚げをフォークで突き刺して口に放り込む。
「朱里は……見たところ、探索者になって間もないみたいだけど、『ARCANA』で歴史について学ばなかった?」
朱里は、少し記憶をたぐり寄せるようにして言った。
「突然発生した『始原のダンジョン』が世界を覆い尽くして、大スタンピードが発生した。それを、最初の覚醒者が止めた……という、話があったような……」
「ふぅーん……」
栞奈は手に持ったオレンジジュースをストローで一口飲んだ。どこか遠くを見るように、彼女はつぶやく。その表情は、記憶の奥底にあるものを引っ張り出すように、少し言いづらそうに見えた。
「あいつらが、その『始原』の生き残りだ」
一瞬……静かな時間が流れた。重い間があった。
「湊……さんが?」
「もっとも、ボクは始原の鎮圧後にミナトと知り合っているから、それ以前のあいつのことは何も知らないけどね」
「始原のダンジョンって……厄災に等しいとされる魔物たちが世界を覆った、という話ですよね」
「そうだ。魔物の形態も今とは違う」
「………」
「純魔素で構築された始原の魔物たちは、今の金山ダンジョンで言えば『深層最下層級』なんだ」
「それって、湊さんは……?」
『そのへんにしとけ』
栞奈は悪態をつくナッツの頭を小突いた。
「ふぅーん、一般人を巻き込みたくないあいつの気持ちもわかるけどさ……」
栞奈は頭をさすりながら、ちらりと朱里の方を見る。ことの重大さにまだピンときていない彼女を見て、栞奈は少しホッとしているようにも見えた。
「あの、湊さんは探索者として……経験があるというか、普通じゃないというか……」
「強いよ、あの人は。『ここ』にいる誰よりもね」
「……え?」
――一方その頃。
僕はキッチンで食材と睨み合いながら、ひたすら献立を考えていた。
(ニードル・ラビットとキラー・チキンの肉があるから……)
よし、二つの肉を合挽きにして、ひき肉を作ろう。そこに香りのスパイスを入れて生姜を少々。トマトをベースに旨味スパイスを加え、刻んだ香味野菜とひき肉を炒める……塩で簡単に味付けをしたら、完成だ。
「おーい、カンナ。キーマカレーの作り置きしといたけど、勝手に冷凍庫にいれていいかな」
僕はキッチンから、談話室にいる栞奈に向かってのんきに話しかけた。
「グリンピースは抜いておいたか!?」
「うーん……忘れた」
「入れたのかよ! 嫌いだって、何度も言ってるだろ!」
「でも、彩りがないと茶色一色になるし」
「いいんだよ、茶色で! カレーにグリンピースは必要ない!」
僕と栞奈のギャーギャーとしたやりとりを見て、緊張の解けた朱里がくすくすと笑っているのが聞こえた。
(ナッツも、ありがとね)
『……気にするな。相棒』
ナッツからの短い返事を聞き届けてから、僕は静かに『感覚共有』の術式を解いた。
一通り料理を堪能したあとで……
テーブルの上の『食べ散らかした惨劇』は、あとで片付けるとして。
オレンジジュースの最後の一口を飲み干してから、栞奈はひょいと立ち上がった。
「そうだ。ご飯食べ終わったら、少し時間ある?」
朱里のほうを見て、栞奈は言った。一応相手の都合を聞いている素振りは見せているが、実際は朱里に拒否権などないように見えた。
(……何をしようとしているんだろ。大体、想像はつくけど)
戸惑ったように、ちらっと朱里が僕の方を見た。栞奈からの誘いに乗りたいような、でも警戒しているような、そんな雰囲気が感じられる。
「配達も終わったし。僕はテーブルとキッチン周りの片付けをしてるから、行ってきていいよ」
と、僕は笑って言った。
……何事も経験が大事だ。栞奈の気が済むように……もとい、彼女に任せておけば何の問題もないだろう。
「よし! 保護者の承諾も得たし、じゃあ決まりだな」
「……ほ、保護者って! 湊さんは、そんなんじゃなくて……!」
顔を赤くして物言いたげな顔のままの朱里の背中をぐいぐいと押すようにして、栞奈は書斎の奥の部屋へと彼女を連れて行った。
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