エピソード36 巨大書庫の主は小柄な少女? 料理バカと呼ばれるお弁当屋さんと彼女の距離感に、なぜか少しだけモヤモヤします【常連客の胃袋も掴んでいるシェフ】
ポータルを抜けると……
そこには、巨大な書庫が目の前に現れた。
不規則に配置された本棚。それらを囲むようにして、無数の本が規則正しく並べられた巨大な棚が、壁一面に並べられ、部屋中を埋め尽くしている。
……様々な国の言語で書かれた本と本と本。高い天井のずっと奥の方まで続く『本で作られた回廊』を前にして、朱里は息を呑んだ。
「ここは、図書館……?」
朱里が疑問に思うのも無理はない。彼女の知る一般的な図書館のイメージとは程遠いものだったのだろう。ずっしりと重く深い空気感が部屋の中を支配していた。厳格な気配、と言ったほうが良い。
僕は本棚の先にいるであろう書庫の主に呼びかけた。
「栞奈、お弁当を持ってきたよ」
程なくして、本棚の上層――三階ほどの高さから、簡易はしごを降りてくる一人の少女が現れた。
目深にローブをかぶり、丸眼鏡をかけた小柄な彼女は、ひょいとはしごから飛び降りて……そのまま。
「むぎゃっ」
自分が着ていた長いローブの裾を踏みつけて、盛大に転んだ。
「……大、丈夫ですか?」
見かねた朱里が思わず声をかける。
ぴくりと反応した彼女は、何事もなかったかのようにすくっと起き上がると、かぶっていたフードをバサリと外した。
「ありがとね。いつも助かるよ」
「相変わらず、研究三昧なのかい」
「ボクの仕事だからね」
と言って、少女は無邪気に笑った。
「紹介するよ。彼女は、ここのラビリンスマスターの石動栞奈」
「はじめまして。瀬野朱里といいます」
「あ、いいよ。別にかしこまらなくても」
一呼吸おいて、バンバンとローブのほこりを払ってから、栞奈は肩をすくめた。
「どうせ、何の説明もなくそこの『料理バカ』に連れてこられたんでしょうから」
「……料理バカ?」
ちらりと、朱里が僕の方を見た。
……図星だから、何も言い返せない。説明不足があったのは反省している。
「お待ちどおさま。ハクリュウ弁当特製、オーク肉のかつサンドです」
僕は反芻する気持ちを誤魔化すように、亜空間収納を開き、テーブルの上に広げた。
「このテーブルに並べて良かった?」
いちおう栞奈に確認しておく。ここは書斎か応接間に見える。食事をしてもいいのか、彼女に聞いていなかったからだ。
「大丈夫。一応ここ、談話室ということになってるんだけど、お客さんなんてミナトくらいしか来ないから……」
言って、栞奈は近くにあったソファに深く腰を下ろした。そこへひょこっとやってきたナッツが、彼女に近づきながら念話を飛ばす。
『あの入り口のトラップ、何とかならんのか』
「お、ナッツさんもいたんだ」
『気がつけよ』
頭の中で念話のやり取りをしている一人と一匹を見ながら、朱里がポカンとしている。
「ちょっとキッチン借りるよ。テールスープも持ってきたから」
「おおっ、それは昨日言っていたヤツだな!」
僕が奥のキッチンでスープを器に注いでいると、応接間の方から、朱里がぎこちなく話しかけている声が聞こえてきた。
「栞奈さんは、一人でここに……?」
「あ、詳しい説明がまだだったね」
……彼女の名前は、石動栞奈。ラビリンスマスターをしている。
今いるこの空間も、彼女が創り出した世界に過ぎない。彼女の能力は非常に特殊で、亜空間を作り出せる者は世界でもそれほど多くはいない。
ゆえに、外部から警戒される存在でもある。入り口を上空一千メートルに作っているのも、容易に栞奈に近づくことができないようにするための防衛策といってもいい。
「つまり、ボクの固有スキル『虚栄の現実』で、この空間が維持されているってわけ」
……キッチンまで聞こえてくる栞奈の説明を要約すると、こういうことだ。
ここは厳密には『ダンジョン』ではない。実際のところは、栞奈が術式を構成し、魔力で組み立てた『迷宮』なのだ。
自然発生するダンジョンが「魔素の核」と「次元」の二要素で作られているのに対し、ラビリンスは栞奈の魔力量に応じて組み立てられているため、実際のダンジョンほどの大きさも広さもない。
先ほどのゴブリンたちも、彼女がイマジネーションで練り上げた『知識の具現化』にすぎない。この部屋にある膨大な本は、栞奈のファントム(虚栄の現実)をより鮮明に実体化させるために必要な、知識のデータベースといったところだろう。
「でもまぁ、ボクには君たちと違って直接戦う能力はないに等しい。だから、こうして後方支援としてダンジョンの研究をしているわけさ」
彼女もまた、探索者として組織『ARCANA』に所属する研究者の一人。ダンジョンの成り立ちや魔素の原理を、この迷宮を実験室としてシミュレーションしている。迷宮内に配置された魔物たちも、彼女を守る門番としての役割を担っている――。
……と、彼女が朱里に一通りの事情を説明し終えたあたりで、僕の方も食事の準備が整った。
「はい、お待たせ」
リザードのテールスープと、お店から持ってきた副菜を何品かテーブルの上に並べる。あり合わせで作ったメニューだが、ちょっとしたピクニック気分で悪くない。
「おお!? 豪華ではないか」
……良かった。栞奈も喜んでくれているようだ。気になるのは、朱里がやや不服そうな顔を見せていること……
「そういえばミナト。カエデとは連絡を取っているのか?」
オーク肉のかつサンドを口いっぱいに頬張りながら、ふと思い出したように栞奈が言った。
「たまにね」
『……度々、呼び出されているがな』
すかさず念話でナッツがツッコミを入れてくる。
「あはは、そうなんだ」
「……?」
朱里が不思議そうに、僕と栞奈のやり取りをじっと見ていた。
「ん……どうしたの?」
「何となく、親しげだなって……思って」
急に、朱里はよそよそしいトーンになってつぶやいた。何だか少しだけ、居心地が悪そうな感じだった。
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