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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
三食目:迷宮崩壊は産地直送の大豊作!? 山わさび香る「極上火竜のシャリアピンステーキ弁当」が出来るまで

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エピソード34 高度一千メートルから絶賛落下中ですが、まずはお弁当を安全な場所に避難させます【空から落ちてもブレないシェフ】

 スッと……ダンジョンの扉は、僕の意識を奪う。

 ほんの一瞬だった。視界が白く半透明に光り、僕やナッツ、朱里が光の膜に包み込まれた、その瞬間に――。


 視界がひらけた。


 目の前には青さだけが広がり……そして、やがて見えてくる真夏の空の景色は、僕がさっきまでいた場所ではないことを知らせている。

 遠くに流れる白い雲たちを視線の先に追いかけながら、地平線の向こう側まで見渡せるほどの絶海に息を呑む。

 その眼下に広がったエメラルド色に輝く海面には、ぽつりと白い孤島が浮かんでいた。


 ……ここは、いつ来ても素晴らしい。


 南国とも違う、不思議なリゾート地のような景色だった。この場所がダンジョンの中であることを忘れてしまうような光景に、一瞬心を奪われた僕は、ふと隣を見た。


『入り口を、何とかしてほしいものだがな』

 ナッツが呆れたように念話でぼやく。

「そうだね」


 ダンジョンの入り口を、もう少し良心的な場所に作ってくれたなら通いやすいのだけれど……。


「ずぶどぅぼばばばばびびび……っ!」


 言葉にならない朱里の声……いや、叫び声だろうか。

「ここは、迷宮ダンジョンといって……」


 僕はふと、眼下の孤島のほうに視線を向ける。

 ずっと下の方に小さな島がある。その島の真ん中あたりに白い塔があって、地上から空を突き抜けるほど高く伸びた摩天楼があった。

 僕は塔を指さしながら話を続ける。


「あの塔が見えるでしょ」

「どぅびぃどうぼ!?」

「地上にあるあの塔の中に、うちのお弁当を楽しみにしている人がいるんだ」

「びぶばぼばっ!?」


 ……うーん。朱里が何を言っているのかわからない。


『なぁ……ミナト。この風圧で声が出せないのではないか?』

 ……お。

「そっか。忘れてた」


 僕は空気抵抗を抑える術式を構成し、『空霊格子(エアロ・グリッド)』――風の結界を朱里の周りに展開した。


「湊さぁーん!? ここはどこ! 何で落ちてるの……っ」

 ……ま、当たり前の反応か。

 僕は右手に持っていた弁当の袋を、中身が偏らないよう亜空間収納(ストレージ)にしまいながら、

「ダンジョンの入り口が何もない空の上にあって、地上から千メートルほど離れてるんだ。だから、僕たちは今、下の海に向かって絶賛落下中だよ」

 と、今の状況を簡単に説明した。


「そんなこと聞いてないよぉおおっ!!」


 ……うーん。説明してなかった僕も悪いか。


程なくして……。

落下制御フェザー・ウォール』の術式を展開したすぐあと、僕たちは無事に島へと降り立った。


目の前には、大きな円柱形の高い塔がそびえ立っている。本に描かれている『バベルの塔』を、さらに高く引き伸ばしたような姿をしていた。おそらく、制作者がそう意図して造ったのだろう。

 塔の周囲は意外と広く、小高い丘や小さな森、少し離れたところにはログハウスもいくつか見えた。


――魔物の気配は、ない。


「あああああ……私、生きてる……死ぬかと思ったぁ……」

 草の上にへたり込みながら号泣する朱里ちゃん。

「湊さん、ここはどこ?」

「配達先だよ」

「えーっと……私たちはさっきダンジョンの中に入ってから、島に落ちてきて、目の前に塔の形をしたダンジョンがあって、そこに弁当を運ぶ……これであってる?」

「おおむね正解」

 ……うんうん。なかなか、飲み込みがいい。


「必ずしもダンジョンが薄暗い洞窟とは限らないってことは、探索者の講習でも学んだよね」

「あ、うん」

「このダンジョンもそう……」


 ……でも、ここは少し違う。

 言い終えるよりも先に、僕は塔の方へと歩き出した。


 この空間に入ってから、僕たちは『誰か』に見られていた。

 塔の周りには魔物はいない。いるはずがないのだ。この場所は金山ダンジョンの中でも特別な『特区』にあたる。簡単に侵入できるような場所でもない。

 その異常な視線に気がついたナッツも、耳を伏せて周囲を警戒しているようだ。


「行こう」

 僕は、塔の分厚い扉に手をかけた。



 ギギギギ……ガァンッ。


 重く軋んだ鈍い音を響かせながら、扉を開く。

 塔の中へと一歩足を踏み入れた途端、冷たく淀んだ空気が足元から這い上がるように襲ってきた。肌を刺すような、濃密な魔素の気配に、僕は静かに周囲の様子をうかがう。


 後ろに続く朱里の姿をチラリと見やると、彼女は緊張した面持ちで、そっと片手を剣のつかに添えていた。

(大丈夫……?)と、僕が聞くと、朱里はコクリと首を動かす。


 さっきまで泣き喚いていたとはいえ、彼女も一人前の探索者なのだ。この肌を刺すような不穏な気配に気がついての、無意識の行動だろう。


(誰もいない……)そして、何もいない。


 完全に閉ざされているはずの塔の内部は、魔法の光によって不自然なほど明るく照らし出されていた。


 石造りの壁に並んでいる燭台は、ただの調度品かざりでしかない。灯りとしての役割をまったく果たしていない。


 見せかけに作られた無機質な空間の奥……。

 僕の視線が動いた瞬間、急激に魔素の気配が高まり、何者かが僕たちの目の前に現れた『見えない壁』に激突して弾き飛ばされた。


『今は朱里もいるんだ。気をつけろ』

 ナッツが展開した『魔法盾マジック・シールド』が、突然襲いかかってきた一匹の魔物――ゴブリンを弾き返したのだ。


「え、え、え!? 今、猫が魔法使わなかった!?」

 ……そうだよね。やっぱり、ただの猫が高度な術式を使ったら不自然だよね。

「身を守るために……必死だったんじゃないかな」

『バカなこと言ってないで、奴らが来るぞ』

 呆れた顔でナッツがため息を吐いた。


 ゴブリンは、人の腰ほどの身長で、素早い動きを特徴とする魔物だ。

 目の前に現れた五匹のゴブリンたちは、どれも粗末な胸当てをつけ、短剣を構えている。中には弓矢を持っている者もいた。


 決して高い知性を持つわけではないが、統率者がいれば的確な連携で探索者を追い込んでくる厄介な相手だ。だが、先ほどのナッツの『魔法盾マジック・シールド』の影響で、奴らは完全に連携が乱れている。攻めるなら今がチャンスだ。


「朱里さん。僕は奥の弓を持ってる二体に牽制をかけるから、残りの三匹はよろしくね!」

「えっ!? ちょ、湊さぁぁん!?」


 そう言い残し、僕は素早く先頭を切って疾走した。

 後ろの方で、あたふたしている朱里ちゃんの様子が気配で伝わってくる。でも、ナッツがついているのだから、彼女が怪我をすることはないだろう。


 面倒そうに、ナッツが念話で言葉をこぼす。

『お前なぁ……』

(これも朱里さんの経験のためだよ)

『経験って、いいのか? 無茶して』

(僕は……朱里さんに生きていてほしいから)


探索者は、いかなる場合であっても冷静に状況を判断し、戦況を優位にしなければならない。彼女にはそれを学んでもらういい機会だ。


(それに、少し気になっていることもあるから……ね)

『気になっている、だと?』


 僕は短剣を構えて迫るゴブリン三匹を朱里に任せ、一人、弓を構えるゴブリンの元へと駆け出した。

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