エピソード31 特選オーク肉と翁竹の「白エスカロップ弁当」。無表情な少年を笑顔にする至高のまかないと、なぜか猫に奪われた師匠の座【ただのご飯係になったシェフ】
黒い太陽は……。
偽りの姿で、あのダンジョンを作りたかったのだろうか……?
それとも、アペシュの思念そのものが、そうさせたのかもしれない。
現実と仮想。二つの境界が混ざり合ったとき、そこは果たして『どちらの世界』になるのだろう……と。ふと、そんなことを考える時がある。
今、ここにいる僕は、間違いなく僕だ。
けれど、誰である必要があって、僕は今、ここに立っているのだろうか――。
シャク、シャク……シャク。
キャベツを千切りにしながら、僕はふと、ダンジョンでの出来事を思い出していた。
あくまでも僕の考察や想像でしかない答え。真実はわからないし、正解を探す癖は、見えない答えを探るだけの行為に過ぎない。
無意識に包丁の手を一瞬止めた僕の顔を、ナッツが不思議そうに見上げてくる。
『……どうしたんだ。らしくないぞ』
トトト……と僕の後ろを歩き、トンッ、と小さな音を弾ませて、ナッツがテーブルの上に飛び乗った。
『……私は、ミナトといられて満足している』
「ナッツ……さん?」
『私には、人間の言う幸せが何なのかはわからないが……ミナトがこの生活を望むのなら、私も満足だ』
念話ではない。はっきりとした『声』で、ナッツが言う。
僕は千切りにしたキャベツを四角い弁当箱に盛り付けながら、小さめのトマトを水ですすぎ、キュッと蛇口を閉めた。
「……思い出していたんだ」
『……?』
「あの町さ。似てたでしょ」
『………………』
ダンジョンが見せた港町は、僕のよく知っている風景だった。
北海道の東側……道東にある、根室の町並み。時間が過ぎてもいつも変わらないあの町の様子は、僕の記憶の中の景色も、ダンジョンが見せた幻影も、きっと何も変わっていないのだろう。
『……始原のダンジョンか』
関連は何もない。ただの偶然だ。
「キミとの出会いを、思い出してね」
『ニムオロ・ダンジョンのことは、お前のせいではない……』
ふと、僕は手を止めた。
「ナッツさん」
『どうした?』
「白エスカと赤エスカ、どっちが食べたい?」
『…………』
沈黙の後。日常のありふれた景色の中で、僕は小さく微笑んだ。
『……白エスカに決まっている』
「そうだよね。根室と言えば、白エスカロップじゃないとね」
僕は作り置きしておいたポテトサラダを三人分の弁当箱に詰めながら、そっとナッツの頭を撫でた。
『おい……ミナト。私を猫扱いするでない』
「猫だろ?」
……今は。
「……ここでは、ただの猫でいてね」
『ふん……仕方ないな』
ふてくされているのか、はたまた恥ずかしがっているのか……一匹の猫は、ふいっと僕に尻尾を丸めて背を向けた。
カン、カン……ジャッ……。
ダンジョンで見つけた『翁竹』をみじん切りにして、バターと一緒に熱した中華鍋へ入れる。ジュゥッ……と食欲をそそる音を立てて、バターが溶け込んでいく。
背を向けたまま、機嫌よくゆっくりと尻尾を振っているナッツを見下ろしながら、僕はご飯を鍋に投入して大きく振った。
白エスカロップの主食は、タケノコ入りのバターライス。翁竹のカリコリとした食感が楽しく、香りがたまらなく食欲をそそる。
チリリ……ン……。
お店のほうで、心地よいドアベルが鳴った。
『誰か来たようだな……』
僕はいったん手を止め、厨房から顔を出す。
「あ、朔くん。昨日はありがとね。ちょっと待ってて、もうすぐお弁当できるから」
僕が再び忙しく手を動かしていると、ナッツがとてとてと、弁当屋のカウンターに向かって歩いていった。
『よう。朔、身体のほうは大丈夫か?』
当然だが、そのナッツの念話は彼には聞こえない。
「猫さん……」
『おい。お前な、もっと抱き方というものがあるだろう……!』
朔に両脇を抱えられ、宙ぶらりんの状態で持ち上げられたまま、ナッツは半眼になってため息を吐く。
ちょうどその時、僕はお弁当箱にバターライスを詰め終わっていた。
いよいよ、エスカロップのメインの調理だ。
「これこれ、うん。すごい肉厚だね」
新鮮な厚切りの豚肉……じゃなくて、オーク肉を両手で持ち上げながら、自然と笑みがこぼれていく。
……油で揚げる前から、すでに美味しそうに感じる。
溶き卵をくぐらせたオーク肉にたっぷりとパン粉をまぶし、ジュワッ……と、熱い油の鍋へと滑り込ませた。
香ばしい匂いが、店内を優しく包み込む。
(揚げ物の香りって……どうして、こんなに幸せな気持ちになれるんだろ……)
カラッとキツネ色に揚がったオークの豚カツを、包丁でサクッ、サクッと切り分けて、バターライスの上に並べる。
チラリと……朔のほうを見た。店内の長椅子に座った彼の膝の上で、ナッツもすっかりくつろいで満足そうにしていた。
「お待たせ。ハクリュウ特製弁当の完成です」
仕上げに、コトコトと煮込んだ自家製のデミグラスソースをたっぷりとかけて、白エスカロップ弁当の完成だ。
「………あ」
受け取るために立ち上がろうとした朔は、膝にナッツがいることを思い出したのか、そっとその白い頭を撫でてから立ち上がった。
(……本当に猫が好きなんだね)
「ほれほれ、ナッツさんも、ご飯の時間だよ」
そう言うと、ピクリと耳を立てたナッツがテーブルの上に飛び乗った。
「食べようか、朔くんも」
僕がテーブルの上に弁当を置くと同時に、ナッツは「いただきます」も言わずにムシャムシャと食べ始めていた。
「……懐かしい」
一口、パクリ。……いつも無表情な朔が、ほんの少しだけ笑顔になった気がした。
「北見……出身、だから……」
僕の居場所は、ダンジョンなんかじゃない。ここ、お弁当屋『ハクリュウ』だ。
いつもと変わらない日常の風景を、僕はずっと見ていきたい。
『ミナト……おかわりだ』
「……え?」
……もう食べたの!?
「師匠……ずっと一緒だから……」
「…………」
『…………』
……朔くん? 今、なんと?
彼の熱い目線の先には――ご飯を平らげたナッツがいた。
突然の弟子入り志願(?)に、白い猫は返答に困りながら、とりあえず……僕のほうへと視線を向けた。
(気に入られちゃったね)
『……私は、弟子は取らんぞ』
こうして、僕たちの『境界なき異景』のダンジョンでの冒険の一幕は、無事に終了するのであった。
二食目のお話が無事に完了しました。
いよいよ、三食目の物語になります。
三食目:迷宮崩壊は産地直送の大豊作!? 山わさび香る「極上火竜のシャリアピンステーキ弁当」が出来るまで
死闘を終え、平和な日常に戻ったお弁当屋『ハクリュウ』の店主・湊。しかし、すすきので魔物を瞬殺した姿がSNSで拡散され、いきなりの身バレ危機!?
探索者の朱里を絶品『オーク肉の極厚かつサンド』で餌付けして追及をかわしたのも束の間、次なるお弁当の配達先は……まさかの手稲山・金山ダンジョンの最深部!
立入禁止の鎖をまたいで向かった先では、未曾有の魔物大氾濫が発生。しかし、最強の料理人にとってそれは「産地直送・大収穫祭」でしかなく――。
迷宮管理者からのSOSに応え、至高の『火竜のシャリアピンステーキ弁当』を作り上げろ!




