エピソード29 世界を飲み込む絶望の渦は、ただの『転送陣』に過ぎない。大げさな演出を見破り、最凶のブラックホールへ笑顔で飛び込む【ショートカットするシェフ】
「無への回帰」。
……それが、アペシュの望む世界だ。
すべてを飲み込み、世界を創世以前の『無』の状態に戻すこと。それがアペシュという存在が持つ神話的な意味合いになる。
(でも……何か引っかかるんだよね)
魔素がアペシュの概念と融合し、その姿を体現しているとすれば、この空間を丸ごと飲み込む役割を持っているのだろう。
だけど、それはあくまで『本来の神話』の話に過ぎない。
(ここは、現実世界に発生したランダムダンジョンの中だ……)
完全に神話に基づいているわけではない。その証拠に、現に僕の目の前で崩壊している景色はエジプトの砂漠などではなく、見覚えのある日本の古い港町だ。
……だとすれば、このアペシュを形作る魔素の『本当の目的』はなんだろう?
ダンジョンを通して魔物を活性化させ、僕たちのいる現実世界を侵食しようとしているのだとすれば、単なる『太陽神ラーの封印』が最終目的ではないはずだ。
それに、神話のアペシュであれば、飲み込んだものは亜空間の闇に消え去る。だが……そもそもこのダンジョン自体が、現実世界から切り離された亜空間そのものと言っていい。
(うーん……それにしても……)
……あの巨大なブラックホールに飲み込まれたモノは、一体どこへ行く……?
――ドォドォドォドォオオオオォッ……!
迫りくるアペシュの幻影。
濃密な魔素から次々と魔物が生み出され、それと同時に、渦の中心へと町の景色たちが次々に吸い込まれていく。
ブラックホールのような漆黒の中心点に向かって、瓦礫も、空間すらも、すべてが渦を巻くようにして消えていくように見える。
(うーん……あれはもしかして、何かの術式になるのかな?)
一見すると、闇雲にすべてを喰らい、破壊しているように見える。
けれど、魔力の流れと空間の歪みを観察すれば答えは違ってくる。あれは破壊ではなく……実際のところ、特定の場所へモノを送る『転移の術式』になっているのではないだろうか。
『ミナト……聞こえるか』
「神殿の中には入れた?」
『入るには入ったが……朔、戻れ! 全く、身が持たんぞ』
念話の向こう側では、かなり切羽詰まった状況らしい。容易に想像がつく。朔がまた無謀にも、正面からゴーレムに向かって突進していったのだろう。
「『魔力探知』」
魔力の核を持つものの居場所……つまり、生命体が周囲にいれば、僕の思考の中に光の地図として描かれていく。だが、やはり朔の反応は探知されない。
(……あれは? なんだろ?)
魔力探知を発動した瞬間、一瞬だけ、上空の黒い渦の中に反応が現れた。
『ミナト、どこにいるのだっ』
ナッツの念話が音のない声で響く。
「『感覚共有』!」
僕の予測が正しければ……!
咄嗟に、僕はナッツの視覚と同期し、彼らの周囲の様子をうかがった。
視界の先に、巨大な石の鳥が現れる。
しかし、その鳥は翼を傾かせてこちらへ飛来してくる……いや、バランスを崩して『急降下してきている』と言ったほうが正しい。
なぜなら、大きな鳥の背中に向かって、上空から次々と巨大な岩や鉄の塊が雨あられと降り注いでいたからだ。
『……一体、何が起きたのだ?』
ナッツの呆然とした声が響く。
石の鳥と交戦していた朔の手に握られた剣からも力が抜けたように見えた。
力なく動きを封じられたゴーレムは、その場にひれ伏した状態で機能を停止した。
僕の予想が正しければ……。
「ナッツ、今そっちにいくからちょっと待っててね」
そう言うと、僕は頭上の闇の渦に向かって、思い切り跳躍した。
『……どういう意味だ?』
「そのまんまだよ」
アペシュの放つ闇の渦が大きく旋回した瞬間、僕の身体は一切抵抗することなく、その漆黒の中心部へと吸い込まれていく。
……答えは簡単だった。吸い込まれた町の瓦礫は、ナッツのいる神殿の上空へとただ転送されていただけだ。すべてを無に還すだの、闇で世界を飲み込むだの……そんな大げさな神話を実現させようとして、見せかけだけの派手な演出を行なっていたに過ぎない。
「それじゃ、早速連れて行ってもらおうか」
僕は吸い込まれる暴風の中で微笑みながら、空間の奥底に隠されていた巨大な『転送陣』の術式に、そっと手を触れた。
いつも読んでくださりありがとうございます!
ブックマークや、下部にある【★】での評価が執筆の原動力になっています。
もしよろしければ、ポチッと応援よろしくお願いいたします!




