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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【二食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはオーク肉のエスカロップ弁当です」

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エピソード27 世界を飲み込む悪夢『黒き闇のアペシュ』出現。破滅の光景を前に、ペティナイフを握るシェフは呟く――「調理開始!」【神話をさばくシェフ】

 ……強烈な魔素が店の中に広がる。

 何かがいる。視覚でとらえることはできない何か、鋭い気配が、じっとこちらを監視しているようにも思える。


 魔素とは、本来は魔物の核となるものだ。魔素の濃度によって、魔物の持つ強さやランクも変わってくる。相手が魔素そのものとなると……恐らく……


 肌を刺す圧力……感覚的には、金山ダンジョンの十五階層程度といったところだろうか。


『……ギギ、お前……た、たい陽を持つもの……』


 どこからともなく、重い金属をすり合わせたような、ひどく耳障りな声が空間の隙間から響いた。


(対話ができる魔物か……うん、これはラッキー)

 僕はぐるりと店内を見渡しながら、手にしていた太陽の絵の額縁を、ポンッと亜空間収納(ストレージ)へと放り込む。


 どこにいるんだろ……? 姿は見えない。そこにあるのは、空気中を漂う黒い霧のような魔素だけ……


「太陽って、何のこと?」

 ふと僕は、何もない宙に向かって尋ねてみた。


『ギ……お前のモツ、それを……こちら、に、渡せ……ギギ……』

(どこから声を出してるんだろ)

『ギ…、ギギ……聞いているのか』


「いやあ、人語が話せるんだね。それは良かった、すごく助かるよ」

『た、たた…、助かル…、? 何をイッテいる……ギギ』


 恐ろしげな声の主が、僕の反応に困惑している様子だ。声しか聞こえないから、実際には戸惑っている様子といったほうがいい。

 店内の気配と魔素の広がりを探っていた僕は、ふと足元の少し先に目を落とした。魔素の濃度が極端に高い場所は、この店の中に一箇所しかない。


「ねぇ、君さ。ここにいるんだよね」

『……ギギ……?』


 コンコン、と。

 僕は足元にある、古いテーブルゲーム機のブラウン管を指で軽くノックした。声の主は、間違いなくこの画面の中にいる。


 ――ブワァアッ!


 僕が叩いた瞬間、威嚇するように画面から黒い魔素の霧が勢いよく噴き出した。

 ……どうやら図星のようだ。姿は見えなくても、魔素量で居場所は特定できる。

(魔素を噴出するということは……)


 ここにいる『声』は本体ではない……いわゆる『分身体』だ。本体がここにこれない理由があって、低量の魔素を使って思念を送っているというところだろう。


『た、た、太ようを……渡せ』

 噴き出した霧がうごめきながら、再度要求してくる。


「太陽って、さっき僕がしまったこの絵のこと?」

『ソ、それだ!……ギギ…』


「じゃあ……さ」


 僕はゲーム機の画面を覗き込みながら、にっこりと笑みを浮かべた。


 ――ゴォッ、と轟音。


 大地が、いや、このダンジョンを構成する空間そのものがきしみ、震撼した。異なった力同士で無理やり組み立てられた世界が重くきしみ出す。


(うーん……交渉失敗したかな?)


 僕は慌てて喫茶店の外へと飛び出した。

 直後、だった。

 僕がそれまでいた店の中……大量に噴出した魔素は、テーブルゲーム機を飲み込み、そして建物全体から溢れ出す。


『……ギギ……、我々ヲ……愚弄、シテいるノか……』


 強烈な魔素の圧力で、建物が吹き飛ぶ。

 瓦礫の中から、空間そのものを震わせる重い声が響いた。


(……怒らせたかな?)


 魔物に怒りという感情はない。理性的に振る舞えたとしても、感情は持たないのが魔物だが……道理や理屈といった計算が成り立たなくなったのだろう。その結果、パニックを起こして暴走を始めた……そんなところだ。


(太陽の絵を返す代わりに、もっと魔素をたくさん出して『僕を襲ってほしい』……と頼んだのが、悪かったのかな?)


 僕のこの提案が、相手にとって予測不能で計算できない回答になってしまったようだ。


 大きく膨れ上がった魔素の闇は、壊れた店を飲み込み、巨大なブラックホールのような渦へと変貌する。

 そして、その下部にある渦を背負うようにして、四つ足の重厚な肢体と岩のような甲羅が現れた。


 それこそが、このダンジョンの『(ことわり)』の正体。


「……やっぱり、キミは黒き闇のアペシュか」


 エジプト神話に登場する、陽を喰らう潜伏者。太陽神ラーの宿敵だ。

 魔素がダンジョンを作るためには、現実世界の事象や伝承という『意味』を結びつけて体現しなければならない。


 例えば、である……

 透明なペットボトルに、透明な液体を入れても、概念がなければそれはただの「何かの液体」でしかない。だが、そこに「これはサイダーです」と書かれたパッケージを貼れば、中身が違っていても、それはサイダーとしての概念ルールを持つことになる。


 今回のアペシュと魔素の関係も、それだ。


 ……あのブラックホールのような渦の目的は、太陽ラーを飲み込み、世界を深淵の闇へ引きずり込むことに……ある。


 直後だった……その闇は、嵐となって昭和の商店街を呑み干し始めた。


 ゴォォォッ……! と腹に響く地鳴り。空を模した空間の天井が重いきしみ音を上げ、音を立てて崩落を始める。


 すべてを悪夢へと塗り替える破滅の渦。だが、その巨大な渦の赤い双眸は、周囲の破壊など一顧(いっこ)だにせず、ただ僕を――正確には、僕の亜空間収納ストレージにある『太陽』を―……殺意を込めて睨みつけていた。


「……やるしかないか」


 僕は小さく息を吐く。呼吸を落ち着かせる。


 世界が崩壊していく破滅の光景を前に、僕はペティナイフを握り直した。


 ……調理開始!

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