エピソード25 ただの猫が高度な回復魔法を使えば、無頓着な剣士も流石に気づく。一人と一匹の追跡劇を見守るシェフ
……境界なき異景』
ランダムダンジョンは、無作為に作られているわけではない。
異界の魔素をこの世界で生存させるため、現実世界にある過去の遺物――歴史や宗教、風習といった『概念』をツギハギにし、魔素を満たすための器(環境)として無理やり構築した世界になる。
過去の記憶を繋ぎ合わせ、魔素のための新たな環境を紡ぎ出すシステム。それこそが、ダンジョンを形作る核となる理――『記憶の継ぎ穂』と呼ばれる現象だ。
「そっちで、『概念』になりそうなものは見つかった?」
『……そうだな。目の前にある砂漠と、あの巨大なゴーレム。それと――』
ナッツの念話が途切れる。息を呑む気配が伝わってきた。
「ナッツさん?」
一瞬、ナッツの視界がブレる。再び五感に伝わってくる映像の前には、アニマティクス・ホルスの赤いルビーの瞳が妖しく光った瞬間、灼熱の光線がこちら、ナッツと朔に向かって解き放たれた。
朔はそれを長剣で受け止め、薙ぎ払おうと身構える。だが、圧倒的な魔素の奔流を前に、そんな無茶が通るはずもない。
「…………くっ!」
咄嗟に剣で光線の威力を殺しながら、朔は足元のナッツを抱え上げ、横へと大きく跳躍した。
凄まじい砂埃が舞い上がる。視界の先――つい先ほどまで彼らが立っていた場所は、高熱によって赤くドロドロに溶け流れていた。
「……猫さんは、俺が守る」
ぽつりと呟いた朔が、腕の中のナッツの頭に、ぽんと優しく手を置いた。
「ナッツさん、いったん退避して」
『わかった』
状況から見て、今の朔が一人であのゴーレムを倒すのは不可能に近い。それに、まだ討伐すべきタイミングでもない。
グゴァー……
再び巨大な翼を羽ばたかせようとするゴーレムに対し、ナッツはすかさず朔の前に立ち、防衛の術式を展開しようとする。
(……本当は、朔の前ではナッツさんには『普通の猫』でいてほしかったんだけどね)
だが、そうも言っていられない状況だ。
『……お前はそこにいろ。余計なことはするな』
ナッツが念話で文句を叫ぶが、当然朔に聞こえるはずもない。
ナッツが術式を完成させるより早く、朔はナッツの体をヒョイと抱え上げ、自分の肩に乗せた。そして、声にならない裂帛の気合いと共に――朔の姿がブレた。
「ほぉ、『縮地』が使えるんだ。なかなか見どころのある剣士だね」
『感心している場合か!』
僕が呑気に呟くと、肩の上で揺られるナッツから鋭いツッコミが飛んでくる。
一瞬にしてゴーレムの背後へと回り込んだ朔の長剣が、鋭い軌道を描いて外皮を叩き斬る。
――カキンッ!
だが、硬い石と鋼鉄の皮膚に弾かれ、刃は致命傷には至らない。
グルゥ……と低い駆動音を鳴らしながら、ゴーレムがゆっくりと辺りを見渡す。朔の斬撃が効いたわけではなく、縮地のスキルによる超高速移動で、ターゲット(朔)を見失ったのだ。
やがて索敵を諦めたのか、ゴーレムは大きな羽ばたきと共に、一直線に空の彼方へと飛び去っていった。
『……行ったか?』
「そうだね」
「…………助かった」
安堵したように息を吐く朔を見て、ナッツも砂漠を見渡しながら深くため息をついた。
「朔は大丈夫かな?」
ナッツの視界を通して様子を窺うと、朔の腕や身体にいくつか傷があるのが見えた。先ほど、光線を避ける際にナッツを庇って負った傷だろう。
『……どれ、傷を見せてみろ』
もちろん念話なので、朔にはナッツの言葉は聞こえない。
だが、ナッツが朔の足元ですり寄るように『ヒール(回復魔法)』の術式を展開すると、淡い光と共に朔の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「…………猫さん?」
朔が目を見張る。「……傷が、治ってる」
ただの猫が高度な治癒魔法を使ったことに、いろんなことに無沈着な彼でも疑問を持つだろう。
が……今は、それよりも先にしなければならないことがある。
「ナッツさん、あのゴーレムを追って」
『はぁ!? 今、私たちはアイツにひどい目に遭わされたばかりだぞ!』
「そうだね。食材でもないのに命を懸けるなんて、何のメリットもないしね」
『いや……そういう問題じゃなくてだな!』
「でも、あのゴーレム……このダンジョンの『理』を知っているよ」
『なぬっ』
僕はいったん、自分自身の五感に意識を戻した。
目の前のスフィンクス像を見ながら確信した。
「僕はこの港町で概念の出どころを探す。だからナッツさんは、あのゴーレムの行き先を突き止めてほしい」
『うむ……そういうことなら、仕方がないか』
ナッツがやれやれといった様子で、ゴーレムが飛び去った方角へと力なく歩き始める。
すると、何かを悟ったように、朔も無言のままナッツの後ろをついて歩き始めた。
……先ほどのヒール(回復魔法)を披露したのが、朔にとって、本能的に猫を信用する存在として直感したのだろう……
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