エピソード24 砂漠の中ボス相手に苦戦する剣士と、「アレは食材にならないな」と港町で呟くブレないシェフ
ブラウン管の画面が機能を停止した、その後で……静寂だけが喫茶店を満たした。
僕は亜空間収納へ凍らせた食材たちをしまうと、改めて店内を見渡す。
赤いベルベットのソファに、時代遅れのゲームテーブル。昭和の香りが漂う、どこか懐かしい、けれど誰もいない店。ランダムダンジョンという不安定な空間において、この店が「本物」として地球上のどこかに存在するという事実が、逆に奇妙に感じられた。
店を出て、少し遠くを見渡す。
その光景の異様さは、ランダムダンジョンに入ったことのない人間ならひどく困惑するだろう。
(ま、こんなものだろうね……)
一見すると、日本のどこにでもある古びた港町。だけど、物理法則が捻じ曲がった歪な空間。
アスファルトからは電柱が逆さまに生え、交差点ではない場所に点在する信号機が意味もなく点滅している。建物の隙間からは、見上げるほど巨大な『木彫りの熊』の置物が、まるでそこに在るのが当然かのように平然と置かれていた。
入る時には気が付かなかったが、店の入り口には左右一対のスフィンクスが、昭和の町並みにひどく不釣り合いな様子で鎮座している。
(……港町に、砂漠のスフィンクス……?)
あまりにも脈絡のないツギハギの景色。
ダンジョンの面積は不明だ。見えない壁に行く手を阻まれたり、あり得ない絶壁や滝が突然現れて進めなくなると、そこが最終地点になる。そして、そのいたるところに、ランク不明の魔物たちがひしめき合っている。
(ナッツさんは、どこにいるんだろ……)
僕は足を止め、スフィンクスの石像をじっと見つめながら、ふと白い猫の顔を思い出した。
『……て、る……のか!』
不意に、途切れ途切れの声が脳内に響いた。
ランダムダンジョンの中では次元が安定しない。そのため、念話の届く速度に揺らぎが発生し、ひどいノイズが入ったりする。
おそらく、ナッツからの念話は『ずっと届いていた』のだろう。ただ、空間の歪みが送信と受信の着地点をねじ曲げてしまい、僕の方で受け取れない状態が続いていたのだ。
『ミ………きこ、てる?』
「…………っ?」
急に繋がった念話が、微量な電気刺激のようにこめかみをチクリと刺す。徐々に送受信の波長が一致してくるにつれて、切迫したナッツの声がはっきりと聞こえるようになってきた。
「ナッツさんっ!」
『おぅ、やっと繋がったか』
「ナッツさんは大丈夫?」
『ふん、私を何だと思っている』
「猫だよ」
『………まぁ、いい。そっちはどうだ』
「僕の方? うーん、見知らぬ港町のカフェで、ゆっくり食材の調達をしてたところかな」
『何をしている……! こちらは大変なのだぞ!』
「大変……? あー、でも朔も一緒なんだよね? なら大丈夫でしょ」
『奴と一緒だから大変なのだ!』
……何だかよくわからないけれど、向こうは大変な状況らしい。
僕は小さくため息をついた。
「わかった。今から『感覚共有』のスキルでそっちの状況を見るから、ちょっと待ってて」
僕は意識を集中させ、ナッツが感じている五感と自分の感覚をリンクさせた。
(……来る)
じわじわと伝わってくる、別の肉体の感覚。
まず肌を打ったのは、焼け付くような熱気だった。残像のようにぼやけた視界の中、黄土色の砂を踏みしめる『白い猫の前足』がうっすらと映し出される。
ブルルッ、とナッツが首を振ったのだろう。視界が大きく揺れ、同時に喉の奥へとひどく熱い空気が流れ込んでくるのを感じた。
(ここはどこだろう……?)
少なくとも、僕がいるうら寂しい港町ではない。もっと遠く離れた、異国のどこか。ツンと鼻を突く乾いた砂の匂いが、それを証明している。
やがて視界のピントがはっきりと合ってくるにつれ、聴覚も鮮明になり、カンッ、キィィンッ!という乾いた金属音が耳を打った。
間違いない。ナッツのすぐ近くで、朔が魔物と激しい交戦を繰り広げている音だ。
ナッツがスッと顔を上げる。その視界を通して飛び込んできた景色に、僕は思わず声を漏らした。
「おぉ……砂漠か」
遠くまで連なる砂丘の波。見渡す限り、砂ばかりの世界だ。
体重の軽いナッツでさえ、じっとしていれば飲み込まれてしまいそうなほど、柔らかく微小な砂粒が足元を絡めとる。この状況でまともな足場を確保するのは不可能に近い。探索者にとって、完全な自然のデバフ(能力値低下)環境が発生している。
――カンッ!
鋭く響く金属音の方へ、ナッツの視界が動く。
視線の先には若い剣士の姿があり………
……その向こうでは、巨大な鳥の魔物が鋭いくちばしを鳴らして威嚇していた。両の翼を羽ばたかせるたびに烈風が巻き起こり、無数の砂粒を孕んだ刃となって、朔の身体を飲み込もうとする。
『……面倒なことをしてくれる』
その瞬間、ナッツの視界がぐにゃりと揺らいだ。
直後、目の前に見慣れた若い男の背中が大きく現れる。ナッツが『空間跳躍』のスキルを使い、一瞬で朔の背後へと転移したのだろう。
音にならないナッツの意志に呼応するように、朔の眼前に『魔法盾』の光る術式が展開される。
ガガガガッ! と……
激しい音を立てて、竜巻のように吹き荒れる砂の刃。ナッツの放った盾が間一髪でそれを弾き返し、相殺した。
「…………………」
ちらり、と……朔はこちらを、足元の白猫を一瞥し、無言のまま長剣を構え直した。
だが、柔らかい砂に足を取られているせいか、その体勢はひどく不安定に思える。
続き
砂上に影が落ちる。宙へと大きく浮かび上がった黒い影。
石のように冷たく、赤いルビーの瞳。砂埃が徐々に収まるにつれ、その姿が露わになっていく。
影よりも黒い翼を広げたその肢体は、石か鋼鉄、あるいは黒曜石のようなもので作られていた。あんなものに無闇に突っ込んでいっても、勝ち目はないだろう。
なにせ、こいつの正体は……。
「……ナッツさん、あれは食べられないね」
『たしかに、食材には不向きだな』
僕が残念そうに呟くと、ナッツも念話越しに同意する。
しかし、困った。僕の『魔力探知』を限界まで広げてみても、あちこちから魔物の魔素反応が返ってくるばかりで、肝心の朔の生命反応は遠くて正確な位置が掴めない。
この次元が入り乱れた空間のせいもあるだろうが、これではすぐに助けに向かうこともできそうもない。
『ミナト、このダンジョンの理はわかりそうか?』
「いや、さっぱりだね。わかるような、わからないような……すぐそばに答えがあるようで、ないようで……」
『どっちだ……』
呆れ果てたようなナッツの嘆息が、念話越しに伝わってくる。
……アニマティクス・ホルス。
今、朔が立ち向かっている魔物の名前だ。
砂漠を守る支配者とも呼ばれているが、実際のところは命令系統を失った『ゴーレム』にすぎない。だから恐らく、砂漠に侵入したものを何であろうと排除するように、プログラム通りに動いているのだろう。
並の探索者の手に負える相手ではない。皮膚ともいえる外皮は硬い石や鋼鉄で包まれ、その翼は鋭く尖った黒曜石で作られている。文字通り、生体ではなく石と鉄で作られた人形だ。
だが……ここにコイツがいるということは……。
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