エピソード115 扉の向こうの不気味な無音【大爆破の果てに世界の異変を察知し、冷静に紅茶をすするシェフ】
物語には筋書きがある……――。
誰が。どこで。何をして。どうなるのか。
その答えの一つ一つの結びつきが、一本の線で結びついたとき、物語は完成する。
レイもそうだ……多分、この物語の主人公の一人で、カイと一緒に二人は北海道大学で学ぶ予科生をしていた。
レイ――彼女は、理化学研究所を目指し、カイは建築士を志す。二人を結ぶ接点が、北海道大学の学び舎にあって、物語が展開していくのだろう。
……もちろん、それが誰かが描いた想像の一幕ならば――。
「ダメだ。周りで猫の姿は見つけられない」
がらり……と、小屋の扉が開き、カイはため息をつきながら帰ってきた。
「魔物たちの様子は?」
僕が聞くと彼は首を振る。
「小屋の周りにはいない。でも、中央ローンの周辺に群れを作っているみたいだ」
群れ……?
レイの正体は僕であって、僕はこの世界でレイだけど、本当は違う。それと同じように、カイもまた他の誰かなのだろう。
……それにしても、袖のひらひらした服は動きづらい。袴だってそうだ。熊に襲われたときに足を取られた。
「八方塞がりだね……」
僕はその場でしゃがみ込み、カイのほうを見上げていった。
……まるで、問題を聞かされていない「謎掛け」を与えられているようなものだ。
「ところで、本当に猫なんているのか?」
「いるよ。必ず」
ふぅーん、と言って、カイは物置小屋の壊れた椅子に腰を下ろした。
……ナッツとミナミが、この世界にいるのは間違いない。探すにしても、念話も届かないし、ミナミも僕のように別の姿をしているかもしれない。
「レイ。どうするんだ、これから――」
カタカタ……カタカタ……。
物置小屋が小さく揺れた。
立て掛けられたままのスコップが、振動でばたりと倒れる。天井を見上げると、明かりのついていない電球が左右に揺れているのが見えた。
ガタガタ……ドガドガドガ……!
次第に揺れは激しさを増していく。
「カイ……! これはなに? 地震?」
「僕に聞かれてもわからない。今まで、こんなの――」
カイが何かを告げるよりも早く、小屋の中は激しく揺さぶられた。
そして……――。
目の前には、琥珀色の透き通った表面に映る、レイの姿が現れた。
「これで、53回目だ……」
声が聞こえて、顔を上げる。両手には、紅茶のカップが握られていた。
だん、と立ち上がると、僕は周りを見渡した。
部屋の中。見覚えがある。木製のベッドが並び、部屋の真ん中にテーブルと椅子。それに、二つの大きな窓のある部屋――恵迪寮の一室だ。
……戻ったのか?――。
うんざりとした顔をしながら、カイは薄っぺらい敷布団に倒れ込んでいた。
……これが、カイの言う繰り返される世界なのか。
僕が紅茶を持って、飲もうとしているときだ。
こちらをちらりと見たあと、カイは起き上がりながら聞いてくる。
「それで、これからどうする? 先輩たちと対決するか、それとも逃げる?」
……そうだ。僕はあのとき、カイに抱えられて部屋を脱出した。
つまり――間もなく……それが始まる。
ガンガンガンガンッ!
扉を叩く音。部屋の外側には、先輩――鉄皮犀たちが待ち受けている。
討伐しても意味がない……とカイが言っていたことを思い出す。。
「扉を氷漬けにして、魔物たちを入れないようにしたら――」
僕が皆まで言い終えるよりも早く、カイが口を挟む。
「あ、それ。もうやった。36回目辺りのとき……」
「じゃあ、入り口の下に穴を掘って埋めるのはどうかな」
「それ、16回目で失敗してる」
「襲ってきた瞬間に、催眠の術式で眠らせるのは?」
「29回目で、それを試して数が多すぎて出来なかった」
「うーん……と――」
いったん、言葉を止めてから、僕は唸りながら考える。
「言っとくが、この部屋にあるものを破壊しても、壁を壊して逃げ出しても、ベッドの下に隠れたり天井に張り付いたりしても、解決できなかったからな」
……そこまでやっても、何も変えられないのか。
ドドンッ!! ドッ!
扉の金具が激しく揺さぶられている。このままでは、分厚い木製の扉が破られるのも時間の問題だ。
「じゃあさ、この建物ごと吹き飛ばすのはどう?」
「うーん……」
カイは少し考えてから、周りを見渡した。
「それはまだやってないな」
……賭けてみよう。
僕はすっと目を閉じる。意識を一点に集中させる。体の外側……ふわりと空気の触れる感覚の後……。
……術式展開――空間透視を発動した。
索敵のときに使用するものだが、今回の目的は建物の大きさと規模を把握すること。
(意外に大きい……それに、魔物の数も多い……)
扉の前にいる魔物たちの数は、八頭ほど……その他にも、別の部屋に別の個体が点在している。
ドッ……ドンドンッ!!
……そろそろ限界のようだ。扉が軋みだし、鉄皮犀が押し寄せてくるだろう。
「カイ! お願い! 魔物たちを足止めして――」
それだけ言って、僕は次の術式を展開させる。
指先から紡ぎ出された術式の帯が、僕の周りを取り囲む。建物……その周辺全体に広がる、魔力の波が発現する準備を整えていく。
……やっぱり、建物ごと吹き飛ばすとしたら――これしかない。
巨星落!!
「……レイ……この術式って、僕たちはどうなるんだ?」
「ごめん。考えてなかった……――」
ドゴォッン!!
天から墜落した爆薬を背負った巨大な隕石が、僕たちのいる寮に向けて加速し……辺り一面を焦土化した。
爆風が僕とカイを飲み込む。遠くの方で魔物たちが悲鳴を上げながら跳んで行くのがわかった。
ポチャン……。
揺れる視界が、次の景色を捉えた瞬間――僕の目の前に、琥珀色の透き通った表面に映るレイの姿が浮かび上がった。
「五十四回目だな……」
冷静に呟くカイの声に、はっと僕は顔を上げて辺りを見回した。
板張りの古い床、ベッドの横に置かれた申し訳程度の小さな机に、両手には紅茶のカップが握られていた。
……気がつくと、そこは恵迪寮の一室だった。
(また、戻った……のか?)
辺り一面を、無差別に焼き尽くしたはずの景色はもうない。先輩たちの帰りを待つばかりの、静まり返った部屋の中にいた。
「帰ってきたね……」
僕は呆然としながら、小さくため息をつく。カイのほうを見やると、頭を抱えながら、こちらを恨めしそうに見ていた。
「レイ……。お前な、僕を殺す気か?」
「あ、でもね。こうして生きてるし……」
慌てて弁解をするが、カイはふんとそっぽを向いてしまった。
……特大のセオリー破壊をしたつもりだが、物語にとってはこれも想定の範囲内ということだろうか?
ガンガンガンガンッ!
そうしている間に、先輩たちが扉の外側に現れる。
……何をすれば、先に進めるのか――。
僕は注がれた紅茶を一口、口に含む。
(もう少し、冷静になって考えよう……)
だが……――。
ぴたり……。
扉の外側にいるはずの魔物の気配も、激しく体当たりしていた音と振動は消えた。
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