エピソード104 二つの理とマザーグースの正体【大怪獣バトルを静観し、ダンジョンの真理に辿り着くシェフ】
……多分、はじめからダンジョンは、僕たちに答えを見せていたのだろう。
崩壊した街並みや、そこに巣食う等級の高い魔物たち……そして、争い。
魔素を持つ魔物は、魔力を嫌うーー
それは、魔素と魔力は対比している関係性があるためだ。魔素は現実の概念に作用し、魔力は異界の理に影響を及ぼす働きがある。
どちらも致命的な攻防になり、魔素を持つ魔物にとっては、魔力は最大の天敵にほかならない。だからこそ、魔力を持つ人間は、魔物にとって危害を加える敵と見なすのだと言われている。
だが……魔力を探知したからといって、闇雲に仕掛けてくるほど、魔物たちに知性がないわけでもない。
挑む相手の技量や強さは、彼らも本能的に察すことだってできるからだ。
だけど……それは、あくまでも通常のダンジョンでの話になる。
(もしも……牢獄迷宮で発生した魔物たちが、同時に二つの理を保有しているとすると――)
牢獄迷宮の多重構造による、魔物たちの異常な行動の説明がつく。
もしも、あのときのような……6ペンスの歌――忍と牢獄迷宮に入ったときに現れた、あの異空間と類似しているものがあるならば……
(答えも見えてくる……)
――魔物の持つ本能的な理と、マザーグースの歌の持つこちらの世界の理の二つを同時に役割として、魔物が演じているとすれば……?
魔物たちの行動が、マザーグースの歌の原理に沿って目的を果たそうとしていることになる。
……そうなると一つの疑問が生まれるがーー
(それは、考えづらいか……だけど、そう考えると辻褄があってくる)
魔物たちに理を与えたものは誰なのだ、と。
……今、それを考えても答えは出ない。
できることは、このダンジョンから脱出することだけだ。
……叫び声――人の発音のそれではない、魔物特有の咆哮が地下街を震撼させる。
それと同時にだ。
亀型の巨体をずるずると引きずるように旋回した魔物は、鉄蝸牛の鋭い角の切っ先のもと、巨大な亀の甲羅ごと跳ね飛ばされる。
――暴挙と化した巨体は、地下街を支えるはずの頑丈な柱を容易く破壊した。
天井に届くほどの大きさの、魔物たちの交戦が始まっていた。
(これも、理かも……)
不意打ちに成すすべもなく、どすんと倒れ込む魔物……そこを見下ろし、のっぺりと近づいていくエスカルゴ……もとい、鉄蝸牛は、手のように伸びた無数の触手で天災亀獣を締め付けていった。
『連れてきたぞ』
とてとて……と、僕のそばにきた白い猫――ナッツは、目の前で繰り広げられる怪獣たちの戦いに遅れてやってくる。
「準備は整ったね」
『作戦とやらを聞かせてくれないか』
「……もう少し見ていようよ」
僕がそう言うと、ナッツは怪訝そうな顔で髭をぴくりと跳ね上げた。
『なぜだ?』
「こんな魔物同士の白熱する戦い《バトル》は見たことないからね」
『……それもそうだな』
どこか腑に落ちない様子で、ナッツはそのまま魔物たちを見守るようだった。
「ところで、カグラは?」
そう切り出すと、猫の視線はちらりと背後に向けられる。
『物騒な魔物たちが暴れるところにいるより、高みの見物のほうがいいだろ』
……つまり、安全なところにいるというわけか。
だったら、心配はないーー……
鉄蝸牛の触手に縛り上げられた天災亀獣の甲羅が、ミシミシと悲鳴を上げる。
……その触手から滲み出した魔素の液体が、亀型の魔物を溶かそうとしていた。このまま飲み込むつもりだろう。
(マザーグースの歌……)
今の状況と似ているものがある――ロビン・ザ・ボビンの歌だ。
「大熊たちは風を吸い込む……」
『……?』
僕がぽつりとこぼしたつぶやきに、ナッツが不思議そうに見上げてくる。
「いかなる場合も、水の流れに逆らわず」
『それはなんだ……?』
「僕の作った歌だよ」
『……ふぅん、お前の独り言か』
僕の見据えた視線の先に、身動きの取れなかったはずの巨大な亀は、身体を捻らせて回転する。縛っていたはず触手たちも、たまらず力を緩めたその瞬間に――。
「熱を帯びた肉たちを、街ごと飲み込み、肉を食す」
天災亀獣は甲羅の突起に術式を展開させた。
……炎の雨。散弾した強力な魔素の奔流が、鉄蝸牛を、僕たちをも巻き込んで地下街を戦火で焼き尽くす。
とっさにナッツが展開させた術式が、僕たちの周りに出現し、炎の烈風を遮断していく。
(天災亀獣の動きが……何だか、ぎこちないな)
炎の海に飲まれたエスカルゴは、悲鳴を上げて応戦するが、属性の相性が悪いのか炎の勢いは消えるどころか増すばかり……。
「牛や魚をまるごと吸い込み、カレー屋に、広場に、ダンジョンをも飲み込んで……」
そこまで言って、僕は歌をいったん止める。魔物たちの勝負の行く末は、天災亀獣が優位に立っていた。
ドオン……。地下道を揺るがす振動の後、鉄蝸牛は火の海に消えていった。
「全てを自然に還し、大熊は眠りにつく――」
そこまで言って、僕は亀の上からこちらを見下ろす一人に視線を向けた。
ザクッ……。
黒色の長剣が、天災亀獣の首を貫いた。
そのまま――亀型の魔物は、大量のドーナツの山に姿を変える。
「どんなに足掻いたとしても、求めることをやめない限り、その喉の渇きは癒えることはないわ」
「そういう君はどうなんだ?」
「さぁね。わからない。手に入れたいものがあれば、手に入れるまで止まらない……それだけでいいじゃないかしら」
纏ったコートをばさりと翻し、黒塗りの長剣は虚空に消えた。もう片方の手には、鎖のようなものが握られている。その一人ーー少女は、くすりと笑ったように見えた。
「君の目的は、それかい?」
「そう……――」
少し寂しそうにうつむいてから――……すぐ後、彼女の目の前にポータルが出現した。
……牢獄迷宮が攻略されたことを示している。
浮かび上がる渦状のポータルに、そっと手を置いてから、少女は言った。
「じゃあ、もう行くわね」
魔力の風が、黒い髪を微かに揺らしている。黒髪の少女は静かに微笑んだ。
「迷子になったら、またおいで。ご飯ぐらいは用意できるから」
「ありがとう、ミナト。土鍋ご飯のお弁当……とても美味しかったわ」
それだけ残し、出現したポータルの中に彼女は姿を消した。
『カグラっ! どういうことだ』
状況を飲み込めず、ナッツは思わず叫んだ。
――はじめから……このダンジョンは仕組まれていた。何もかも……。
探索者ーー不死者の冤罪……カグラによって……
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