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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者: 姫宮澪
不死者の冤罪【六食目】本日のメニューは「土鍋ご飯とレッドバッファローの牛カツ弁当」です。

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エピソード103 錯乱のランチタイム【巨大魔物を呼び寄せ、プリズンダンジョンの攻略を宣言するシェフ】

 ジジッ……ザザ……。


 脳内にノイズが現れる。感覚共有でつないだナッツとの結びつきが不安定になっている。


 先ほどもそうだ――突然、魔力の糸が切れるように、念話に揺らぎが生じた。


「ナッツさん。聞こえる?」

 呼びかけに、白い猫からの声は返ってこない。

 ……何も返答がない。その代わりに、乱れた音の波と、途切れながらもう一つの視覚に投影された映像が断面的に横切っていく。


『……来る……が』

 映像は乱れ、魔物に囲まれているのが見える。

亡霊ゴースト……カレー屋……まだ食うのか?』

 ……ん?

亡霊ゴーストがカレーを食う?)

 向こうで何が起きているのだろう。だが、一瞬だけ、ナッツからの念話がはっきりと聞こえてきた。

『カグラ、すぐにランチタイムの準備をしておけ!』

 ……えっと。あれほど、土鍋ご飯を食べたのに、彼らはまだ食べ足りないのか。


 それきり、いったん……念話が切れた――。


 念話の魔力が、何者かによって揺らぎを与えられているのだろう。


 ……魔力阻害の術式が展開されているのかもしれない。


(今、僕にできることは……)

 太陽の広場に間もなく到着する。食材狩りをしたあの場所だ。

 ダンジョンは、魔素を核として組み立てられている。牢獄迷宮プリズンダンジョンも例外ではなく、概念を構築していることわりによって、この世界は展開される仕組みを持つ。


 だから……魔物は、魔素を原料とする限り、無限に増殖していく――はずなのだが……


「……いないね」

 僕は目の前の光景に、ただぽつりと呟いた。


 そこに魔物たちの姿はなかった。


 どこか遠くの方から、獣たちの叫び声は聞こえるものの、僕の目の前にはその姿は見えない。


 崩れた壁面から、破損した水道管らしきものが飛び出て、水が溢れている。止まったままのエレベーターは、見る影もなく、幾つもの崩落した天井は通路の至る所を封鎖していた。


 争った形跡……だろう。僕たちが立ち寄ったときよりも、ひどい有様だ。

 周囲に魔物たちの姿はない。誰か……僕たち以外の探索者が討伐した可能性もあるが、魔物たちの残滓ざんしも見当たらない。


 暴力的なまでに、のそりと動く――一体の魔物を除いては……。


「カメ型の魔物……か」


 始原のダンジョンで見たことがある。確か、天災亀獣ディザスター・タートルといった呼び名を持っていたと思う。

 だが、天災級といっても、目の前にいるのは、天災亀獣ディザスター・タートルの亜種……下級種に見えた。


(この魔物……何でここに?)

 周囲を飲み込みながら、溶解した液体で体内へと吸収しているようだ。


 ――カレー屋か!


 僕はとっさに、ナッツに念話を送った。

「ナッツさん、聞こえる?」

 念話にノイズが混ざり合う。聴覚に不快な音が、あらゆる音の奔流が流れ込んでくる。

『……ミナトか。すまないな。こちらは動けそうもない』

 視界がぐらりと動き、白い猫の視覚と同期する。

「様子は……?」

『最悪だ。亡霊ゴースト共の他に巨大な魔物まで現れてな』

「魔物……?」

『そうだ。そいつが、カレー屋ごと食い始めた』

「……カレー好きな魔物なのか」

『違うっ。カレー屋の店ごと飲み込んだ……よくわからん』

 苛立ちながら、ナッツは目の前に現れた見えない魔力の一撃を魔法盾マジックシールドで弾き返しながら、カグラの足元に着地した。


 その瞬間に、猫の視覚は、巨大なカタツムリを捉えた。


 ……あれは、僕が見た魔物だろう。


「周りに魔物はいる?」

『カタツムリ以外はいないな……』

「わかったよ」

『何がわかったのだ?』

「そのカタツムリ、僕のところに連れてきてくれないかな」

『…………』

 ナッツからの念話が、ぷつりと途切れた。

 ……無理なことは承知の上だ。

 だが、僕の推測が正しければ、答えがわかるはずだ。


 しばらくしてから……――。


『ミナト……相変わらず無茶言うな』

「……できない?」

『相棒が頼みだ。聞かないわけにはいかない』

 言って、ナッツの視界はぐにゃりと歪んだ。亡霊ゴーストから距離を取るのに跳躍したのだろう。


『……時間をくれ。すぐに会わせてやる』


 猫の周囲に強力な力の波が生まれる。


『カグラ、聞いてるか』

「どうしたの?」

『ランチタイムの時間の始まりだ』

「えぇ、わかったわ」

 猫の言う言葉に、カグラはこくりと頷いた。


 ……おそらく、準備をしていたのだろう。


 巨大カタツムリはこちらの動き――ナッツとカグラにまだ気がつていないようだ。


 だ見えない亡霊ゴーストたちも、闇雲に仕掛けてくることはしない。確実にカグラのみを捉えているように思える。


 ニャオーン――!!


 力を込めたナッツの声が辺りに響き渡る。

 黒い影たちが白い猫の周りから伸び、虚空へと飛び去った。


 瞬間――だった。


『今だ! カグラ……やれ』

「はい」

 ナッツの声に応え、カグラは術式を展開させた。


「我が盟約の使者よ、呼び声に応え、その意思を示せ!」

 指先は虚空に楽譜を描くように、音と文字の流れを展開させる。カグラの能力スキルだろう。


 ブワンッ……と、頭上に亜空間が開く――地上に向けて降り注ぐ、コカトリスのチキン南蛮弁当……。そして、オーク肉の串カツ弁当とファイアリザードの唐揚げ弁当、キラー・トマトのパスタ弁当――どれも僕が作った弁当たちだ。


 シュワッ……ジュギャアン……!


 弁当を模した魔物たちが、カグラの呼び声に応えて次々に形を作っていく……――。


(お弁当って、食べるだけでなく、こんな使い方もあるんだね……)


 感心しながら様子を見ていると、亡霊ゴーストたちの動きが、カグラから召喚した魔物たちへと移行する。


『やはりな……』


 それと同時にナッツが放った影の術式が、呼び出した魔物を動かす糸の役割になって、亡霊ゴーストに向けて牙を剥いた。


「……どういうこと?」

 僕は状況がわからず、気になって聞いてみる。

亡霊ゴースト共は、カグラの魔力波長を追いかけていただけだ。迷子が生み出した魔物は波長が似ているからな、撹乱させるのにはちょうどいいだろう』


 ……つまり、おとりだ。カグラの分身体を作って亡霊ゴーストたちから視覚を奪うものだ。


 だが、これで……整った――。

『準備はいいか、相棒……』

「もちろんだよ」


 僕の推測が正しければ、牢獄迷宮プリズンダンジョンの謎は解ける……――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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