エピソード102 巨大エスカルゴとマザーグースの謎【異常な共食いの果てに、ダンジョンの真理に辿り着くシェフ】
ドオッンッ……!!
後ろ……――僕がいままでいた辺りから、激しい爆破音が聞こえた。
一瞬、立ち止まった。
振り返ると、後方には吹き飛ばされた店舗の残骸が散乱している。
……何かがあった。
そう感じたときだった。
『……気にするな。行け』
遠くのほうから、ナッツの念話が脳に響いた。
「今のは?」
『派手にぶっ放しただけだ……ただの挨拶だ』
シタッ……微かに地面を踏みしめる猫の足音が聞こえた。
――感覚共有!
術式を展開させると、ぐらりと視界が揺れ……最初に目に留まったのは、少し離れた位置から心配そうに見下ろしてくる一人の少女――カグラの姿である。
……何かを言っているようだ。
白い猫の聴覚を共有し、調整を行うと徐々にカグラの声が聞こえるようになる。
「猫さんっ! 大丈夫?」
焦りをにじませた彼女の声は、こちらに――白い猫に近づいてくるのがわかった。
『何も問題ない……迷子、備えろ』
「えっ」
急に問われ、カグラは辺りの様子を見渡す。猫の視界が魔力の流れを追いかける。
『相変わらず、見づらい魔力を持ってるな』
言って、白い猫は後ろに大きく飛び退き、見えない斬撃が少女を襲うのを見越し、魔法盾を展開させる。
ナッツが派手な術式を放ったのは、おそらく亡霊たちの目を奪うため……視界を撹乱するのが目的だろう。
だが、亡霊たちは、魔力で遮られたはずの空間を飛び越え、カグラの位置に正確に狙いを定めているようだ。
『……厄介な相手だ』
「猫さん! 避けてっ」
カグラの声――その意味が何を示しているのか認識するよりも早く、ナッツは虚空に現れた炎の槍を片手で薙ぎ払った。
『心配するな、迷子。私はこんなものでは仕留められない……』
にじり……と、猫は後ろに下がり身構える。相手の魔力を防ぐことができても、見えない相手……それも、カグラを守りながらやりあえるほど優しい相手でもない。
『どうしてわかった……』
「え? なに……何のこと?」
『亡霊が仕掛けてくる前に、お前が私に言ったであろう。見えてるのか? あいつらのことが』
「えぇ、そうよ。今、禍は左の後ろから何かの術式を展開させている。穢は上から薙刀を持って構えているわ」
『ほぉ、それだけ分かれば十分だ』
シタッ……と、ナッツは地面を踏みしめると、カグラに向けて、対魔力結界を施した。
『……待っていろ。すぐに戻る』
言って、白い猫の視界は一瞬、空の方を向いた。
……視界を戻す――。
亡霊たちとの交戦中のナッツから、僕は五感を自身の感覚に入れ替える。
「素直に行かせてはくれないよね」
目の前に立ちはだかる魔物たちの群れに遭遇したからだ。
……先ほど、地上で仕留めたものよりも格上だろう。
(……来るか!?)
だったら――僕は飲食街を模した通路から、横道に入った。
今は無用な争いは避けたほうがいい。道を変えても、魔物たちは距離を取りながら追いかけてくる。
(逃してくれないよね……)
通路を出た瞬間に――術式を発動、砂沼!
魔物たちの足元が溶け、砂に変化した。
足止めくらいにはなるだろう。
振り返ると、魔物たちが砂の沼にはまって動けないでいるようだ。
(このまま、太陽の広場を目指そう……)
そこに答えがあるはずだ。
ヴォオオオオオオッ!
嫌な予感がした。異質な魔素の流れが、僕の肌に突き刺さる。
魔物の叫び声だろう――その声は、周囲を威嚇する竜の咆哮にも似ていた。
「あれは……? 何だろう」
巨大なカタツムリ――それまで、僕がいたはずの通路の曲がり角に、大きな渦巻きを背負った魔物がいた。
……特大サイズのエスカルゴかもしれないな。
『魔素の動きがおかしいが、何があった?』
脳内に言葉が伝わる。目の前にいたそれに見とれていた僕の意識は、ナッツの声で呼び戻される。
……おかしい。魔物たちの動きが、僕の知っているものではない。
『ミナト! どうした!』
「大丈夫。こちらは何ともない……」
……実際には何が起きているのかわからない。だから、僕にはそう答えるのが精一杯だった。
「ナッツさん、状況は?」
『亡霊共には何も通用しない』
……概念の補強、それとも隠蔽……いや、そもそもの理の質が異なるのかもしれない。
「魔物たちの動きがおかしいんだ」
『……わかった』
それだけ言ってから一旦、ナッツからの念話が途切れた。
……違和感。それは、魔物たちが互いに威嚇しあっていることだ。あるものは、襲いかかり、またあるものは、魔物ごと飲み込もうとしている。
まるで……人間同士が争う姿にも見える。
牢獄迷宮は罪を背負うものが、その欲望によって体現した世界だという。
罪と罰――欲望と生存……それらの概念の指標としているものが、現実世界においての理になる。
(荒廃した街並みと、魔物たちの減少……)
いくつかの要因を頭の中で整理してみた。
ダンジョン内では、魔物同士が争うことはない。ダンジョンの核によって生み出された魔物にとって、生きる目的はあくまでも生存であって、人間社会のような領土争いをする意図はない。
だけど……――もしもだ。
このダンジョンが、マザーグースの歌を再現したものだとしたら……。
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