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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者: 姫宮澪
不死者の冤罪【六食目】本日のメニューは「土鍋ご飯とレッドバッファローの牛カツ弁当」です。

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エピソード100 ハクリュウ土鍋弁当と亡霊の正体【絶品の牛カツで少女の心を解きほぐし、禍と穢の過去に触れるシェフ】

 シャクシャク……シャク、シャク……。

 手に伝わる冷たい感覚が、粒のこすれ合う音の響きと重なり合う。


 スー……ジャパン……。


 遊び疲れた子供を寝かしつけるように、流水で流してから、後は待つばかりだった。


 理由……――。

 人は誰でも、生きる意味を知ろうとする。不要な理屈を見つけて、自分を納得する言葉で気持ちを黙らせようとする。


 カグラの抱えるものも、そんなものだろう……。


(うーん……これ、使えるかな?)

 カレー屋には、弁当屋と違って、さほど多くの調理器具もそろっていない。野菜と肉を煮込むのに使う寸胴ずんどうと、大きめな木べら、野菜を水でさらすボウルやザルくらいしか見当たらない。


(代用としては、これでもいいか……)

 僕は厨房の中を見渡しながら、フライパンのないことに気がついた。浅めの鍋を使えば、調理するのに不足はない。


 多分……概念にこだわりすぎていると、肝心の理の意味を見失ってしまうのだと思う。

 だから、概念に合う理由を人は求めたがる。自分も周りの人も納得させる判断材料がほしいからだ。


 ……人とは不器用な生き物なんだ。


「待つことを、恐れないで……」

 ふと、僕は調理台の上に置かれたままのボウルを見た。

 出番を待ちながら水の中で眠るお米たちは、きっと……店内でご飯を待っているカグラとナッツの気持ちと同じかもしれない。


 僕は今、カレー屋にいた。


 ……カグラに案内されてやってきたのは、無人の店舗。札幌駅の地下街の片隅にある小さなカレー店……といっても、今は誰もいない。


 カグラいわく、彼女がこの店に来たときには、コックの格好をした鳥型の魔物がいたらしいけど、即刻首にして追い出したとのことだ。


(元、この店の店長かもしれないが……)


 その後で……――彼女の持つ能力スキルを使い、隔離隠蔽の術式を展開させ、遮音はもちろん、気配すらも漏れないように多重結界を施したそうだ。


 それが――彼女が身を隠すのにちょうどいい潜伏場所になった理由である。


 僕は、カレー屋を間借りする形で、ご飯の準備をしていた。

 ……朝から何も食べていない子はほっとけない、というのが僕の信条だからだ。


(最初に、こいつから始めるか……)

 虚空に向けて、指先で術式を描くと、目の前に亜空間収納ストレージが出現する。何でも収納できる入れ物は調理人にはありがたい。


 取り出したのは、幻影魚ファントムレイだ。

 ずどんと、巨大な魚が調理台の上で弾んだ。

(こんなには必要ないな……)

 大きめのマグロほどある魚は、丁寧にひれをとり、内臓を取り除く。

 ……水はないか。仕方がない。


――術式展開、水創造ウォータークリエイト……。

 僕の言葉に呼応し、宙に出現した水の塊が魚を包み込み洗浄していった。


「これで、幻影魚ファントムレイの下ごしらえは完了……――」


 そろそろ……。

 眠った子を起こすときがきたようだ。


 今日のお弁当は土鍋だ。

 吸水したお米と水を鍋に入れて……――種火の術式を展開した。


 店内を見渡すと、調味料もあるようだが、先ほどのラーメン味のまんじゅうの件もあるので、ダンジョン内の食べ物は当てにするのはよそう。


 ナッツが仕留めてきた赤毛牛レッドバッファローを解体しながら、僕はお店の方に視線を向けた。

「あ……。ごめん」

 カグラと目が合い、なぜか僕は彼女に謝られてしまった。

「ゆっくり休んでいて。今、ご飯ができるから」

「……」

 彼女は落ち着かない様子で、奥の席で足をぷらぷらさせながら店内を見渡していた。傍らには、白い猫が身体を丸めて寝ている。


 ジュッ、ジジジ……。


 コンロの上に置かれた土鍋から響く音に気がついて、僕は慌てて術式を弱めた。

「種火――弱……」

 いい感じにご飯は炊き上がってきているようだ。


 ……何か楽しい。

 平和な時間が僕にとっては、非日常になっているのかもしれない。

 だから、平和が今の僕にとっては特別な時間に感じられる。


 幻影魚ファントムレイの切り身から水気をとり、片栗粉をまぶす。卵をまとわせたら、油を引いて熱した鍋に並べていく……――。


 ぴくりと……。


 ジュッ、ジュワァッ、ていう音と同時に、魚の焼ける匂いが店内に広がっていった。それに気がついた白い猫の耳が動いた。

『うまそうな匂いがするな』

「猫さんもそう思う?」

 カグラだった。どこか優しい声で彼女は言った。

『あぁ、朝から何も食べてないからな』


 ……彼女――カグラの求めているものは、僕にはわからない。


 笑ったり、必死になったり、隠し事をしたり、自分に嘘をつきながら、胸の中に何かを抱いている……僕には、そんな風に見えた。


 用意したペティナイフで、先ほど解体したばかりの赤毛牛レッドバッファローから、リブロースを切り分ける。

 肉の柔らかさが絶品だ。脂ののりもいい。これならば、牛カツにするのに丁度いい。


「もうすぐできるよ」

 そう言って、僕は土鍋に展開した術式を解いた。後は蒸らしていくだけだ。


 ご飯の準備もできたところで、仕上げに入ろう……。


(本当は気の利いた野菜でもあればいいけど……)

 昨日、お店に届いたアスパラくらいしか持ち合わせがない。二人もお腹をすかせていることだし、今日のところはアスパラ炒めにしよう。


 パチ、パチ……ジュワアアアアアアアッ!


 激しい油の音がいよいよフィナーレを知らせていた。

 赤毛牛レッドバッファローのリブロース……ここに卵をまとわせ、パン粉を乗せて、油の海にダイブさせる。


 からり。からり。


 ざくざく。


 揚がった牛カツに包丁を入れると、ほんのりレアな牛カツの完成だ。


 僕は、待ちわびた二人の待つテーブルに、土鍋ご飯を運んだ。

 弁当の器を持参していなかったのもあって、今回は炊き上がったご飯の上に、おかずを乗せて、赤毛牛レッドバッファローの土鍋弁当になる。

『この魚は、幻影魚ファントムレイだな』

 ピカタ風に仕上げた魚を見て、ナッツの声が高まった。

「す……すごい……」

 土鍋ご飯の上に並べられた幻影魚ファントムレイのピカタと、添えられたアスパラ、そしてメインとなる赤毛牛レッドバッファローの牛カツが主役を張った弁当に、カグラも一瞬、言葉を失っていた。


 ……うーん。我ながら、ダンジョン飯としては上出来だろう。


「さぁ、召し上がれ。ハクリュウ弁当をどーぞ」

 僕が言うのも待たず、ナッツはすでに魚に夢中のようだ。

 カグラのほうも……言うまでもない。箸の止まらない彼女を見て、僕はほっとした。


 ぴたり……。



 ふと、カグラは食べるのをいったん止める。

 ぽつり……と、言葉が溢れる。


 ――まがけがれ……それが、亡霊ゴーストの名前よ……。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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