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蛇よ 狼よ 安らかに眠れ

「ジャリュウとれな。一対一のフェアな対決だ。先にダウンした方が敗けとする」

闇姫が審判となり、闇の荒野にれなとジャリュウを立たせた。

仲間達は離れた距離からそれを見守っていた。…手出しは許されない。


「…ジャリュウ…!」

タイガが、拳を握ってジャリュウを見た。その顔は、やはり悲しみを隠しきれていない。

間違いなく、これが彼の最後の戦いだ。これまで何度も何度も戦い、命を削りながらも生還してきたジャリュウの、最後の…。



「れなは負けねーぞ!!」

…静寂のなか、一つの明るい声がした。


ラオンだ。紫の髪を冷たい風になびかせながら、その風の冷たさにも負けない明るい声で。

よく見ると、他の皆も笑っていた。

向き合うれなとジャリュウを見ながら、これから起こる戦いに胸を弾ませていた。

先程までの顔とは全く違う…。



タイガの小さな肩に、ダイルの大きな手がのせられた。

「タイガ」

タイガは彼を見上げる。


「ジャリュウにとって、この戦いは最高の戦いだ。血にまみれ、枯渇したような人生のなか、唯一自分の望みが叶った戦いだ。…やつは今、ようやく幸せになれたんだ。だから…応援してやれ」


…目頭に上がる熱いものを必死に抑えながらタイガは頭を横に振り、最後に縦に振った。

そして、いつも通りの声で叫んだ。

「ジャリュウ!!れなをぶっとばせ!!」




いつの間にかワイワイと騒ぎだした一同を見て、ジャリュウは優しく微笑んだ。

そして、「独り言」を呟いた。


「見てるかハウンディ。まるで武道大会のようだよ。目の前に強そうな相手が立っていて、観客の声援は陽の光のようだ。…闇姫に感謝しなくてはならない。…だから」

構えるジャリュウ。

同時に、目の前の相手も深く構えた。


「やつを倒す!」


…今までとは違う。殺意ではない。


厳格な表情なのに、途方もないような喜びが伝わる。


れなは何も言わず、口元だけで微笑んだ。



荒野に吹いていた風が、止んだ。






「試合開始」

闇姫が、右手を振り下ろした。










「とりゃあああああああ!!!」

「だあああああああっ!!!」

二人は同時に飛び出し、互いの拳を炸裂させる!!

荒野の表面に蓄積されていた土砂が一気に周囲に広がり、乾いた大地が悲鳴を上げるように地響きを放つ。

すかさずジャリュウは蹴りを放ち、れなは左手で受け止める!!

ジャリュウ…何という力、そして速さ…。

まさに歴戦の戦士。正真正銘、最強の捕食者だ。


…ならば、こちらは最強のアンドロイド。

れなは、鋼鉄の拳をジャリュウの顎へ叩き込んだ!!

吹っ飛ぶジャリュウ。

単なる拳の硬さだけではない。今までの戦いで蓄積された力を全て打ち出しているかのようだ。

吹っ飛ぶジャリュウに更なる追い討ちをかけようと、左手の拳を構えて飛行、接近するれな。

ジャリュウは空中で縦向きに回転して体勢を立て直し、れなの拳にこちらも拳で応えようと手を突き出すが…。


れなは突然急上昇、空中で右手を開いて青い破壊光線、オメガキャノンを発射!!

ジャリュウは目を見開いて驚くが、直ぐ様両手を構えて光線を受け、勢いよく腕を振るって弾き飛ばす!


観戦しているテリーが骨の体から音をたてながら驚く。

「れなが切り札をもう出すとは…!?」

赤い空が弾けたオメガキャノンで青く染まる。

頭上からの風圧で髪を揺らしあうれなとジャリュウ。

互いに一切視線を変えない…。


次に飛び出したのはジャリュウだ。一瞬に近い速度でれなに詰めより、左手で作った手刀を振り下ろす!

れなは即座に右腕を振り上げて弾き返すが、ジャリュウはれなの勢いにあえて全身を預けた。

弾き返された勢いで後ろに一回転し、元の姿勢に戻る瞬間にれなに蹴りを振り上げた!!

「ぐわぁ!!」

予想外の反撃に吹っ飛ばされるれな。荒野の地面を全身で抉りながら飛んでいく。

今なら身動きがとれないと、ジャリュウは地面を蹴って飛びはね、れなの真上で拳を構えた!

攻撃を読み取ったれなは、立ち上がれないのならと横に転がる。

地面に落とされた拳は轟音をたてながら衝撃を地面に放ち、大地を揺るがす。

バランスを崩す仲間達。

だがれなとジャリュウの勢いは尚止まない。今度は空中に飛びあい、互いに拳を目にも止まらぬ勢いで打ち続ける。

大気が揺れ動き、周囲の岩石がほんの僅かに動いていく。

二人は同時にお互いの隙を見切り、より渾身の拳を叩きつけあった!!

二つの拳が衝突し、放たれた風圧がついに周囲の岩石を真っ二つに切り裂いた。

もはや周りなど見えてない。互いに力を抜いては勝てないと睨みあっているのだ。

顔だけでなく、心の目すらも、互いに恐ろしく鋭い視線を向けあう。


地上に降り立ち、また再び殴りあいを始める。

時に顔を、時に腹を殴っていく。

ジャリュウの勢いは…これから途絶えようとしてる命とは思えない程に生き生きとしていた。

よく見るとその顔は笑っていた。

額から垂れる汗一つ一つに、彼の思いが込められてるかのようだ。


こんな戦いを夢見てたのだ。

掛け声だけで何も言わずとも、れなにもその気持ちは伝わってきた。

そんな彼の相手をできるれなもまた、自然と笑顔が浮かんでいた。



互いの顔面に同時に拳が炸裂しあう。

互いの頃合いを確かめあったようで、一旦殴りあいを止め、距離を離しあう。


また、冷たい風が吹く。



「決着をつけるぞ、れな」

ジャリュウは深く深呼吸、両手を広げて意識を集中させる。



それを見て、ラオンが呟く。

「蛇狼恐拳か…」


当たりだった。

戦ってないラオン達でも心に不安と焦りを覚えるような闘志が放たれる。

その闘志は、れな一人に向けられている…。れなは足を広げ、はじめはジャリュウの攻撃に警戒と僅かな焦りを見せたのだが…。





「あ」






一言だけ呟くと…れなは構えを解いた。









「え、何してるのお姉ちゃん!?」

れみは思わず二人に近づきそうになる。

他の仲間も同じような反応だ。

タイガに至ってはれなを相手してる訳でもないのに何のつもりなのかと肩に力が入ってる。


…一方闇姫は、全く驚いていなかった。

無表情のままれなを見つめ、彼女の狙いを読んだ。


「ジャリュウ、来い!その蛇狼恐拳、受け流す!」

一瞬、ジャリュウは蛇狼恐拳が効いていないのかと思い込んだ。

しかし…れなは確かに手足が震えてるし、冷や汗もかなりかいている。

先程の自信満々な台詞も、声が震えていた。

(やつはアンドロイドだからか?…しかし心があるなら絶対に効果はあるはずだ。という事はやつは俺からの気迫に必死に耐えてるのか…?)

単純だがそれしか考えられない。それほどに蛇狼恐拳は強力な技なのだ。

効かない訳がない…。


…しかし、もうここまで来たらやるしかない。

ジャリュウはより腰を深く下ろし、今にも飛び出しそうだ。

それでも尚、れなは笑っていた。


…それに対してジャリュウが作った表情は…同じく笑顔だ。

「面白い…!俺のこの最後の牙、折れるものなら折ってみろ!!!」

ジャリュウの長い髪が荒れ狂うように揺れ、更に大きな力を発揮した。

「蛇狼恐拳!!!」

勇ましさ、そして威圧感に満ちた声で叫び、一直線にれなへ向かっていく。

風圧で地面から舞い上がる岩の破片を身に纏いながら。

まさに最強の捕食者だった。


「おおおおおおおおりゃああああああああ!!!!」

全てを吹き飛ばしそうな声…もはや咆哮だ。

動きは猛速度で迫る蛇、耳を裂くような咆哮は狼…!

そんな途方もない気迫と共に、ジャリュウの拳が飛んでくる!!

れなはツインテールを揺らしながら、彼の拳を見る…!




…そして…れなは。






「なっ…!?」



世界が白くなったような感覚に襲われるジャリュウ。

れなは、彼の最強の拳を、軽く体を動かしただけで回避したのだ。

拳から放たれた衝撃が闇の世界を突き抜け、人間の世界にまで差し掛かり、空の雲を全て消し飛ばした。

そんな拳を、表情一つ変えずにかわしたのだ。


ほんの一瞬の時間のなか、ジャリュウは目だけを動かし、れなを見る。

れなは…既に反撃の拳を構えていた。


「っっっ!!!!!」

声が出なかった。


先程の蛇狼恐拳にも匹敵する程のとてつもない衝撃か、ジャリュウの体に叩きつけられた!!


その衝撃はジャリュウの背中から突き抜け、真っ白な閃光と化して赤い空へまっすぐ飛んでいき、地球から飛び出し、宇宙にまで届いた。

そんな衝撃なのに、地上にはヒビ一つ入らないどころか、石ころ一つ動く事もない…。

あまりに完璧で、鋭利な一拳(いっけん)だった。


ジャリュウの口から、静かに一筋の血が垂れた。




…そして、静かに微笑む。




…膝をついたジャリュウは、掠れた声でれなに聞く。


「…何で、あの蛇狼恐拳をかわせた?」


「殺意が全然無いんだよ」

れなは、ジャリュウを無理に立たせる事なくゆっくりと仰向けに倒してあげた。

「前までの蛇狼恐拳を経験してたから分かる。さっきのはただただ闘志が強いだけで、私を殺そうなどという殺意が全然無かった。だから全然怖くなかったし…いや、全然怖くなかったというのは嘘だけど、体はちゃんと言う事を聞いた。何より…」

れなは膝をつき、ジャリュウの髪を撫でた。


「ジャリュウはそんな簡単に人を殺すようなやつじゃない」


「…俺は勝手な思考でお前達を裏切って、一度殺そうとしたんだぞ?何でそんなに俺を信じられる?」




「…正直、明確な理由なんて分からないんだよ」

意外な回答に、ジャリュウは目を開いた。


れななら、何かしらおかしな理由を言うのではないかと予想していたようだった。

そんな小さな驚きを見せる彼に、れなは言った。


「だけど、不思議と、本当に不思議なんだけど思った。ジャリュウは最後まで私達の仲間だったと。理由も根拠もないのに…」

れなは、輝く笑顔を見せた。



「ジャリュウも知らない事、教えてあげる。この世界はね、不思議なんだよ」



…それを聞いた瞬間、ジャリュウが今までにない程に穏やかな表情になる。

その顔は、もはや血に飢えた蛇などではない。


一人の人間だった。


「…お前らのおかげだよ。今になってようやく…この世界も捨てたもんじゃないって思えたのは…。…ダイルみたいな力強さと優しさを秘めてるやつが、他にいたなんてな」

弱々しい目でダイルを見るジャリュウ。

ダイルは、泣かなかった。

威厳のある、しかしそれ以上に優しい笑顔で彼を見つめた。



…何かを思い出したかのように、ジャリュウは目だけを仲間達の方へ向け、震える手でポケットから何かを取り出した。



「…!」

息を呑んだのは、タイガだった。




ジャリュウの手が、地に落ちる。


れなはそれを、優しく受け止めた。






ジャリュウの手に握られていたもの。




それは…買った時と同じくらい美しく輝き、埃一つついていない、赤の宝石と青の宝石だった。




沈む意識のなか、途絶えるまさにその一瞬…ジャリュウは何かを呟いた。







…とても小さな、掠れた声だった。


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