太平の島
「ラオン、あんたに貸した五十万円だけど…」
「うおおやれやれー!!」
テクニカルシティ近くの巨大な岩が並ぶ荒野にて、ラオンが隣の葵を無視して戦いを観戦している。
荒野の上空を飛び回るのはれなとタイガ。
れなの拳、タイガの爪が空中で相殺し、互いに吹き飛ばしあう。
その勢いで地上に落下し、地面を抉りながら滑っていく。
「くっ、やっぱやるぅ」
れなは踏ん張って何とか止まり、低空飛行しながらタイガへ突進、素早く拳を突き出した!
拳は、離れていくタイガの頬に見事に叩き込まれ、そのままノックアウトへ追い込んだ!
「痛い…れなって加減知らないの?」
ラオン達が座っていた巨大岩石の上に登るれなとタイガ。
頬に湿布を貼られたタイガがれなに歩み寄る。
「いやあ、やはり戦いは良いもんですなぁ」
誤魔化すようにそっぽを向くれな。タイガは「むー」と唸りながら思い切り睨んでみせた。
このままでは第二ラウンドがスタートしてしまう!
葵がそう悟ったのか、二人の間に割って出た。
「そ、そうだわタイガ。あれから捕食者の島は?」
タイガは葵の方を見て、落ち着いた口調で語ってくれた。
「あれからマウトの配下の捕食者達を拘束したわ。無理やり従わされてた捕食者も多くて、驚くほどスムーズに進んだの。今は住宅地から建設する予定よ」
タイガの声は、以前とは比べ物にならない程穏やかだ。何というか、優しさとは少し違うが、それに近いものがある。
これが彼女本来の性格…本性なのだと葵は思った。
そこから、タイガの声に張りが出た。何とも自信満々と言う言葉がよく似合う声でこう言った。
「あんた達にも手伝ってもらうからね」
「分かってるっつーの。今頃島じゃダイルがリーダーになって粉砕男達が手伝ってる頃だろ」
ラオンに言われ、タイガは安心したような顔をした。
今頃海の向こう側では新たな国が建設されようとしている。ダイル達はその下準備に大忙しなのだ。
しばらくはこっちに来れなそうだが、完成したその日には、れな達を真っ先に招待してくれるのだという。
もう、血濡れた歴史は過去の事だ。
これからは新しい未来が待っている。
「…ジャリュウとハウンディにも見せたかったわ」
タイガは笑いつつも、寂しそうな顔をした。
…沈黙がよぎったが、ラオンのとある一言で、空気が変わる。
「…タイガ、ジャリュウは最後…あの宝石をポケットから出してたよな?そしてその目線はお前を中心に向けられてた」
タイガは、顔を変えずに頷く。
「大事な物だし、申し訳ないが…ちょっと宝石を見せてくれないか?」
タイガは疑問を顔に浮かべつつも、やはり何も言わずに、毛皮の中に隠していた宝石をラオンに渡した。
ラオンは目を丸めた。
「タイガ、この宝石の名前は知ってるか」
「いや…知らないけど」
れなは首を傾げてるが、葵は何かを理解したような顔をしながら言った。
「ルビーとアクアマリンね…」
「タイガ、宝石には宝石言葉って言うのがある。人間が考えた、その宝石に込められたメッセージみたいなもんだ。…ルビーには愛、アクアマリンには幸福に関連するメッセージが込められてると聞いた事がある」
タイガが、顔をあげた。
何かを見透かされたような、どこか呆然とした感じの顔で、口が自然と開いていた。
「お前、前々から思ってたけどジャリュウの事…」
「うるさい!!」
タイガは顔を赤らめた。バレバレの反応だ。
れながニヤニヤ笑ってる。
タイガは一発引っ掻いてやろうと両手を構えたが…。
「ジャリュウは世界を多くの敵と戦い、多くの知識を身に付けていた。宝石言葉も知っていた可能性が高い」
タイガの動きが、止まる。
「ジャリュウは、お前の気持ちに気づいてたんじゃないか。…きっと、平和な国を築く事ができて一段落したら、お前のこの宝石言葉に答えようとしていたんじゃないか。…何よりあいつは最後に…」
しん、と再び沈黙がよぎる。
「…幸せにな、って言ってたぜ」
…堪えていた涙が、ついに落ちてしまった。
一気に流れてくる涙が、乾ききった岩を潤す。
膝をつき、すすり泣くタイガ。
…葵が彼女に寄り添い、れなとラオンは静かにそれを見守った。
「ジャリュウ、ハウンディ」
捕食者の島…。
以前の血にまみれた風景はどこへやら、建設途中の木材住宅が不器用に並んでいる。
そんななか、近くにある海がよく見える崖だけは、何も建てられていなかった。
二つの墓石を前に、ダイルがあぐらをかいていた。
墓の前に添えられた花を整えながら、話しかけていた。
「この辺りに俺の家が建つんだよ。タイガと同居する予定だ。俺が親父代わりにならないと、あいつ何かやらかしそうだからな」
ダイルは、腰元に黒いバッグを置いていた。思い出したようにバッグから何かを出すダイル。
とても綺麗な紫色の花が二輪。
それぞれの墓石に添え、またあぐらをかく。
「闇姫がこれを供えとけってさ。戦死した兵士の墓に供える、成仏願いの花だそうだ。最初はただただヤバいやつにしか見えなかったが、良いところもあるじゃねえかあいつ」
ガハハハ、と笑うダイル。
…以前までの戦いからあまり経っていない。
ジャリュウもハウンディも、無事に会えただろうか…?
「ダイルー!お兄ちゃんが家壊したー!!」
ドクロの声が聞こえてくる。
ダイルは立ち上がり、軽く体を伸ばすと、墓に手を振る。
「またな」
墓に背を向ける。
「未来を頼むよ」
…透き通るような声に、振り返った。
…暖かい風が、草原を駆け抜けた。
もはやこの島は、捕食者の島ではない。
ここに住む者達も、捕食者などではない。
人間達が暮らす島なのだ。
この島の名が「捕食者の島」から、「太平の島」へと改名したのは、あの戦いから間もない事である。




