ウジの侵食
突然テクニカルシティに現れた白い怪人。
そいつはブヨブヨした体を左右に動かしながら、何とも言えないフラフラした挙動だ。
口だけしかない顔が、頭が、手が、足が、風に吹かれるように震えてる。
一同はあまりに突然の事に固まっていたが…ドクロがその怪人に近づく。
「あんた…何者…」
「避けろ我が妹ぉぉぉ!!」
テリーが叫び、ドクロは跳ね上がった!!
頭上から、更に白い怪人が落ちてきて、大口を開いてドクロに噛みつこうとして来たのだ!
顔面から地面に衝突する怪人。
その怪人をクッションにするように他の怪人達も次々に落ちていく…。
ふと空を見上げると…。
「…!?何だあの量は!!?」
ダイルが叫ぶ。
空には、何百何千…いや何万という数の怪人の群れが、雲のように飛んでいたのだ。
テクニカルシティの上空にも収まらないほどの量。森の方まで群れは続いており、その更に先まで怪人達が空中を飛行しながら蠢いている…。
色も相まって、まるで雲のようだ。
「…!!うわ!?」
れなとれみが叫んだ。
自分達の頭上にも、怪人達が落ちてくるのだ。
一同はたちまち散り散りになり、怪人達の落下を避け続ける!
「っ!見て!!」
タイガがとある方向を指差す。
怪人達が、通行していた一般人に食い付きだしたのだ!
れなたちは一斉に飛び出し、怪人達を蹴飛ばして吹っ飛ばすが、何人かの人間はピクリとも動かなくなっていた。
…何という速さで食い殺すのだ。
「まずい、かなりまずいぞ!このままだととんでもない人数が死ぬ!!」
相変わらず降り続ける怪人達を殴り飛ばしながら粉砕男が慌てふためく。いつも冷静な彼ですらこの様子だ。
町中に悲鳴が響く。
コンクリートの壁が赤く塗りつぶされていき、倒れた人々で足場が無くなりそうな勢いだ。
「でりゃああああ!!」
れなは回し蹴りで、タイガは爪を振り回して怪人を蹴散らす。
しかし、これだけの数で誰一人として倒れる様子を見せない…。倒れては起き上がり、倒れては起き上がりを繰り返し続けるようだ。
「ぐっ!」
ついにれなは腕に噛みつかれた。勿論即座に肘打ちしてダウンさせたが、攻撃を受けた事に焦りを覚えてるようだ。
横を見ると、ダイルとラオンも体に掴みかかってきた怪人達を必死に振り落としている…このままではやつらのペースに押し潰されてしまう。
数の暴力。今の状況を示すのにここまで似合う言葉はない。
そうこうしてる間にまた怪人達が落ち続けてきた…!
このままではテクニカルシティは壊滅だ…。
そんな凄惨な光景を、ショーを見るかのように楽しむ男がいた。
誰あろう、マウトである。
闇姫の城の研究室のパソコン型モニターから、角度を変えたりアップにしたりと色々といじりながら、怪人達の猛進撃を観戦してる。
「ははー!!殺せ殺せぶち殺せー!!」
ヒーロー番組を見る子供のようなテンションだ。人間の血が宙を舞った時の喜びようはもう言葉にもできない。
騒ぎすぎて、誰かが研究室に入ってきた。
白衣を着た蛙型怪人、闇姫軍四天王のガンデルだ。
「うるさいなぁ。僕の研究室に唾を撒き散らさないでくれるかいゲロクソネズミ」
「ゲロクソとでも何とでも言え!俺は最強の兵器を開発したかもしれないのだ!」
マウトはモニターを見せつける。
その光景には、ガンデルすら一瞬顔をしかめる。
すぐに立て直し、改めてその光景を小さな目でまじまじと見つめる。
戦うれな達、喰い殺される人々、白い体を赤く染める異形の怪人達…。
「どうだガンデル!こいつらこそ、俺が捕食者の島の奥地から採集したあらゆる生物を捕食者に変える液で作り上げた怪人だ!」
何の生物を変えたのかは言わない…どうやら聞いてほしいようだ。
「…何の生物を変えたんだ?」
「ズバリ、ウジ虫だ!!」
マウトはモニターを取り上げ、再びその光景に目を輝かせる。
なるほど、ウジ虫は繁殖力も侵食力も非常に高い。
それを人間の大きさの捕食者に変えたらこうなる訳だ。
一つの朽木から取れるウジ虫を材料にするだけでもかなりの軍勢となる。
軟体的な体を持つ体で衝撃に強く、かなり小回りも効く…。
「何故俺は気づかなかったのだろうか…!こいつらなら、並みの兵士よりも更に高い実力を発揮するぜ!」
「そうか…確かに優秀だ」
「でしょ!?ガンデル!でしょ!?」
浮かれるマウトだが…直後のガンデルの台詞に動揺する事になる。
「これでは大量虐殺じゃないか」
「え?」
マウトは忘れていた。
闇姫軍が行う悪行は「支配」。
圧倒的な力で痛め付け、あえて敵を死なせない。
勿論抵抗すれば殺す事に容赦はしないが、基本は死なせない事で相手を軍に引き込んでいく。
そうする事で、闇姫軍は力をつけていった。
今のマウトのこの大虐殺は…闇姫軍のやり方とはかけ離れている。
息を呑むマウト。画面を見て、改めて現状を確認する。
沢山の住人や、警官や駆けつけた戦士…多くの死体が転がっている…。
「…だ、だが!いくらカスどもが死のうと関係ない!あのれなとかいうアンドロイドをはじめとした連中はまだ生きている!引き入れられる可能性は大だ!」
「そんな事はあり得ない」
研究室に静かな声が僅かにこだます。
恐る恐る目線を移すと…そこには、赤い左目を光らせる闇姫が立っていた。
「れなたちは私がこの世で一番嫌う、正義の矛のような連中。やつらばかりはいくら小突いても私の下で易々働く訳がない。それに億が一配下になったとしても、あんなやつと同じ城で時を共にするなど私が耐えられん」
迷いのなかから導きだした希望をいとも簡単に否定されるマウト。自然と後ずさって作業台に背中がぶつかり、床に工具が落ちる。
「ああっ!僕の研究室を散らかしやがって!」
ガンデルがマウトに近づく。
…その時、ガンデルは密かに彼の目を見た。
深い憎しみを感じさせる、恐ろしい目だ。
マウトは、震える声で言った。
「…ならば俺の力でウジ達を操ってれなたちを倒します」
「それは無理だ。れなたちがもし本気を出せば、ウジどもは全滅する。今はまだ突然の事に力を出し切れていないだけだ」
闇姫は一言だけ言った。
マウトは、闇姫の顔から目を背けて更に言う。
「…あのウジは人を食えば食うほど分裂します。無限の軍勢を相手にすれば、いくらやつらでも…」
「その分裂の原料である人間を食い尽くせばどうなる。それ以上増える事はないだろう。それにれなたちもそのまま人間達を食い尽くされる程、ノロマなやつらとも思えんがな」
闇姫はハイヒールの音を冷たく鳴らしながら、マウトに近づき、モニターを覗き込んだ。
真顔だが、目を黒くする闇姫と、冷や汗まみれのマウト。二人の顔が、モニターの前に並ぶ。
「お前はウジが勝つと思ってるんだろう。先程も言ったがそれは無理だ。吐き気を催す程不本意だが、私はれなたちに賭ける」
マウトは、もはやにやけている…。
もう結果が見えてきたのだ。
「葵!あそこに投げて!!」
ドクロが右手から黒い光弾を放ちながら、葵に頼む。
葵はサイドテールを派手に揺らしながら手榴弾を投げつけ、ウジ怪人の群れに落とす。
大爆発が起き、ウジ怪人は吹っ飛ばされ、家の屋根に落ちていく。
そして、またもや立ち上がろうとするが、そこへれみが小さな体格ならではの速度で屋根に飛び移り、ウジ達の体に手刀を決める!
その一撃はとても正確で、ウジは次々に活動不能に陥るダメージを受けていく。
「…!」
殺気を感じて振り替えるれみ。
屋根の下から、三体のウジが飛び出し、れみに襲いかかる!
だが勿論、れみ一人の隙を突いても他のメンバーの隙を突ける訳がない。
三体の背中目掛けて、ラオンがナイフで一気に切りかかる!
地上に落とされるウジ達。
粉砕男はその怪力でウジ怪人を持ち上げては他のウジ怪人に投げつけ、テリーも頑丈な骨の体で次々にタックルを仕掛ける!
「オメガキャノン!!」
れなが右手の平から青い破壊光線を発射し、群がるウジ怪人を一網打尽にした!
更に連発し、空のウジ怪人をも撃ち飛ばしていく。
ついに動けるウジ怪人は残り二人となる。
知能の低いウジ怪人はこの状況に陥っても闇雲に向かってくる。
数さえなければ大した事はない。
「くらえ!!」
一体は正面から飛びかかってきたタイガの爪で切りつけられ、もう一体は背後から向かってきたダイルに殴り飛ばされ、とうとうこの二体も気絶した。
「よし!また動き出す前に鎮静魔術を使うぞ我が妹よ!」
テリーがドクロを呼ぶ。
気を落ち着かせる魔術、鎮静魔術を使うのだ。これなら怪人は人を襲う事はなくなる。
二人は緑色の光を放ち、飛行して町に撒いていく。
これで、ウジ怪人が目覚めてももう暴れなくなったはずだ。あとは町の戦士に任せよう…。
「…」
タイガが周囲を見渡す。
ウジ怪人に食い殺された人々の死体と鮮血が、平和な町を染め上げる。
…かつての自分も、このウジ怪人のように他者を食っては地面を汚したのだ。
…ダイルを見ると、全く同じ目をしていた。
「…さてこのウジども、今までのパターン通りなら闇姫軍からの使いか」
ラオンはもう事態を察したようだ。流石と言ったところだ。
ウジ怪人達が飛んできたのは北の方角からだった。
北には闇姫軍が構える闇姫の城がある。証拠としては不十分だが、こんな攻撃を仕掛けてくるのは、捕食者を新たな戦力として加えた闇姫軍が真っ先に疑われるだろう。
「…私の予想通りだな」
闇姫はため息をつく。いつのまにか、モニターは闇姫の手に持たれていた。
「さてマウト。テクニカルシティは科学が密集した利用する価値の高い町。そこの価値を著しく下げたお前はそれなりの処分を」
言い終わる前に、闇姫は左手を振り上げた。
同時に、彼女の左手に衝撃が走る。
…マウトが、爪を射出して切りかかっていた。
素早く距離を離すマウト。その顔からは、もう忠誠の仮面などとっくに剥がれていた。
「何だマウト。命で代償を払いたいのか」
「…へへへ、流石闇姫さんだな。だが俺はもうあんたの下にいるのはうんざりだ」
顔を歪ませる闇姫。またため息をついてみせた。
「やはり僕の予想が当たりましたね闇姫様」
…以前に闇姫と通わせた会話を思い出したガンデルは、得意気に闇姫を見た。
珍しく闇姫は目を逸らし、どこか弱気な雰囲気だ。
マウトは何の事なのか分かってないらしい。
…せめてここくらいは華麗に決めたいのか、闇姫はマウトに重い声で言った。
「呑気だな。お前が裏切る事などとっくに分かっていた」
「…ははは!ハッタリとはらしくないな闇姫!!」
…こんな事も認めたくないマウトは、爪を振るいながら必死に喋る。
それに対する闇姫の口調はまさに余裕。
裏切り者を前にしているとは思えぬ口調だ。
「お前の動きは明らかに怪しかった。軍の陣形を一切覚えようともせず、なのに休暇も求めずやたら任務に出向こうとしていた。四天王ですら休暇は求めるというのに。お前は私の信頼を得るために必死だったという訳だ。…更に」
闇姫は人差し指をたて、証拠をカウントし始める。
「軍の兵器の必要以上の詮索、利用できそうな兵士の情報の採集、無許可で試作素材を持ち出して捕食者拘束ロープを作り、更には私といつか対峙する事を想定したのか、私の技を研究していた事も知っている。…軍のPCを使ってこれらの情報を探っていた事は、ガンデル極秘のマザーコンピューターで把握済みだ」
「あ、闇姫様。あとこいつ闇姫様がお風呂入ってるのを覗こうとしてましたよ」
しれっとチクるガンデル。
マウトの肩に力がこもる。
間違いなく、マウト最大の危機だった。
このままでは捕食者帝国建設どころではない。
…マウトは、考えた。
考えに考え…そして導きだした答えは…。
「…いけー!!!ガウラァァァ!!闇姫を殺せえええ!!」
今までにない程に焦りが見えるマウトの声と共に廊下から激しい足音が聞こえてくる。
…そして、ライオンの襟巻きを巻いた大男が研究室の壁を突き破ってきた。
ガウラだ。
その口は血濡れており、鎧の破片が突き刺さっている…。ここに来るまで、多くの兵士を食い殺したようだ。
それだけではない。あのウジ怪人達もガウラに続いて闇姫の前に現れる。
ウジ怪人全員をテクニカルシティへ出撃させた訳ではないようだ。
「力で分からせるしかないな。いくぞガンデル」
構える二人。
闇姫と捕食者決別の瞬間だ。




