悪意の侵食
「あれが捕食者の島の最強奥義か」
遥か北にある闇の世界。
真っ赤な空の下にある漆黒の城にて。
闇姫三姉妹が、テクニカルシティに飛ばされたドローンを通じて戦いを観戦していた。
ジャリュウの目の前の一同が殺意に動けなくなった後、一気に背中を叩きのめされて倒れこんだのを見た闇姫。
玉座に深く腰掛け、左右に影姫、黒姫を立たせている。
黒姫が、モニターから視線を外さず闇姫に聞いた。
「お姉様、あれ何の技?」
「マウトから聞いた。あれこそ捕食者の最終奥義、ジャリュウは蛇狼恐拳と名付けた」
闇姫はこの技にはそこそこ興味があったようで、解説を始めた。
「捕食者ならではの殺気を主体とした技だ。全精神を解き放ち、一つの生物から放たれるとは思えない程の殺意を放出する。この殺意は相手の理性ではなく本能に深く突き刺さり、全身に過剰に危険信号を送る事で脳を静寂のパニック状態に陥らせる。そして、殺意で潜在能力を一気に引き出した拳で、木偶と化した相手を殴り殺すのだ。この技は、アンドロイドであろうとも通用する」
黒姫が闇姫そっくりな顔に疑問を浮かべるなか、影姫もまた、モニターから目を離さずに呟く。
「恐ろしい技です。本能とはいかなる強者でも逆らえないもの。理性がどうにでもなっても、理性を支えているとも言える本能が狂わされてはどうにもなりません」
「その通りだ。しかし」
闇姫は、何か違和感を覚えているようだった。
…ジャリュウは、倒れた一同を見下ろした。
…ついこの間まで、共に過ごしていた仲間達。
そんな彼らと敵対したのは、全て自分の責任だと…彼は理解していた。
「…」
ジャリュウは、右手を掲げた。
…遠くでビルを支えていた粉砕男が、何かに気づく。
ビルが、何か不思議な力で固定されていくのだ。
そして…最終的にビルは元に戻ったのだ。
窓から覗くと、人々も突然の出来事に何が起きたのか理解できてないようだ。
…ジャリュウは、右手から魔力を放っていた。
この魔力で、ビルを元の位置に固定していたのだ。
その行動が意味するものとは…。
「…くそっ」
ジャリュウは拳を握りながら倒れた一同に背を向け、空へ飛んでいった。
「…申し訳ありません」
その後はこの通りだ。
ジャリュウは闇姫三姉妹の前で膝をつき、かつての仲間達にとどめを刺せなかった事を伝えた。
怒り顔の黒姫。一方で隣のそっくりな顔の闇姫はやはり真顔だ。
影姫は無言のまま、闇姫の方に目だけを向けていた。
「全く。情を捨てきれないのか」
闇姫の声は冷たく、呆れが伝わってくる。ジャリュウは更に頭を低くした。
「しかし、お前の実力と誠意は確かなものだ。あのビルをへし折ったのは見事だ。何より、蛇狼恐拳を躊躇なく使うとはな」
動かないままのジャリュウを見て、闇姫は立ち上がる。
「今回の件は咎めん。また次の任務を与えてやる。待機しろ」
「…誠に感謝いたします」
今度は立ち上がって頭を下げるジャリュウ。そのまま背を向け、部屋から出ていった。
黒姫は、まさにお姉さま優しい〜とでも言わんばかりの笑みだ。
…そんななか、影姫は何か嫌なものを感じているようだった。
「…お姉様。ジャリュウの件とは別件ですが…」
「ああ。『やつ』は黙ってないだろうな」
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていくジャリュウ。
まずは喜ぶべき状況なのに、苦悩に満ちた表情を覆い隠せず、重い足取りで歩いていく。
「…ゲホッ」
…咳が出た。ジャリュウの表情は、更に曇る。
…そこへ。
「ジャリュウ…!」
嫌な声がした。
ジャリュウは背を向けたまま、背後に立つ小男…マウトに返事をした。
「俺はお前の仲間になどならんぞ」
「そう言うなよ…!世界を変えるだの何だの大層な事を企んでるようだが、そんなものよりこのマウトの為に力を振るった方が有意義だと思うがね…!」
ジャリュウの長い後ろ髪を見て、マウトはすぐに悟った。
今目の前にいるのは、もはやジャリュウ一人ではないという事を。
「ハウンディを食うとはな。生き残る為に仲間をも食らう、まさに捕食者の生き方だ!捕食者の帝国には不可欠な戦力になるよお前は!この俺の片腕として置いてやっても良いんだぞ?」
「上から目線は嫌いなんだ」
それだけ呟き、ジャリュウは歩いていく。
マウトは歯を食い縛り、震える右手で握り拳を作りながら追いかける。
「お、お願いします!帝国の建設計画にお力を…」
「嫌だ。誰がてめえのようなクソに力を貸すか…。てめえは存在自体が鼠への冒涜だ」
マウトはもうここまでだった。
「…仲間になれと…」
右手から爪を射出し、飛びかかる!
「言ってるだろうがっ!!!!!」
声を張り上げて突き刺そうとするマウト!!
…ジャリュウは背を向けたまま、人差し指と中指で爪を挟み込む。
驚くマウトにすかさず裏拳を叩き込み、彼を吹き飛ばした!!
黒い壁に叩きつけられ、息を吐くマウト。
勿論これでも加減している。
「…!!」
マウトは見た。
ジャリュウの、殺意に満ちた目を。
「殺すぞ」
…それだけ言い残し、去っていく…。
「…っ!!……っっ!!!」
声にならない音を口から漏らすマウト…。
廊下を走り抜け、自身の部屋へと駆け抜けていく。
「こうなったら…!やつらの出番だな…!!」
怒りと期待が入り交じった、何とも言えない不気味な顔をしていた。
「…」
…れなたちは、ジャリュウとの戦いで消耗しきった体を引きずりながらテクニカルシティを歩いていた。
唯一ダメージを退けた粉砕男が先導、歩く一同を見守りながらゆっくり歩く。
タイガが、弱々しく粉砕男を中心に全員へ言う。
「…つまりジャリュウは…ハウンディを食ったのね」
「…そういう事になるな。俺はビルを支えていたが、ジャリュウから放たれるハウンディの魔力も感じたよ」
粉砕男が全員を一通り見回す。
…皆、暗い顔だ。
当然だ。当然なのだが、正直ここまで暗い顔をしているのは初めて見たかもしれない。
それほど、ジャリュウとの敵対は重いものだった。
「…ついたぜ、皆」
ようやく事務所についた。
いつも以上に長く感じる道のりだった。
…このまましばらくは、皆元気のないままだろう。
だが…ずっとこのままでいる訳にはいかない。
「…皆、まずは前を見よう。前を見て、ジャリュウを説得する方法を考え…」
…粉砕男は、突然黙りこむ。
…れなたちも、僅かに肩に力が入る。
そして何より、顔に活気が宿ってきた。
喜びではない。
…警戒心を刺激する為の活気だ。
「…あそこからだ!!森の上から何か近づいてくるぞ!!」
粉砕男が声を荒げて指を指す。
…町の隣森、北の方角から、何か白いものが飛んでくるのが見える。
…そのうち一つが、テクニカルシティに降りてくる。
真っ白でブヨブヨした質感の皮膚、関節がないかのように垂れ下がった手足、そして口だけがついている頭…。
謎の人型の化け物が現れた!




