血濡れの予感
「さて、やつらは来るだろうか?」
岩に座りながら、マウトは灰色の髪をいじりながら地上を見下ろす。
その横には、以前のあのロープで縛られるタイガが。今もまだ、振りほどこうと身をよじらせている。
周囲は白い霧と木々に覆われているが、真下の広場にだけは、霧がかかっておらず、草一本生えてない岩の地面が。
そこに、二人の戦士が現れる。
緑の髪を揺らし、黄色い目に強い迷いを浮かべる青年と、背中にもかかるほどに長く、茶色い髪の青年。
「ジャリュウもハウンディも、逃げずに来たようだな!偉い偉い!」
ジャリュウは、空中のマウトを睨んだ。悪喰の魂を持つマウトは、それを見るだけで彼の殺意を感じ取った。
「おっと。俺を殺そうと言う素振りを少しでも見せれば、こいつの首を串刺しにするぜ?」
タイガの首に爪を射出するマウト。タイガは必死に叫ぶ。
「私は良い!あんたら、私なんかの為に殺しあわないで!!こいつを倒して!」
タイガは本気だ。
しかし、ジャリュウもハウンディも本気だ。
ハウンディが叫ぶ。
「タイガ、お前は必ず助かる。ジャリュウ、本気で来い」
冷たい風に運ばれる砂煙が二人の視界をすり抜ける。
ハウンディは瞬時に構え、ジャリュウへ向かっていく!
そして、彼の顔を殴り付けた。
吹っ飛ばされるジャリュウ。
直ぐ様彼に詰め寄り、更にもう三発、激しい突きを浴びせる。
このくらいしなければ、あのクソネズミは面白くないとでもほざいてタイガを殺しかねないと考えたのだ。
やつが望むのは、「殺しあい」なのだから。
…案の定、マウトは実に楽しそうな顔だ。
吹っ飛んだジャリュウに、ハウンディは手刀を振り下ろす!
…が、ジャリュウは避けずにそれを胸に受けた。全身に強い衝撃が走る。
ハウンディの表情が曇る。
「…なぜ避けない」
「…ハウンディ。やはりお前は犠牲になってはならない。お前は俺より意思も強い」
ハウンディは、彼を蹴りつけた。
「なぜ反撃しない」
「…親友を殺せるかよ…。何か、考えろ。タイガを助ける方法を」
やはり、決意は揺らいでいた。
一方その頃…霧に包まれた島の外で、飛行しながられな一同とダイルが霧の向こうを睨み付けていた。
ジャリュウ達を助けにいきたいのだが…下手な事をすればマウトはタイガを殺すだろうとハウンディが言っていた…。
…一同の目の前の霧が晴れていく。
晴れた先には、戦いに適した広さの広場があり、そこにジャリュウを蹴飛ばすハウンディが。
れなたちは、拳を握りながらそれを見ているしかできない…。
「もうこれしかないんだ。お前も反撃しろ。マウトはタイガに手を下すぞ…!」
ハウンディの声に熱気が宿った。ジャリュウはそれを聞いて拳を振り上げ、ハウンディを殴るが…その拳に力はこもってなかった。
「そんなものでは足りんぞ!!」
ハウンディの飛び回し蹴りが、ジャリュウの顔面に炸裂!
勢いよく吹っ飛ばされ、大岩に背中を叩きつけ、崩れてきた瓦礫に押し潰されてしまうジャリュウ。
ハウンディの長い髪が、風圧で大きく揺れる。
瓦礫をどかして立ち上がるジャリュウは既に口から血を吹き出していた。闘気がない分、身の守りも弱くなっていた。
ハウンディはジャリュウを見下す。
「おい。このままだと死ぬぞ…」
「なら…一思いにやれ…。俺よりもお前が生き残るのが賢明だ」
黙りこむハウンディ。
空から見ていたれなたちのうち、粉砕男が声をあげる。
「いかん、このままでは本当にジャリュウが…!」
…その横で、ドクロとテリーの死神兄妹がある方向に視線を動かす。
…マウトが、もがくタイガの首に爪をそえ、れなたちを見て笑っていた。
「…しかしここで助ければ、やつは間違いなくタイガを殺す…!」
テリーは骸骨ゆえに目がないが、その心に宿る深く、激しい怒りを本来眼球があるべき顔の穴に浮かべる。
テリーだけではない。その場にいた全員が、マウトへ怒りを向けていた。
その様子が、ますますマウトを楽しませてしまう…。
…ダイルが、震えていた。
ジャリュウはハウンディを見上げながら言った。周りにも聞こえない小さな声で。
「…俺を殺してくれ。もう、これ以上はまともに生きていける気がしない。…初めての友であるお前に殺されれば、俺も笑って死ねるもんよ」
…それを聞いたハウンディは、ジャリュウの首に掴みかかった。
れなたちの肩が一瞬高くなった。タイガは、ますます激しくもがきだす。
力がこもる手、震えながらも、その目でハウンディを見るジャリュウ。
ジャリュウの目は、死の直前とは思えない程に希望に満ちていた。
幼くしてすぐに捨てられ、捕食者となり、悪人と言えど他人の命を犠牲にしなければ世の役に立てなかった人生…死後の方が、まだ胸を張れると…そんなジャリュウの心情が、ハウンディの目に映りこんだ。
…直後、ハウンディはジャリュウの首から手を離す。
「え…?」
ジャリュウが声をあげる。
…バランスを崩したジャリュウの腹に、ハウンディが膝を叩き込む!
一気に血を吹き出すジャリュウ。ついに膝をつき、岩の地面に広がる自分の血が視界には入る。
「…ジャリュウ。お前が…お前が俺を殺さなければ…!」
震える声で、今まで聞いた事のない声と共に、ハウンディは右手をあげた。
手の平に金色の光が集まり、巨大な光弾が形成され、島の瓦礫が宙に浮き始める。
れなたちは、当然ながら驚いた。
「あいつ!あんな技を…」
テリーが叫ぶ。
ハウンディは膝を震わせつつも、背中を伸ばしながら、タイガの方を向く。
マウトは爪を引っ込めた。その顔には、更なる笑みが浮かんでいる。
「…俺は、俺はタイガを殺す!!」
「何だと!?」
ジャリュウの声に、今までにない活気が宿る。
「お前のような根性無しを信じた俺がバカだった。俺は元々、お前達が…軟弱なお前達が嫌いだった!」
長い髪が、光弾からのエネルギーで揺れる。ハウンディの声は…どこか、震えていた。
「丁度良いタイミングだ!お、俺は…まずは気に入らないタイガから…殺す…!」
同時に、ハウンディは光弾を投げ飛ばす。
マウトは直ぐ様逃げ出した。自分がタイガを殺すより、仲間だったハウンディがタイガを殺す方が見応えがあるからだ。
状況が読めないタイガは目を丸めた。
視界に広がる、黄金の光…!
…光弾は、タイガにぶつかる直前に突如方向を変えた。
空に飛んでいき、小さな爆発を起こす。
…あの爆発なら、今のタイガが食らっても、少し傷つく程度。殺すには至らない威力だった。
…弾いたのは、瞬時にタイガの前に飛行してきたジャリュウだった。
「…ハウンディ。お前」
ジャリュウは俯いた。
ハウンディが、下で息を切らしている。
(…タイガを殺すフリを…)
ジャリュウの口から、また一滴、血が垂れる。
(…お前はどうやら俺と同じ気持ちのようだな…。…しかし、その意思の強さなら…たった今行動に出したお前の勝ちだ)
ジャリュウは、この戦いの直前に固めていた決意を思い返した。
(…俺の意志の負けだ。敗者は勝者に従うべき。ハウンディ。俺は必ず…)
ジャリュウの両腕が、ゆっくりとあがる。
「…ハウンディ、俺が、タイガを助ける!!」
地上に降り立ち、構えをとるジャリュウ。
その表情には、覇気が宿っていた。
…いや、正確には、戻ってきたと言うべきだろう。
「…お前の覇気にはつくづく戦慄するよ」
ハウンディは、ため息をついた。
…いつ以来だろう。
(いつ以来だろうな。…笑うのは)
ハウンディが、静かに笑った。
「やるぞ」
血濡れの地で拳を掲げた友の、最後の戦いが始まる。




