ジャリュウの過去
「何でこんな事もできないかね。ゴミめ」
「お前本当に才能無いな。クズが」
「生きてる価値ないよ、早く死ね」
「何で生まれてきた?土下座しろ。生まれてきてごめんなさいと言え」
生まれてこの方、一切の才能に恵まれない少年がいた。
知識もない、運動もできない、人付き合いも下手。
友人ができてもすぐに離れていく。才能ある子を期待していた家族からも嫌われ、毎日殴られ、アザだらけの体で崩れそうな心を必死に保ち、友や愛という言葉の意味さえ知らずに生きてきた。
雨降る錆び付いた町に捨てられた。
面倒事に巻き込まれたくない人々と、面倒に巻き込みたくない少年。
冷たい足で町を歩んでいき、時に転倒し、泥にまみれた顔で、宛もなく彷徨った。
「邪魔だクソガキが」
何度突き飛ばされたか分からない。時にはドブ川にさえ突き落とされた。
ふらつく足取りで歩く彼に、人々はなぜか苛ついていた。
そんなある時。
それは、どこで出会ったのかわからない。
どこで話が始まったのかも分からない。
しかし、彼はとある存在から力を授けられた。
彼だけではない。彼以外にも、大勢の人間達がいた。
彼らは皆、少年と同じように人生に絶望し、打ち捨てられた者達だった。
「世界で生きていく最大の術。それは弱肉強食だ。人類は社会という壁を築いて感覚が薄れてきているが、人類も他者の命を奪わなければ生きていけない生物だ。お前達は、その弱肉強食の中でも弱の下。弱いから捨てられた。いや、生まれてくるべきではなかったから捨てられたのだ。弱い事はこの世界において死を意味する。だが安心しろ。私が力を与えよう。捕食者として悪を食らい、もう一度世界に羽ばたくのだ」
こうして、彼は蛇となった。
彼ら捕食者は地球に蔓延る悪党達を倒し、食らって回った。これにより、彼らは力をつけていき、徐々に強力な悪にも牙を向けるようになっていった。
少年は嬉しかった。かつて自身の無力さで周りに迷惑をかけ続けてきたと思っていた自分が、今は強力な力を得て、それを世の中に役立てられる。
彼の心は強かった。この力を使って世界を平和に変え、その後自分は何事もなかったかのように平穏に暮らす。そんな暮らしを望んでいた。
だが…他の捕食者は違った。
人の身のまま強力な力を得た事に浮かれ、非道な行為に出る者が徐々に増えていった。
ある時は物を盗み、ある時は仲間と殺しあい、悪党をつるし上げ、見せしめとして残酷な方法で殺していった。
爪を引き剥がしたり、ゆっくりと首を切っていったり、目玉をくりぬいたり、体を裂いて内臓を引き抜いたり…。
そんな者達が増えていき、世の中から捕食者全体に強い不信感が寄せられるようになった。
次第に人々は捕食者を迫害、彼らは再び居場所を失う事となった。
彼らは絶望する。強大な力に惑わされ、自身を失った自分達の無力さに。
…そんな彼らに、汚名返上のチャンスが一つ訪れる。
それは、闇王の地球侵略だ。
闇の世界からやって来た大悪魔、闇王は早速その魔の手を伸ばし、人間界の支配に足を踏み込む。
闇王から送り込まれた兵士達は闇の世界でも精鋭だ。
人間達の世界を支配するには十分だ。
これがチャンスだった。
捕食者達は闇王の軍勢に勇敢に立ち向かい、逃げ行く人々を守る為に血を流したのである。
これは彼ら自身の意思。
自分達の強大な力の誘惑に打ち勝つ、という意味でもこの戦いを挑んだのだ。
少年は戦いのなか、蛇の力を行使して生き残り、沢山の人々を悪魔の手から守りきった。多くの仲間から流れた血の池のなか、少年は涙を浮かべながらその拳を掲げ、勝利を示す。
…しかし、人々のイメージは変わらなかった。
悪魔達を凌いだとはいえ、そんな力を持つ彼らはもう人間ならざる化け物…彼らをまともな目で見る者など、いなかった。
悪魔に殺された事により、捕食者の数が減っただけだった。
捕食者はとある島に籠り、世間から隔離されて生きていく事になった。
中には自分の存在に耐えかね、自ら命を投げる物も多かった。
少年は悲しかった。何をしても、自分は、自分達は結局無能なのか、何かを守っても、結局自分達は強大な力に頼って人生を歩む存在。
…捕食者となる前と同じく、価値のない存在のままなのかと。
幸せになってはいけない…生まれてくるべきではなかったのかと。
…俯き、これからの人生の事を考えられなくなっていき、巨木の下で啜り泣く彼のもとへ、ある一人の捕食者が現れる。
狼の力を持つ捕食者だ。
「泣いててもどうにもならないぞ」
彼もまた、少年と同じような人生を歩んでいた。
何をしても生まれもっての能力で周りから差をつけられ、親からゴミのように捨てられ、世の中から迫害された。
雨のように冷たい視線だが…少年は分かった。
彼は、自分と同じだと。
その目を見ていれば分かる。自分達は、果たして生きてて良いのか。消えるべき存在なのではないかと葛藤し、そんな葛藤に、とてつもなく深い悲しみを背負っていると。
「…俺は狼の捕食者、ハウンディ。人間だった頃の名は忘れた」
「俺は蛇の捕食者ジャリュウ。…俺も同じだよ」
二人は気があった。
同じ境遇のおかげだろう。互いの言いたい事が、何も語らずとも分かる。苦しみや悲しみも共有し、自分の事のように背負える。
優しい心の持ち主だった。
それから、二人は多くの戦いに出向いた。
自分達が捕食者である事を隠し、島を拠点として、世の中から姿を隠しながら悪人を裁いて回った。
彼らの活躍を知る者はいない。それでも、ジャリュウは世の中の役に立てる事が嬉しかった。
ハウンディもそうだったかは分からない。だが、ジャリュウと共に戦って、悪い気分ではなかったのは確かだ。
互いに様々な技を習得し、時には互いに戦う事で力を試しあう。
戦いで育む友情というのは、ジャリュウにとっては泣きたくなる程に熱く、素晴らしいものだった。
…幾多の戦いを乗り越えても、二人が望む平和な世界は訪れなかった。
「貴様らクズどもはこの島で殺しあえ。最後に生き残った者こそが、この世界で生きる資格を与えられるのだ。生き残った者のみ、この島から出る事を許そう。掟に背けば…殺す」
捕食者の王と名乗る悪喰が現れた。
以前の支配者とは違う。恐ろしいやつだった。
やつが捕食者同士の戦いを強制した時も、ジャリュウとハウンディは希望を捨てなかった。
いつしか平和に過ごせる日が来ると信じて。
これまで何百何千と浴びてきた血の果てに、ごく普通の、迫害される事もなければ無理に讃えられる事もない、ごく普通の平和を目指して。
その為なら、他の捕食者を犠牲にするこのルールに従わざるを得なかった。
島の外で人生をやり直し、自由に過ごす…ジャリュウにとって、これ以上ない夢だった。




