捕食者の赤い水
「お姉様はあんなやつ雇って何を企んでるのかなぁ」
闇姫とそっくりな、しかし眼帯をつけていない顔の黒姫と、黒い着物に黒い長髪、黒姫より少し年上な印象を受ける女、影姫。
二人は闇の世界に広がる真っ暗な空が広がる草原で、マウトを軍に雇った姉について話し合っていた。
あんな得体の知れない捕食者を雇って何をするつもりなのか。
あんなドブネズミはどこまでも信用ならない相手だと言うのに。
そこである事を思い出したのが影姫だ。
「…黒姫、お父様の地球調査を覚えていますか?」
「ちきゅうちょーさ?あー、パパが宇宙の星を調査した活動のうち、地球の調査だよね!」
わざわざ説明する黒姫。影姫は頷きながら、記憶を巡らせていた。
地球調査…まあそのままの内容だ。
彼女らの父、闇王にとっては調査作戦に複雑な名前をつけるような価値もない星、それが地球だった。
自分達が誕生した星でありながら、その時までは見下し続けていたのである。
…その時までは。
「地球調査の際に現れた謎の戦士を覚えてる?」
「あー、あいつか!!」
地球調査は闇王の配下が先導して行い、闇姫三姉妹は安全な宇宙船から一部始終を見物していたのだが、その中で、ある戦士に興味を引かれた。
緑の髪を持つ青年だった。
彼は地球のとある島で、闇王配下のエリート悪魔と戦っていた。
それも、何十人もの悪魔を、たった一人で。
彼は悪魔と戦いながら、手を蛇に変化させながら悪魔達を叩きのめす、見た事もないような技を連発していた。
それも凄まじい強さであり、ほとんどの悪魔達は彼に指一本触れられずに倒れていく。
勿論闇王や三姉妹に及ぶほどの力ではない。
しかしながら、彼程の実力を持つ戦士はなかなかいなかった。
闇王、三姉妹の興味を引いたのは言うまでもない。
「…あのジャリュウという男、あの時の戦士とどうも雰囲気が似ています」
「ふーん、でもあの時はお姉様の右目がまだ普通だったから、少なくとも千年以上前の事だよ?それにあのジャリュウってやつ、エリート悪魔一人にもそんな余裕で勝てるかどうかも怪しい実力だし…」
影姫は腕を組む。どうも腑に落ちないようだ。
「少なくとも、ジャリュウが単なる殺しあいで力をつけた戦士ではないという事は確かですね。別人だとしても、色々とあの戦士と共通点が多すぎる。何かしら関係がありそうです」
…という事は、やつが自分達にとっても脅威となる確率も、ゼロではないという事だ…。
「私たちもこんな所で散歩してる場合ではありませんね」
二人はそれぞれ黒の国、影の国を統制している。
自分達のもとにも何かしらの脅威が迫ってくるやもしれない。
自分達もモタモタしていられない。黒姫、影姫は静かな焦りからか、自分達の力を確認してみる事にした。
遥か遠く、真っ暗な空の下にある、鉄製の大きな建物…。
あれはこの世界の本来の住人が建てたものではないだろう。恐らくは、人間が建てたものだ。
まずはあそこでちょっと力を試してみるとしよう。
二人は、すぐにその建物の前に辿り着く。
闇の世界ならではの黒い草むらが生い茂るなか、その建物は堂々と佇んでいる。
「侵入者に告ぐ。ただちに立ち去りなさい。さもなければ、排除しちゃうよ!」
鋼鉄の扉の前に立つ影姫と黒姫に、女性声のアナウンスが脅迫してくる。
だが二人は勿論こんな脅しには怯む事はない。
恐らく人間の建築物。構える必要もないと、二人は棒立ち状態。
「…時間切れだ!死ねやあああああ!!」
やたらどストレートな宣言と共に、建物の扉が開き、無数のロボットが向かってくる!
丸い形で手足が長く、頭頂部に黄色いランプを持つ独特な容姿をしていた。両手には長い剣を持っている。
「メガメカ部隊が侵入者を撃退できなかった事はない!お前らも終わりだぁぁぁぁ!!!」
やたらハイテンションなアナウンス。メガメカと呼ばれたロボット達は剣を向けて突進してくる。
黒姫はまだしも、影姫に刃物で勝てると思ってるのだろうか?
影姫は腰元につけていた黒い刀…絶光刀を取りだし、メガメカ達を瞬時に切り裂く!
一瞬、時間が止まったかのような間ができた。影姫も黒姫もメガメカ達も、動きが完全に止まった。
「…!折角ここまで来たのに何者なんだあいつら…」
建物に潜んでいた人間達が、真っ二つになったメガメカ達を見て悔しそうに呻いていた。
人間といえど悪魔達が蔓延る闇の世界でここまで来て拠点まで建てられるのはなかなか上出来だろう。
だがそこへ闇姫軍三姉妹のうち次女三女の襲来だ。
あまりにも運がない連中だった。さすがの影姫、黒姫も慈悲を持つだろう…。
…何て事はなかった。
突如、建物が大きく揺れだした。
訳も分からず近くの荷物や装置にしがみつく。
黒姫が、お得意の魔念力で建物を浮かべていたのだ。
そのまま乱暴に振り回し、建物の窓から人間達を放り出した。
「ぎゃああああ!!」
思い切り地面に直撃する、白衣を着た人間達。
眼鏡をかけた女や何ともやるせない顔の男達…。
「ひっ」
リーダーと思われる眼鏡の女の顔の横に、黒い刃が添えられた。
顔をあげると…そこには黒い表情で彼らを見下す影姫が。
「逃げろおおおおお!!!」
迷いなく女は叫んだ。
あたふたと逃げていく人間達。建物の二階から落ちたばかりとは思えない勢いだ。
黒姫の念力が解け、建物が影姫の頭上に落っこちる。
…漆黒の閃光と共に、影姫は飛び上がり、建物を縦に切り裂いた。
鉄の建物は一瞬にして真っ二つになり、凄まじい音をたてて倒れこんだ。
着物と髪を風でなびかせる影姫…。
「お姉様も流石だね!」
「黒姫、姉に対する礼儀がなってませんよ」
納刀しながら、影姫は黒姫に冷たく、しかしどこかほんの少し穏やかな波長を混ぜた声を発した。
…しかし、この人間達はある目的を達成していた。
「…これでございます」
…逃げた人間達は、とある洞窟でとある男にある物を献上していた。
小瓶に入った小さな羽虫だ。
…真っ暗な部屋のなか、それを受け取ったのは、鼠の捕食者マウトだった。
「よろしい…確かに闇の世界の蠅達だ」
闇の世界の蠅は全身が真っ黒だ。羽を忙しく動かしながら、小瓶の中を行ったり来たりしている。
マウトはポケットから何かを取り出す。
赤い血のような液体の入った小瓶だ。
マウトは小瓶を開け、直ぐ様その液体を蠅達の小瓶に流し入れる。
蠅は数秒間苦しそうにもがいたが…溺れる事なく、そのまま液体から飛び出し、小瓶の外へ解放された。
呆然と蠅達を見つめる人間達。
…蠅達は、突然飛行方向を変え、人間達へ向かってくる。
そして、無害なはずの闇の蠅達は、人間の皮膚に食いつき、そのまま貪りだしたのだ。
「ぐわああああ!!」
逃げ出そうとする人間達だが、足を動かす間もなく人間達は倒れていく。
…たった数匹の蠅が、何人もの人間を捕食したのだ。
マウトは持ち前の素早さで元々液体を入れていた小瓶に蠅たちを再び閉じ込める。
「どうです?これこそあらゆる生物を捕食者にする、捕食者の島の地下水です。闇の世界の蠅をも捕食者に変えてしまうのです。恐らく、この世の大半の生物は捕食者にできるでしょう…!」
暗闇の奥には、白衣を着た蛙型怪人ガンデルと、黒く丸い体から四本の腕を生やした異形のモンスター、バッディー。
バッディーは四本のうち、二本の腕を組んで気に入らなそうに舌打ちをした。
人間達は肉を喰い漁られ、自分達が流した血の池のなか、あっという間に白骨化していた…。




