捕食者の外出
ここは人間達が作った巨大研究施設。
白衣を着た男達が、檻に閉じ込められている、爬虫類のような紫の鱗を持つ人型の悪魔に非情な言葉を発した。
「被験体103番。出ろ」
…魔法陣のような紋章を刻まれた手錠をつけた悪魔は、黙って檻から歩み出る。
二人の研究員が悪魔にアサルトライフルを突きつけながら、真っ白な廊下を歩きだした。
「…今日は何をするんだ。電気ショックか?火炙りか?」
「安心しな。悪魔の血液サンプルが必要でね。ただのお注射だ」
ニヤニヤ笑う男達に、悪魔は歯を見せて顔を歪めた。
「今のうちに笑ってろ。闇姫様が来れば、こんな島など一瞬で消されるんだからな」
「お前みたいな下級一人の為にわざわざ来るのか?現にお前が収監されて一ヶ月経過するのに、助けの手などどこからも来ないじゃないか」
悪魔は俯いて黙りこんだ。
「…おい!おい!侵入者だぞー!!」
慌ただしく叫び回る初老の警備員が、廊下の向こうから走ってきた。
白衣の男二人は顔を見合わせ、悪魔は僅かに期待を持つ。
白衣の男達は悪魔を連れたまま、ある部屋へ飛び込んだ。
モニターが並ぶ部屋だ。研究所の監視室らしい。
一つのモニターには、確かに二人の侵入者の姿があった。
緑の髪に緑のアーマーを身に付け、何やら無機質な目の青年と、茶色く長い後ろ髪に茶色い毛皮の服を着た、冷たい目の青年。
…ジャリュウとハウンディが、研究所の食堂に立っていた。
ジャリュウは食器棚の中を掻き回し、皿を次々に落とし割っていた。
「おい!こりゃ何だ!落とすとバラバラになるぞ!」
「寄り道無しだろジャリュウ。それは皿だ。人間はそこに食い物をのせて食うんだ」
…ハウンディの説明も聞かず、ジャリュウはフォークとナイフを見つけ、両手に持つ。武器だと思ってるようだ。
「おい何だお前らはー!!」
突然大きな音と共に扉が開かれ、アサルトライフルを持ち、黒いアーマースーツに身を包み、ガスマスクを被った武装兵達が現れた。
今まで捕食者としか戦った事のない二人は、まだ見ぬ敵の登場に笑みを浮かべた。
「ほう…ジャリュウ、こりゃ硬そうなやつらだ」
「とりあえず殴るだけ殴ろうぜ!」
ジャリュウは滑るように武装兵に近づき、一瞬で拳を振り上げた!
アーマースーツが砕け、天井に叩きつけられて気絶する武装兵。
他の武装兵があまりの光景に怯んだ隙に、ジャリュウの蹴りが放たれる!
無数のアーマースーツがぶつかり合う音と共に、壁に叩きつけられ、壁にヒビを入れる武装兵達。
勿論加減していた。ここは捕食者の島ではない。悪喰の監視下にない以上、わざわざ殺す必要はないのだ。
あっという間に武装兵達を片づけるジャリュウ。
「おい!これで終わりか!次はもっと鍛えてこい!」
ジャリュウははしゃいで気づいていなかったが、一人だけ武装兵が残っていた。
彼はジャリュウではなく、ハウンディに震える手でアサルトライフルを向ける。
ハウンディはわざとそっぽを向いていた。
銃口から放たれる銃弾!
…ハウンディは、銃弾を人差し指一本で弾き落としてみせた。
床に転がる弾を見て、後ずさる武装兵…やけになって、猛連射してきた!!
激しい発砲音が響くが、ハウンディは放たれた銃弾を全て右手で弾き飛ばし、武装兵の攻撃をあっさり受け流してみせた。
こうなると、もはや武装兵には二人に抗う術はない。ヨタヨタと後ずさるくらいしかないだろう…。
「!」
武装兵の背後に衝撃が走り、意識を失った。
ハウンディが、彼の背後を瞬時に突いていたのだった。
「…お遊びはこの辺にして本題に移る。悪魔を探すぞ」
ハウンディの冷ややかな声が、今自分達は作戦の途中なのだとジャリュウに気づかせる。
二人はしばらく研究所を探索、興味のない研究資料や用途不明の道具ばかり見つかり、時々屁でもない武装兵が出てくるばかりでハウンディは飽き飽きしていた。
それとは真逆にジャリュウは次々に現れる未知の物に心を踊らせている。
「…おい。見つけたぞ」
ある曲がり角にて、ハウンディが標的を見つける。
白衣の男二人に捕らわれた紫の悪魔だ。人間とよく似た姿をしている。
爬虫類のような鱗を持つだけでこれと言って強そうには見えない。こんなので本当に捕虜が勤まるのかとハウンディは疑いの目を向けていた。
とにかく標的である事には変わりない。
「さて。手早くやるとするかね」
ジャリュウの一言と共に、二人は曲がり角から飛び出す。
二人の男は悪魔の前に立ちはだかり、アサルトライフルを向けてくる。
ここに侵入者が入ってくる理由など、この悪魔を狙っている他ないと見たのだろう。
「お、お前ら何者だ!どうやってあの量の武装兵を突破…」
言い終わる前に、片方が意識を失った。
ハウンディの速度は、人間にはまず視認不可能なのだ。
意識を失った男を見て、もう片方の男が恐怖に打ち震えたのは言うまでもない。
「おいおい。もう少し喋らせてやれよハウンディ」
「手早くと言ったのはお前だろ。…もっと強いやつがいるかと思っていたが、残念だよ」
ハウンディが腕を振りかぶったところで、もう片方の男は恐怖のあまり意識を失う。
失うと同時に落としたアサルトライフルが床に落ち、弾が一発誤射された。
弾はハウンディの足に当たり、血が出る。
「おっと!これが銃ってやつの力か!油断してると俺達の皮膚も危ないな!」
盛り上がるジャリュウ。ハウンディは足を軽く振って出血を止めた。
怯える悪魔。もはや何も言えないようだ。
二人は黙って悪魔の手をとり、研究所から出ていった。
悪魔はもはやこれから何が起こるのか分からず、打ち震えて何も言えない。
あとは目の前の青い海を飛んでいって、捕食者の島へ帰るのみ。ジャリュウは残念そうだ。
「あーあ…またあの退屈な島に戻る訳か」
「ジャリュウ」
ハウンディが話しかけてきた。彼が名前だけ呼ぶのは、かなり珍しい。
「俺とお前は親友だ。もしまた外に出たら、共に歩もう」
「お?何だ?お前何だかんだ楽しかったのか?」
ハウンディの長い髪が、潮風に揺れる。
「言われなくても誘ってやるさ。相棒!」
ジャリュウに背中を軽く叩かれ、ハウンディはかすかに笑っていた。




