8話 悪魔族、母の威厳を受ける
次回投稿予定時間:13:30
「フレイル、次の束を持ってきてくれる?」
「うん」
昼前、大量に運ばれてきた仕事の束があっという間になくなってしまった。いくら慣れているとはいえこれは流石に早いと思う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、後どれくらい残ってるか分かる?」
「えっ? もうないよ?」
「えっ!?」
ずっと下を向いていたお母様の顔が上がった。どうやら予想以上の速さでやっていた様だ。
「本当だ、いつもならまだ2〜3束くらい残ってるのに」
「じゃあ、これで終わりなの?」
「うん、書類関係はね」
言い方的に会議とか視察とかあるんだろうな。やっぱり大変なんだな魔王って。お母様はそのまま仕事を進めて丁度昼になるくらいに仕事を終わらせた。
「よし、終わった!」
「お疲れ様」
「ありがとう、フレイル、こっちに来て」
言われるがままに目の前まで歩き、そのまま抱き抱えられる。
「はぁ〜、癒される〜」
お母様は仕事がある日は必ずこうやって抱きついてきていた。あの仕事量を見るとストレス溜まるのも無理はない。今度からはなるべく素直にしてあげよう。
「魔王様失礼しますっ!」
ドアもノックせずに男が1人入ってきた。服の自己主張が強い悪魔族というのが最初の印象だ。貴族なんだろう、どことなく鼻につく態度だし。
「おや、殿下とお戯れでしたか」
「……何の様?」
あれ? お母様が露骨に嫌そうな顔をしてる。そんなに嫌われているのかな、この人。確かに嫌われそうな雰囲気は感じるけど、どうなんだろう。
「いえいえ、こちらの案件、そろそろ認めてはくれないかと思いましてね?我々としても──」
俺に何かして欲しいのか、お母様が一瞬こっちに目を向けた。こちらに目を向けられても、と思う。どうすれば良いかなんてまだ全然分からないし。
「ぜひ、考えを改めて──」
お母様から身の毛がよだつ殺気とも言える様な物を感じた。お母様の隣にいた俺はまるで生きた心地がしない。"今この場で少しでも動いたら殺される"、そう判断するくらいの状況だと無意識に感じ取っていたのだろう。顔は見られなかったがおそらく彼も同じ気持ちだった筈だ。
「ねぇ」
「ひっ!!」
「17回目」
「へっ?」
「これは無し、ってもう決まってから同じ内容の書類を出された回数」
強めに書類を置いた様な音が聞こえたと同時に殺気が更に増す。俺の体は動く事が叶わない程度には強張ってしまい額に涙が流れるのがうっすらと感じ取れた。
「私はさ、あんまり実力行使で物事を決めたくないだけで、別にしないって訳じゃないんだよ?」
「おっ、お許しを──」
「そういうの、いいから。どっか行って」
「しっ、失礼いたしましたぁ~!!」
男が部屋から出ていく音が聞こえた後この場を支配していた雰囲気が元に戻る。ただ体はそう簡単に元に戻る訳もない。
「……ふふんっ、どうかな? ママの威厳ある姿、かっこよかっうわぁっーー!!」
今の俺の姿を見てお母様は想定外みたいな驚き方をしている。それと同時に安心してしまったのか涙がぽろぽろと止まらなくなってしまった。
「ごめんねぇ、怖かったよねっ。よしよし、もう大丈夫だからねぇ」
お母様は俺を抱きかかえ上げて子供をあやすように背中を叩いてくれる。小さな体でも今はとても広い体だと心の底からそう思う。
「落ち着いた?」
「……うん」
あれから数分程あやされ零れ落ちていた涙は止まってくれた。若干尾を引いている事もありお母様の顔を直接見るのは無理そうだ。今見ようとすると心臓がバクバクと鼓動が早くなるし。
「良かった。ごめんね、フレイル。ママが思ってたより怒ってたみたいで」
優しく宥める様に頭を撫でられる。撫でられたおかげでほんの少しだけ落ち着いた気がした。
「……ん? フレイル、少し目を見させて」
「えっ? うん」
なんで急に目なんか見て、おかしいところでもあったのかな? しばらく俺の右目をじっと観察していた。ようやくお母様が離れるとそのまま誰かに電話をかけ始めた。
「……あっ、もしもし? 執務室にさ、魔法陣を転写する眼帯を持ってきて欲しいんだけど。うん、ありがと。じゃあ待ってるねー」
あっという間に終わってしまったが流石に内容は聞き取れる。魔法陣を転写する眼帯って絶対に俺がつけるやつだよな。えっ? 何、もしかして目の中に魔法陣が入っているのか?
「そんなに心配しなくても平気だよ」
「そうなの?」
俺の様子からそれを読み取ったのか宥める様な言葉を投げかけてくれた。いやでも……目の中に魔法陣は怖い気がするんだけど。
「そこまで強い魔力は発してないからね、最悪処置しなくても、って感じだし」
それなら多少なりとも安心出来るな。急に目が爆発、なんてなる未来はなさそうだし。
「でもそっか、だからフレイルにも……」
「お母様?」
「ううん、何でも。ねぇフレイル、その魔法陣が何なのか、知りたくない?」
明らかにはぐらかされたが今はそちらの方も気になる。聞くなら自分の体に関係することの方が大事だ。
「うん」
「生き物の目にはね、誰しも魔法陣が描かれてるの」
「じゃあ、お母様にも?」
「そうだよ、でもママの目は普通。大抵の人はフレイルみたいに魔法が使える魔眼じゃないんだ」
つまり誰しも俺みたいに魔法が使えるわけではない。お母様の言葉を借りるなら魔眼を持っていない、という事になるのかな?
「やっぱり凄いの?」
「うーん、最近だと病気だと思われてるし凄くはないと思うよ?」
「えっ!?」
病気って本当に大丈夫なのか? いや落ち着け。もし病気だったらお母様がこんなに冷静な訳がない。そんなに深刻に考える必要もないし体に良いのかもしれないな。実際そこまで強くないらしいし。
「昔はそう思われてなかったけど、最近になって日常生活がしにくくなるのが問題になったんだよね」
それはそうだろう、容易に想像がつく。例えば物を燃やすとか、石にするなんて魔眼なんかが想像しやすいだろう。俺みたいに制御出来てなかったら大惨事間違いなしだ。
「でも、出来る事自体は凄いんだよ。目の中で有効な魔法陣が組まれないと魔眼にはならないし」
それって天文学的確率ってこと? なんかこの体が凄い確率で出来ているんだなと実感した。転生者であり王族であり、かつ魔眼持ちなんてこの世に俺以外で存在しないだろう。
「失礼いたします、魔王様」
扉の向こうからメイリアの声がした。許可を出され中に入った彼女は片手に袋を下げている。そこに眼帯が入っている筈だ。
「あっ、来た来た。持ってきてくれた?」
「はい、こちらに」
持っていた袋から小さな箱を取り出し開けると中には普通の眼帯が。すぐに右目に付けられ転写が始まった。
「どれくらい付けれてればいいの?」
「大体、20分から30分程かかるかと」
思っていたより時間がかかる様だ。数分でサッと終わるのをイメージしてたんだけど。
「よし、じゃあ折角だしママと一緒にご飯を食べよう」
「いいの? 動いて」
「眼帯が取れなければ問題はありません」
じゃあ、食べようかな。時間的にも丁度いい感じだしね。
「ご馳走様でした」
料理が来てから30分くらいで食べ終わった。料理長お手製という事でいつもより美味しかった。
「ではフレイル様、眼帯を取らせていただきますね」
「うん、よろしく」
時間も既に必要な分は経っていたので外してくれた。しばらく暗闇だったので若干眩しいけどすぐに慣れるだろう。
「はい、ちゃんと取れてますね」
「どれどれ見せて……うん、やっぱり魔力視の魔法陣だね」
お母様はパッと見てすぐに言い当ててしまった。しかも予想していた通りみたいだし魔法関係は詳しそうだ。
「これくらいなら何も害はないかな、人よりちょっと魔力に敏感なだけで」
内容自体は微妙だけど体に害が無い方が重要だし。敏感か、もしかしてお母様やお父様が放っている雰囲気って魔力だったのかな? でも何でそんな雰囲気が出ているかは分からないんだよね。
「魔王様、そろそろお時間です」
「へっ?」
お母様が想定していなかった言葉に若干戸惑っている。そしてすぐさま俺を抱き寄せて断固拒否の構えをとった。
「嫌だっ! 折角フレイルが来てるのに行きたくない!」
「我儘を仰らないでください。今日中に決めなければいけないのですから」
「ふんっ、そんなの事後報告でいいもんっ!」
「それでいいならそもそもフレイル様と会議に参加させております」
「はっ!!?」
思いついていなかったみたいで驚愕している顔をしている。でも話からするに俺は参加出来ない、よね?
「なんでフレイルと一緒じゃ駄目なの! この鬼ぃ! 、悪魔ぁ!」
「私も魔王様も悪魔ですよ、では参りましょうか」
「こっ、こうなったら……」
お母様の魔力が見た事ないくらい膨れ上がっている。この人、どれだけ離れたくないんだろうか? いやいや、今は後回しだ。
「俺も気になる!」
「えっ?」「よしっ!」
会議、普通ならそこまで興味ないけど今回のは「魔王の」という言葉が付く。そんなの気になるに決まっている。たとえただの会議だとしても1回くらいは見てみたいし。
「じゃあ一緒──」
「フレイル様は駄目です」
「なんでよっ! そんなに私の事虐めたいのっ!」
「……そんな事を仰らないでください。それに──」
そこからの内容はお母様に耳打ちをしたので聞き取れなかった。そして何故かお母様は俺に抱きつくのをやめてしまう。
「ごめんね、ママ大事な会議があったから、暫くメイリアと一緒にいれる?」
「えっ? はい、それはいいんですけど……」
あっさり引き下がった、あの子供大好きのお母様がすんなりと手を引くなんて。メイリアは一体なんて言ったんだろう?
「じゃあしばらくの間お願いね?」
「かしこまりました」
「じゃあフレイル、また後でね!」
魔法でどこかに転移してしまった。俺も見たかったな、会議。
「申し訳ございません、定例会ならばご一緒させるのですが今回はそういうわけにもいかないので」
「そう」
「基本的に旦那様にも伝えられませんので、我慢していただければと」
お父様も知らないのか、なら仕方がないか……基本的に? 今基本的にってメイリア言わなかったか?
「ねぇ、基本的にって何?」
「奥様がうっかり口になされる事ですね」
「あっ、やりそう」
「えぇ、結構高頻度で仰ってしまうのでもう少し注意してもらいたい所です」
仕方がない今回は諦めよう。大丈夫、多分見る機会はいくらでもある。
「そういえばメイリア」
「はい、なにか御用でしょうか」
「お姉さんいたんだね」
一瞬顔を歪めた気がしたがすぐにいつもの顔に戻った。あんまり触れられたくないのかな、お姉さんについては。
「どこで、それをお聞きになられましたか?」
「さっきの部屋で会ったからその時に教えてもらったんだ」
「サネクト様が来られたんですか!?」
「うん、来たよ?」
なんか頭を抱え始めたぞ。そんなに会うのはいけなかったのかな? でもお母様がいたし問題ないと思うけど。少し辺りを見渡してから、口を開いた。
「いいですか、決してサネクト様の悪口だけは──」
「ボクがなんだって?」
「きゃぁっ!!!!」
たまたま通りがかったのか扉を開けて会話に入ってくる。メイリアは大層驚いたのか悲鳴をあげて尻もちをついていた。
「まったく、殿下に変な事を覚えさせないでくれないかな?」
「普段の態度を振り返ってから言ってくださいサネクト様」
「連れないなぁ、昔みたいに姉様姉様って呼んでた方がまだ可愛げがあったよ」
「そうですか」
一見悪そうに見えてしまうけど姉妹仲は良さそうだ。
「……どうしてこちらに?」
「魔王様に頼まれてね。フレイル様、ここの図書室に来ないかい?」
「勝手に──」
「そうしよっかな」
「えっ!?」
「そうと決まれば行こう」
そうして俺達は図書室に行く事になったのだった。
8話 あの時の心境や如何に ベルライア編
貴族「我々としても──」
ベルライア(はぁ、またその話かぁ)
べ(テキトーに追い払いたいけど、フレイルの前だし……)
べ(ん? いやでも今怒ったら魔王としての威厳が出るかな?)
べ(よーし、フレイルにかっこいい姿を見せちゃおうかなっ!)
※大失敗




