23話 悪魔族、窮地を逃れる
「うん」
彼女の助けに頷いたものの、どうするかというのは決まっていない。取り敢えず片っ端から檻を開けてみるか、悩んでいる時間も惜しいし。
「いやはや、まさかこんな所にまでコウモリが入り込んでくるとは」
「!?」
俺はその声が聞こえたのと同時に刀を抜きながら振り返る。そこにいた声の主はいかにも怪しそうな顔つきのスーツを着た人だ。周りに警備隊の者が何十人かいるが、それは問題ない。問題なのはスーツの男の隣にいる無精ひげを生やしている男。
そいつは赤い毛並みの狼魔族なのだが、魔力がティナ並みだ。魔力だけで判断は出来ないが、相当な手練れであるのは雰囲気から分かる。自信なさげな顔をしているのはこちらを油断させる為か?それに、魔族なのにこんな組織を手伝っているのも気になる。いや、それより──
「いつの間にここまで?」
「君は魔力に対して高い認識能力があると思ってね、途中まで消させてもらったよ」
「……あの、ソミルスさん。つまりどういう事なのでしょうか?」
「彼は魔力視の魔眼の持ち主で、魔力に対しては人一倍敏感、という事さ」
「成程、そういう事でしたか」
その方法自体は気になるが、それよりもいつの間にか魔眼について知られていた方が気になる。一体どこから……そこら辺の情報統制はしっかりしている筈だし。
「君は魔眼の制御方法を学んだ方がいいね、まぁ次があったらの話だけど」
「という事で、それから離れた方が身のためだよ。さっ、君達捕まえなさい」
「乙丑 割鶏牛刀」
これで雑魚相手は心配いらない、一撃で仕留められる。この人数差をとにかく小さくしたい、あの狼魔の相手をするにはそれが最低条件だ。
「君達下がって」
「なっ、ソミルスさん、困りますよ」
「今止めなかったら半分くらい死んでいたけど、良かったのかい?」
「なっ、何をおっしゃいますか。彼らはわが社の厳しい選考基準を──」
「彼よりは弱いでしょ?」
……バレているな、流派の技を知っているとなると戦いにくいな。後ろにはこの子もいる、下手に躱して当ててしまうなんて事を起こしたくない。
「あの技は格下を殺す技だからね、僕以外は戦わない方がいいと思うけど」
「そ、うですか、成程。分かりました、君達、後ろに下がりなさい」
警備兵達が後ろに下がった代わりに、ソミルスと呼ばれている男が前に出てきた。武器は何も持っていない、徒手空拳か?
「まぁ、運が悪かったと思いなよ」
「……まだ分かりませんよ?」
「あはは、まさか僕に勝つ気かい?」
勝たなければ未来はない。こんな所で負ける訳にはいかない
んだ
「残念」
「っっ!!」
彼の一撃が俺の腹に綺麗に入った。今、何が起こったのかが一切理解できていない。瞬間移動か、目で追えない程のスピードで攻撃されたのか。どちらでもない可能性だってある。
「可哀想に……」
っ、やばい、このままじゃ駄目だ。仕方がない、ここは彼女と──ん? この檻とは関係のない別の魔法が発動していた。何の魔法だ? しかも、発生源がこの近くではない。
「あっ」
突如として、視界が暗くなった。天井に灯りが1つ付いているものの、大した明るさではない。独房、と言った方がいいのかもしれないな。
「大丈夫?」
「ぁ、うん」
「今の内に逃げよう、面倒な事になる前に」
「ぇっ!? あっ、あの──」
彼らと離れる事が出来たこの隙にこの子だけでも逃がしてあげたい。他の人は後回しになってしまうのはいただけないが、あのソミルスとかいう男がいる。俺1人でどうにか出来る相手ではなかったしな……これなら最初からお母様に頼っておけば──
「!!」
「お前! ここで何をしている!」
後ろからの攻撃に刀の鞘で防いだ。しかし相手の方が力が強く、段々と押されていく。距離を取りたい所だが、ここで出来る訳もない。この子をこの男に取られる訳にはいかないし、位置取りも考える必要がある。
「庚寅 狐仮虎威!」
「っ!?」
技を受けて力が抜けていく感覚があったのだろう、男の方から距離を取ってくれた。離れてたとしても、この技の前では意味が無い。これで形勢逆転、になればいいんだけど。
落ち着いて相手を見てみると、そいつも狼魔族だった。しかも白、王族関係の人だ。この子の事を少なからず知っている筈。
魔王の継承争い、とか?いや、それなら売り飛ばすなんて事をするのはあり得ない……分からない、けどやるしかないか。
「押し通らせてもらう」
「はっ、出来るもんならやって──」
「やめてっ!」
この子が大きな声で俺を静止した。そう言われても、ここはやるしかないんだけど。
「はぁ? 何言ってんだよ?」
「違うの、お願い、やめて」
「……はいはい、これでいいか?」
彼女の言葉によって、男の戦闘態勢は解除された。あれは俺達に言っていたのか、ならこの人は信用してもいいのか? 少なくともこの子を傷つける意思はなさそうだし、うん。俺も刀を鞘に納め、床に座る。
「この人は?」
「この人はね、私のお兄様なの」
「おう、でそいつは?」
「この人はね、その……」
「騒がしい」
部屋の入口から、冷たい声が聞こえた。そこに立っていたのは、この国の魔王だ。一度も会った事はないが、直感的にそう感じ取った。
お母様より多い魔力、それに加えてあの不思議な雰囲気を醸し出している。更にその女性は白い毛並みの狼魔族だ。流石に分かる、俺でなくても。
「母上、いや、知らない奴がいてさ」
「ん?」
「あ、あのね、お母様、この人はね──」
「お主は……」
魔王に顎を持ち上げられ、顔をまじまじと見られた。そんなに気になるかな、俺の顔。いや、お面を付けているから顔すら分からないか。
「別室で話そう、ここでは狭い」
「いやいやいや!? こいつ侵入者だぞ!」
「問題ない」
「……はぁ」
魔王はそのままスタスタと部屋から出ていく。それに続いてお兄さんがとても微妙な顔をしながら出る。
「行こうか」
「……」
「?」
「今日は出ていいぞ」
「っ!、分かりました」
この様子だと閉じ込められてたのか、この部屋に。何か悪い事をして入れられていた、のは話がかみ合わないか。魔王の言い方だと日常的に入ってそうだし。
部屋の外に出ると部屋の中の魔力が感じられなくなった。あそこはどうやら魔力を遮断する部屋だったようだ。魔眼でこの2人が来るのが分からなかったのはこの部屋のせいか。
別室に入ると、知らない女性の狼魔族が部屋で待っていた。基本的に白だが少しだけ赤い毛並みが混じった人だ。左手には太いブレスレットをしている、見た感じ魔道具だろう。どんな魔道具までかは分からないな。魔王に顔が似ているし、この子のお姉さんだろう。
「お姉様、帰ってきてたんですね」
「ただいま、今日はいいの?」
「あぁ」
「で、こいつ誰なんだよ?」
お兄さんに指をさされると同時に全員の視線がこちらに向く。ですよね、まずそうなると思った。
「古い友人の子供だ」
「母上に、友達……?」
「いたんですね、友達」
「確か、フレイル、だったか?」
「はい、フレイルです」
この旅において、俺は積極的に自身の身分をさらすつもりはない。親の名前ではなく、俺自身の実力でやりたいからだ。お母様の魔道具を使っているけど、あれは戦闘以外の目的で使ってるからセーフ。
「で、何故あそこにいた」
「あぁ、あれは──」
俺はあそこに来るまでの流れを伝えた。伝え終わると、3人は少しだけ考える様子を見せ──
「オグル」
「制圧してくる、ガオニを連れてってもいい?」
「好きにしろ」
「よし、じゃあ行ってくる」
お兄さんはさっきの所に行くために部屋から出ていく。ただここから足だけで向かうのは骨が折れる距離だ。なにせこの国の魔王は国の東側に住んでいる。西側まで行くのにあの部屋の魔法を流用して飛んでいくはずだ。
「エルクエル・アウスだ」
「えっ、あぁ、フレイルです」
「……お前達、名乗れ」
最初に反応したのはお姉さんの方。立ち上がり俺の方に近付いて挨拶をした。
「エルミル・アウスです、よろしくねフレイル君」
「よろしくお願いします」
「それにしてもお母様にお友達、しかも庶民のなんていたんですね」
「……たまたまだ」
少し魔王からの視線が痛い。本当の名前を言わなかったからなんだけどね。
「エルラベ・アウスです、よろしくね」
「こちらこそ」
この子か、もう1人の婚約者って……どうしようかな。いや、今考えるのはよそう。時間はあるんだし、この子の事をよく知ってからでも遅くない。
「さっきの男がオグルリオン・アウスだ」
「改めて挨拶の方はさせていただきますね」
「……ねぇ、お姉様」
「どうしたの?」
「お姉様ってこんな感じだったっけ? いつもは──」
その子が思っていたであろう疑問を口にした。それって──
「エルクエル・アウスだ」
「っ……え?」
「えっ、あぁ、フレイルです」
「……お前達、名乗れ」
最初に反応したのは目の前にいるお姉さんの方……こんなに近かったっけ? まっ、気のせいだな。
「エルミル・アウスです、よろしくねフレイル君」
「よろしくお願いします」
「それにしてもお母様にお友達、しかも庶民のなんていたんですね」
「……たまたまだ」
少し魔王からの視線が痛い。本当の名前を言わなかったからなんだけどね。
「……?」
「どうした、早くお前も名乗れ」
「でも、さっき──」
「されたのか?」
「いえ、そんな時間もありませんでしたから」
「だそうだぞ?」
「……エルラベ・アウスです」
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
この子か、もう1人の婚約者って……どうしようかな。いや、今考えるのはよそう。時間はあるんだし、この子の事をよく知ってからでも遅くない。
「さっきの男がオグルリオン・アウスだ」
「改めて挨拶の方はさせていただきますね」
一通り自己紹介が終わった後、着信音が鳴り響く。その音は魔王の携帯からしており、彼女はすぐさま出た。
「少し待て」
少し操作をして、電話の音声を聞こえるようにする。その相手は分かってはいたがお兄さんだ。
「人はいたか?」
『それがさ、誰もいなくて』
「いや、そんな訳──」
『嘘つかれたとは思ってない、いた痕跡までは消せなかったみたいだしな』
転移してからお兄さんがあっちに行くまでの時間はそこまでなかった。その間にあの人数を移動させたのか……
「追跡は?」
『やってるけど難しいらしい、後は部下に任せて俺とグオニは一旦そっちに戻るよ』
「分かった」
そこで一旦通話は終わった。この感じたと追ってくることはないだろう。魔王に喧嘩を売るなんて自殺行為はしない筈だ。
「お主にこの様な事をさせたのは我の落ち度だ、すまなかった」
「たまたま見つけただけですので、お気になさらず」
実際、あの2人に襲われなければ俺があの場所にたどり着くことなどなかった。それより、なんでこの子があんな場所にいたのかが知りたい。転移魔法があったから、それが関係しているとは思うんだけどさ。
「1つ聞きたい事があります」
「話せ」
「エルラベ嬢が連れ去られていたのに気付かれなかったのですか?」
「あぁ、エルラベは確かに部屋にいた。気付く訳もない」
「転移魔法にお母様が気付いていない、というのは不思議ですね」
それもそうだな、この人レベルで気付けない代物ではなかった。ここら辺の謎は当人に聞いた方が早いな。
「エルラベ」
「はっ、はい! その、あの時は──」
彼女は事細かに説明してくれた。三か月程前、目が覚めたらいつの間にかあそこにいたこと。魔道具でその事を口にできなくされていたことや、一時的に屋敷に戻ってこれたことを。
「それで気付かれなかった、って事か」
「はい、お母様を敵に回すのを出来るだけ遅くしたかったんだと思います」
「そうだろうな、小癪な真似をするものだ」
「……最初からあの部屋にいなければこんな事になってないのでは?」
今回の騒動の半分くらいはあの部屋の性質が悪さをしている気がする。魔力の遮断性がとても高いせいで魔王も気付けなかったんだし。
「それは無理な相談だな」
「あそこが自室なんですか?」
「いや、あそこは昔から魔法が使えぬ出来損ないを入れる部屋なのだ」
「……」
出来損ない……? この子がそんな風に言われるとは思えないな。別に魔力自体は今見た感じ多い方だと思う。
「その、流石に厳しすぎるのでは?」
「まさか、我も入れられた事がある」
「貴女がですか?」
「あぁ、それくらいアウス家にとって重要だと思ってくれればいい」
そんなに重要なことなのか……とはいえ、この年頃で部屋に閉じ込められるのはキツイな。
「ちなみに、どうやって魔法を使える様に?」
「昔の事をわざわざ覚えている趣味はない」
要は忘れた、ってことか。もしくは、この子にヒントを与えないためとかかな?
「母上!」
「どうした」
お兄さんがあの場所から帰ってきた。ただ様子が変だ、先程まであった余裕がなくなっている。
「今日、ここを襲撃するって計画書が見つかったんだ」
まだ、安心するには早かった様だ。
神威一刀流技の巻:乙丑 割鶏牛刀
自身より格下を殺せる神威一刀流2番目の技。弱い相手にしか使えないので出番はあまりない。虫を殺すのに便利。
神威一刀流技の巻:庚寅 狐仮虎威
触れた人の力を吸い続ける事が出来る神威一刀流27番目の技。相手から力を吸っても大して強くはならないが、相手が弱体化するので基本的にそちらの方向で使う。味方からだと効率は上がる。
23話 若き日のエルクエル
ベルライア「それでいいの?」
エルクエル「我とて完璧ではない、1人でやるよりかはマシだ」
ベ「そう、上手くいく事を願っているわ」
エ「いくさ、だろう?」
エ「……夢か」




