21話 悪魔族、故郷を旅立つ
明日から1章、更新は毎日13:30ごろと20:30ごろを予定します。
「お母様」
「何?」
「他の国に行ってみてもいい?」
ある朝、俺はお母様に考えていたことを執務室で伝えた。ただ興味がある、というような理由ではない。
「ダメっ!」
予想通りと言うべきか、問答無用で却下されてしまった。俺のことを心配しているのは重々承知している。5年前のことを考えるとあまり家から出したくない筈だ。しかし、俺の決心が鈍ることははない。
「ぜっっっっっったいに街の外に出ないって約束したでしょっ!」
「分かってるよそんなこと」
「ならどうして……」
「自分のためだよ。このまま家の中にいて魔王になれるだなんて思えないし」
確かに最近はお父様とある程度戦えるようになった。幹部の人相手に勝てるようになってきたし着々と強くなっている実感はある。しかし、このまま満足してはいけないと思う。
まずそもそもとして環境が変わらない点だ。お父様とお母様には勝てないとはいえ、2人を除いたこの国の人には勝てる自信がある。引っかけてくる人もいるが魔眼でなんとなく察することができる以上対処ができてしまう。
俺は新しい刺激が必要だと思ってしまった。ここにずっといて思考が固まってしまうのを避けたいのもある。強さ自体はこの国とそう変わらない筈だ、ただ強い人もいるだろう。魔王なんかはいい例だ、絶対に勝てないけど。
「お母様はこのままここにいてもなれると思う?」
「それは、その、うーん……」
「ね? だからお願い」
お母様は心底俺が国から出ようとするのが嫌なのか考えこんでしまう。ただ俺の意見も尊重したい、それで悩んでいるように見えた。ただその時間はすぐに終わる。
「……しょうがない、かぁ」
「ありがとうお母様」
「た だ し、条件付きだからね?」
「条件って?」
「それは今考えるから、ちょっと待っててね」
条件、何を言われるのだろうか。1人旅は譲れない、そこだけは絶対に認めてもらわなければいけない。ここにいては皆に甘えてしまう。それでは魔王になった後に困ることもある筈だ。なら、今の内になるべく甘えられる環境からは身を置きたい。それは1人でなければ達成されないし、されなければ意味がないのだ。
「イア、来たぞ」
「どうぞー」
お父様とティナが部屋に入ってくる。ティナは俺に気付くと足早に近寄ってきた。
「お義母様はなんと?」
「条件付きならって、今はその条件待ち」
「良かったですね」
「うん」
事前に話しておいて良かったなと思う。ここから説得するのは時間がかかる。実際説得するのに3時間くらい話したし。
「条件?」
「うん、フレイルが他の国に行きたいって」
「そうか、最初はどこに行くんだ?」
「アウスに行こうと思っています」
「エルエルの所かぁ……それなら安心だけど、全部行くんでしょ?」
「うん、学校に入る前までには帰ってくるから」
2年で網羅する算段は付いている。多少ズレても平気だ、そもそも最後に行くベルフェで半年くらいは使うつもりだし。ティナの家にもちゃんと挨拶はしておきたい。家族の人と仲良くなっておきたいし、ここは長めにとっている。
「ちなみに婚約の話自体は残っているんだけど、どうする?」
「……」
婚約、やはりその話になってくるか。現状、俺はすべての婚約を断ってもらっている状態だ。単純に人が怖いという理由で5年間ティナ以外に増えていない。幸いなことにティナのおかげで段々と怯えなくなってはいる。
しかしそれはトバールとかの前から仲の良かった人限定だ。初めて会う相手とかだとどうしても怖いという感情が少なからず沸いてくる。
「断れないんだよね?」
「出来ない訳でもないんだけど……1人は、ねぇ?」
「少ないと言わざるを得ないな」
「魔王になった時に大変になると思うんだよね、特にベルブとかベルブとかベルブとか」
「お母様?」
「俺に何度もその話を振るからな、仕方がない」
「本当にうるさいんだからあいつ!」
根に持っているようだ、あまり掘り下げない方がよさそう。とにかく、このまま1人だけというのは難しそうだな。元々存在自体はしていたし、こんなに保留しておいて今更断るなんてことしたくない。あちらにも事情はあるらしいけど、これは俺の気持ちの問題だ。少なくとも会ってから最終的な判断はしたい。
「私が魔王だから平気だけど、フレイルがなったらどうなるか分からないよ?」
「国交断絶とかならまだマシだが……」
「魔王として認めないって言われて戦争仕掛けられるかもね……」
「考えておくよ」
面倒な魔王もいたものだ、まったく。しかもベルブ、竜魔族の魔王だ。メイリアが嫌いな理由がほんの少しだけ分かった気がする。
「そうだカムイ、どんな条件がいいと思う?」
「……あれはどうだ」
「あれって?」
「あの湖の主だ、まだ倒されていなかった筈だが」
「いいね、それにしよう」
「えぇっ!?」
「それを倒したら行っていいよっ!」
いやいやいや、確かにリバートにも勝てるけどそいつは無理では?100%勝てない、ってわけではないと思うけど……あの主強いんだよなぁ、普通に。城から見たあれは動物の範疇を越えていると思う。
「あの、主とは一体……?」
「ほら、あのでっかい魚だよ」
「あぁ、あれですか……厳しすぎると思うのですが」
「平気だ、どうせ勝てる」
「軽い腕試しみたいなものかな」
腕試し、2人共俺の実力を買ってくれるのはありがたいけど……まぁ旅自体に何も制限をかけてこないならありがたい、か。体が柔らかいといいけど、そんなわけないしな。
「まだ簡単な方だよ、隣国のマモーのお姫様なんて魔王を倒しちゃったんだから」
「? 継承する時に倒さないとなれないんだから普通じゃない?」
「そういう事じゃなくて、フレイルと同い年の子が魔王を倒したんだからこれぐらいは出来るよねってこと」
俺と同い年が、魔王を倒した?はぁ!? なんだそれ本当に同い年なのか? マモーの魔王が弱かったとか?……もしそうだったら負けるよね一般の人に。世の中には天才がいるんだな、本当に。
「じゃあ明日行こうね!」
「はーい」
「行きましょう、あなた」
これで用事も終わったので2人で執務室から出ていく。とりあえず、明日は頑張らないとな。
「許可を取れて良かったですね」
「明日の結果次第だけどね」
「そうでしたね」
これをクリアできたらしばらくティナともお別れか。不安感がぬぐい切れないけど、それは仕方がないことだ。5年間ほぼ毎日一緒だったんだ、不安にならない方がおかしい。
「もし駄目でも、私は一緒ですからね?」
「?」
私は? クリアできたらそもそもティナとは一時的に別れるんだけど……ははは、いや、まさかな、まさか伝わっていないなんてこと──
「ダメですっ!」
伝わっていなかった。あれで伝わってなかったのか……若干話が食い違ってた気がしなくもないけど、どうだったっけ? ここから寝る時間になるまでティナを説得し続けて、ようやく納得してくれた。そして胸に誓った、ちゃんと相手が理解するまで説明することを。
「「「「「乾杯!」」」」」
「……」
一太刀で勝ってしまった。俺が予想以上に強くなっていたのか、それともあいつがそこまで強くなかったのか。とにかく、その魚をつまみにして大人達は城の庭で食事を楽しんでいた。
「はい、ティナ」
「……ありがとうございます」
今日の朝からティナは不機嫌だ。理由は明白、だけど今さらやっぱなしとは言えない。出発の前までには元に戻したいな。1年以上離れるのにこれを放置したままでは行けない。一生今日の事に不満を覚えたまま生活させてしまう。それは避けないとね。
「フレイル」
「お父様?」
「少し付いてきてくれ」
言われたまま俺は付いていく。ティナは来なかった、今の心境を考えると自然だろう。
「ここは?」
「宝物庫だ」
そう言いながら重そうな鉄の扉を開けると少しずつ中から煌びやかな光が漏れ出てきた。中には金銀財宝、高そうな壺や高そうな石像、高そうな杖などが置いてある。ただそれはたった1つの異質な物を見る前までの間だけしか気を取られなかった。
「魔刀シーレーン、レヴィアタンに代々伝わる家宝だ」
「これが……」
一番奥にあったそれは禍々しい魔力をまとっている。触ってはいけないと錯覚を起こすには十分過ぎた。それと同時になんとなく持ってみたいという気持ちが湧き上がる。
「これを持っていけ」
「えっ!?」
急に家宝を投げ渡され、慌ててキャッチした。キャッチする瞬間、少しだけ体に力が入った気がする。本当に不思議な刀だな、これ。
「刀身を見せてくれないか?」
「はい」
「……助かった、もういいぞ」
少し見せただけ満足したお父様に言われた通りに元に戻した。別にお父様ならいつでも見れると思うんだけど……
「渡す前に見ればよかったのに」
「俺では抜けん、レヴィアタンの者にしか抜けない以上な」
「なら──」
「イアは適性がなくてな、ここ100年見る事が出来なかった。という事だ」
「ふーん」
お母様魔法使いタイプだし、抜けなくても違和感はない。
でもいいのかな? 家宝なんて使って。
「旅に必要な物はこちらで用意する、それまではそれで戦う練習だ」
「……はい」
きっと旅に出る俺に2人からのプレゼント、って事でいいのかな?なら上手く使わないとね、下手に使うなんてことしたくないし。
そして2か月後、遂に出発する日がやってきた。今はレヴィアタンとアウスの国境線沿いにいる。ここにいるのはお母様とティナだけだ。幹部の皆や使用人達には既に城の方で話したのでいない。お父様に関しては、「頑張れ」とお母様達と国境線沿いに来る前に言われただけだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「……やっぱり行ってほしくない」
「そんなこと言われても……」
「だって~」
今更言われてももう後には引き返せない。城に戻ってやっぱやめたなんて、恥ずかしすぎる。
「俺、お母様のかっこいい──」
「頑張ってね、フレイルっ!」
無理矢理お母様の気持ちの整理を終わらせた。ティナがいるんだ、そこまで時間を取っていられない。
「……ベルフェの方で、お待ちしております」
「うん」
結局治らなかったんだよなぁ、機嫌。だからと言って今から治す時間なんてないわけで。暫く会えなくなるからか、少しだけ悲しそうには見えるけど。
「ティナ」
「っ、その、ここで抱き着かれるのは……」
「暫く出来ないから。駄目?」
「……そういう訳では、ないですけど」
俺が気が済むまでティナにくっ付く。2年分先取りするくらいくっ付き、俺は離した。ティナも名残惜しいのか少しだけ離れるのに時間がかかる。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい」
俺は国境沿いにいる騎士の人に身分証明書を渡す。これがあればダンジョンにも行けるらしい、腕試しには丁度よさそうだ。
「そうだ、ティナ」
「何でしょうか?」
「伝え忘れてたことがあるから、ちょっとこっちに来て」
何も疑問に思っていないようだ、素直に来てくれた。
……
「耳を貸して」
「はい」
俺は耳を向けた彼女が逃げないように左手を体の後ろに回し、そして口付けを交わす。一瞬だったけど、少しだけ甘い味がした気がする。
「……」
「じゃあね!」
俺はアウスに向けて走り出す。ちょっと強引だったかな、嫌じゃなかったかな。そんなことを考えながら俺の旅は始まった。そして──
「!!!!!!!!」
ティナの感情を乗せた魔力を感じながら森の奥に入っていく。嬉しくないわけではなさそうだな、よかった。
『レヴィアタンの子、アウスに入ったよ』
「分かった、お前は引き続き監視しておけ」
ウーカスは機嫌が良さそうに水晶に映っている少女に命令した。本来同格の2人ではあるが、今回に限っては違うようだ。しかしながら、少女は不本意で命令を受けているのか不機嫌な態度を取った。
『人使い荒くない?』
「協力する、ってのを決めただろこの前」
『分かってるって、隠れるのが難しいから文句言っただけじゃん。バレたくないから切るね』
少女の顔が水晶から消え、光も失われていく。彼は完全に光が消え去る前に立ち上がり、近くにある書類を広げた。
「あぁ、早く殺せる日が来てほしい。来てほしいが、メインデッシュはちゃんと料理しないとな」
その書類に目を通し、彼は作戦を立てる。
アウス、マモー、ベルブ、ルシフ・サンタール、そしてベルフェ。
既に彼らの仲間が各国に潜んでいた。それをあちら側が知る機会は未だ訪れていない。しかし着実にその時は近付いていた。アウス、狼魔族の統べる極寒の大地にて彼らの活動が魔王間に知られる時が。それは少年が旅に出て3か月後、突如として知られることとなる。
偶然が必然か、彼らが表舞台に上がることになる原因を彼が引き起こすことになるのだった。
21話 真・釣りマスター
釣りマスター(釣りの道を極め始めて205年、俺は狙った獲物を逃した事はない)
釣(だが、そんな俺でもこの湖の主を釣り上げた経験はない)
釣(ふっ、きっとヤツはこの俺の覇気にやられて──)
フレイル「戊辰 画竜点睛」
釣「なぁっ!?」
少女「ねぇお母さん、あの人……」
お母さん「見ては駄目よ」
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