16話 悪魔族、現実を受け入れる
明日で序章は完結します。
この天井は屋敷の天井だ、ただ自分の部屋ではない。気分的に重い体を起こし辺りを見回す。ここはおそらく休憩室だろう、メイド達が休む時に使う。
……鏡は、ないか。それもそうか、なにせ──
「こんな姿になってるって、気付かせたくないもんね」
頭を触り、今まであった角がなくなっている事が分かる。角だけじゃない、羽も尻尾もなくなっていた。悪魔族的な特徴が綺麗になくなっている。ぱっと見人間と間違われてもおかしくない。
幸い、と言ってもいいのか分からないけど手足に異常は見当たらなかった。それと目、しっかりと見えているだけでなく魔眼も発動している。
あの懐かしい魔力の感触がちゃんと感じ取れていた。むしろ感度が上がっている気すらする。何度も何度も魔法を浴びせ続けさせられたせいなのかも。
その魔眼のおかげで遠くからティナの魔力を感じ取る。こちらに向かってきている、今は丁度この部屋の廊下に入ったところだ。会いたい、何でここにいるのとかそういうのはいいから。
今すぐ──駄目だ。俺は今、魔族としては絶望的な姿をしている。そんな姿を、彼女に見せられるのだろうか? 角も、羽も、尻尾も、今の俺に魔族らしい魅力は何1つないのだ。もし嫌われたりしたら、もう立ち直れる気がしない。それに、こんな情けない姿を好きな人に見られたくない。
見せてはいけない、その気持ちが俺を支配していた。彼女が通り過ぎることを願いながら布団の中に隠れる。ただその願いが叶う事はなかった。
「フレイル様っ!」
とても心配している声色だ。来た方向的に俺の部屋の惨状を目の当たりにしたんだろう。魔力だけで分かる、彼女が一歩ずつ俺に近付いている事が。そしてこれ以上近付かせたくなかった。
「来ないでっ!」
「!?」
「お願いだから、近付かないでっ……」
言った後に気付いた、この言い方は間違っていた。ティナは心配していた、そんな彼女にこの言い方ではあまりにも酷すぎると。せめてなにか説明でもなければ納得なんてできるはずがない。
言葉を撤回しようともう一度声を出そうとする。しかし声が上手く出せなくなっていた。心の奥底で彼女から見られるリスクを増やしたくなかったのだろう。
「っ……」
彼女は、おそらく涙を流していた。本当なら引き留めたい、ただ体がどうしても動かない。そのまま逃げる様に部屋の外へと走り出していく。
その近くにはお父様とお母様、魔王にワラの魔力があった。ティナはお父様が追いかけ、残りの3人はお母様の部屋に入っていく。この部屋に完全な静寂が訪れた。
もう、彼女と顔を合わせることはないかもしれない。いや、もう会う資格がないと俺が思ってしまっている……分かっている、今のがすべて俺が彼女に会う勇気がないことへの言い訳だということは。
現実逃避だと、それは自分が1番分かっている。そうしないとこの状況に耐えられる気がしなかった。
俺は、起きるべきではなかった。悪夢に沈んでいれば現実と向き合うこともない。あのまま眠っていればよかったんだ。一生眠っていればこんな気持ちを持つ事もなかった。その願いがどこかに届いてしまったのか、叶ってしまう。
《現在使用者は15歳に達していない為、使用は出来ません》
それは、明らかに普通に生きていればお目にかかれない様な現象だった。ゲームで見るようなステータス画面らしきものが目の前に突如として現れる。
《約10か月程眠る事で強制解除が可能です。眠りますか?》
《YES》 《NO》
この現象に対しての疑問は沢山ある。
何故今なのか、この世界ではこれが使えるのが当たり前なのか、俺だけが使えるなら何故俺なのか、強制解除のデメリットは、本当に寝るだけでいいのか、今解除すべきなのか、他にも色々ある。
だけど今はただこれを押したら楽になれるかもしれないとしか、考えられなかった。何もかも投げ出して、今の苦しみから逃げられるのなら押したい。俺の指は徐々にYESの方に近付いていく。これを押したら、楽になれる、楽になれる、楽になれるんだ。そして俺の指はYESに触れた
「フレイル」
「っ!?」
意識外からお父様の声が聞こえて思わず手を引っ込めた。目の前のステータスらしきものも消えてしまう。眠っていない事を考えると本当に押す直前で手が引いたのだろう。魔力的にはお父様とティナ、そして魔王の3人が目の前にいる筈だ。
「話だけは聞いておけ、いいな」
お父様の言葉が少しだけ優しいと思ってしまった。今この場でこの姿を見せろ、これくらいは言ってくる雰囲気がある。だから落ち着いて話が聞ける気がした。
「で、何があったカムイ」
「……襲撃された」
「フレイル様……」
ティナには今の俺がどのような状態かある程度推測はできる。相当酷い怪我止まりではあるだろうけど。
「それで、こいつがやられた、と」
「正確に言えばメイド長も、だがな」
「……2人共生きてはいるんだよな」
「メイド長はな」
俺はもう魔族としては死んでいるようなものである。その言葉からそういった意図を感じ取れた。それにメイリアもあの男にやられていたみたいだ。元々俺しか標的としてなかったおかげかもしれないが一命はとりとめたらしい。
「それ、本当か?」
「あぁ、嘘は言っていない……それでだ、ここからが本題だ」
「あ? なんだよ本題って」
「今回の話、なかった事にしてほしい」
「嫌っ!」
ティナはその本題に対してすぐに拒否反応を示しす。俺も心の中でではあるが同じくらいの速度で嫌だと感じた。同じ気持ちだということが分かって嬉しい反面、未だに彼女を未練がましく思っている自分が嫌になる。
「……これは」
「嫌ですっ!」
「……ステイム」
「悪いな、いくらお前でもその頼みは聞けねぇ」
現状お父様の方が不利な状況だと思った。いや、実際は俺が若干お父様よりの考えだ。互角と言っても差し支えないだろう。
「アテナはさ、今まで我儘1つ言ってこなかったんだ」
「この我儘は叶えてあげたい、か」
「そういう事だ、悪い」
これで決まり、なんて事はない。お父様から諦める雰囲気は感じられなかった。少なくとも話だけはする筈だ。
「レヴィアタンからの頼み、だとしてもか」
「それは……」
レヴィアタンからの頼み、要は国としての頼み事ということだ。これはそう簡単に断れる話でもない。
無視した場合、最悪戦争になる場合もある。それを断ると即決するのは厳しいものがあるそうだ。
「このまま婚約が成立すれば、それはフレイルが魔王になることと同義だ」
「まぁ、そうだな」
「魔王となる以上、辛い事や苦しい事を避けるのは難しい。それはお前も分かっている筈だ」
「……」
「俺はこれ以上フレイルに辛い思いをしてほしくない」
「それは、分からなくはないけどよ……」
この提案自体お父様なりの優しさなのだろう。少しだけお父様のことが分かった気がする。
「カムイ様、お話は分かりました」
「納得、は難しいだろうな」
「はい、せめて本人から、断られないと……」
涙ながらに言うティナから断られたくない気持ちが伝わってきた。本当は俺だって断るのは心の底から嫌だと思っている。でも、いや考えるな。今考えると抑えている気持ちが抑えきれなくなりそうだ。
「それに、それはお前の気持ちだろ?」
「あぁ、少なくともイアは反対するだろうな」
「なら──」
「元々、俺の提案を一方的に飲ませるつもりはない」
「それじゃあっ」
「だからこそ、俺は最後の判断はフレイルに任せるべきだと思った」
……俺、話の流れ的には来ると思っていた。今ここで判断しなければならない。婚約するか、やめてしまうかを。
「フレイル、まだ魔王になる志があるのならば、その布団から出ろ」
「おいカムイっ!」
「なければ、何もしなくていい。俺はお前の考えを尊重する」
……魔王、思えばここまでの出来事は俺が魔王になりたい気持ちありきだ。魔王に興味を持って、お母様のような魔王に憧れを抱いていた。
「まだ5歳の子供なんだぞ!、いくらなんでもそれは酷すぎるだろっ!」
「これを乗り越えれない様な奴に、魔王が務まるとは思えないがな」
「正論は聞きたくねぇ、親としてどうなんだって聞いてんだよ!」
お母様は強い、そこら辺の有象無象の魔族なんて敵にならない位には。お母様は優しい、少なくとも俺には底なしの愛をくれるから。
「……やりたくはない、だがこれは俺にしか出来ない事だ。イアにはとてもじゃないが出来ない。いや、させたくないが正確な表現だな」
「……ちっ、それ言われたら何も言えねぇよ」
「悪いとは思っている」
「なら言うなよ……」
そんなお母様の様な魔王に、俺はなれるのだろうか。魔族としての尊厳も、力も何もない俺が今からなれるのだろうか。なれる気がしない、とてもじゃないが現実的ではない。
「お母様」
「どうした……」
「私、支えたいんです」
支える、支えるか、ティナが俺を支えてくれる……なれる、そう断言はできないかもしれない。
「どんなに辛くても、苦しくても、心の支えさえあれば、やっていけると思うんです」
「アテナ……」
「カムイ様だって、魔王ベルライアを支えていますよね?」
ただ、今更身を引くなんてことできるのか? 彼女がここまで言ってくれているのに、ここで引き下がれるのか?
「ですから、どうかせめて一緒に、いさせてください」
「……フレイル、どうする」
いや、引き下がれるわけがない。確かにここで今の俺の姿を見せるのは心の底から嫌な事だ。それと同時に彼女の期待に応えられないのも心の底から嫌な事だった。姿を見せないか、期待に応えるか、その2択を今迫られている……ただまぁ、男なら1択だよな。
震える体を起こし、深呼吸をする。大丈夫、怖くない、今の俺ならいけるんだ。そう何度も言い聞かせても、布団から出る事はできない。
「ゆっくり、自分のペースでやってください、いくらでも待ちますから」
……あぁ、本当、彼女には今後一生頭が上がらないだろう。決心がついた俺は、かぶっていた布団を取っ払った。それと同じくらいに、彼女に抱き着かれた。その抱擁は翼で覆いつくされていたので、暖かかった。
「例え世界が敵になったとしても、私だけは味方ですから」
「ありがとう、ティナ」
無意識に涙が出ていた、多分怖いのだろう。人自体が恐怖の対象で、それは彼女も例外ではなかった。抱き着かれて痛いとか、恐怖で今にも気絶しそうとか。今の俺にはそんな些細な事どうでもよかった。そう思わせるくらい、俺は彼女の言葉に救われたし彼女を愛している。
「……すまなかったな、嫌な事をさせて」
「お父様なりに考えたんでしょ? 謝らないで」
お父様が頭を下げて謝ってくれる。なんでこういう事をしたのかとか聞いていたし謝る程嫌ではなかった。お父様なりの決着の付け方があれだったのだ。
「俺、頑張るよ」
そうは言ってみたものの1人では頑張れないだろう。隣にティナがいてくれれば、そういう条件付きだ。
「カムイ、預かってくれるか?」
「……いいのか?」
「2度も失敗するのか?」
「しないな」
「だろ、頼んだかなら」
この襲撃された直後の状態で預けるのはリスクが高いのはお互い分かっているだろう。その上で、魔王はティナを家に預ける選択をしてくれた。ティナの思いや俺の事を考えての行動だろう。
「お母様」
「年1で帰ってくる事、これが条件だ。いいな?」
「それは承知しました、そうではなく」
彼女は俺から離れ、魔王の方に顔を向けた。彼女なりの考えがあるのだろうか?
「ベルフェの名を、捨ててもよろしいでしょうか?」
「……気が早くねぇか」
「フレイル様は勇気を振り絞って一歩前に進みました。なら私もなにかそれ相応のけじめをつけたいんです。お母様の娘として、恥ずかしくない様に」
「まぁ、お前の気持ちは分かった。だが駄目だ」
とても断るのは本意ではないみたいな表情で魔王は断る。それを分かっているのか、ティナもあまり強く出られなかった。
「ただ、俺はここで何があろうが横やりは入れない」
「っ!」
「これが俺の出来る最大限の譲歩だ、いいな」
「はいっ!」
こうして、俺の人生最悪の1日が幕を下ろしたのだった。
16話 お風呂
フレイル「お風呂、入ってもいい?」
アスティナ「はい」
フ「……なんでついてくるの?」
ア「一緒に入るからですよ?」
フ「えっ!?」
ア「今のフレイル様をお1人には出来ませんから」
フ「ティナ……」
フ「服脱がないと入れないよ?」
ア「そう、ですよね。ははは……」←直前で恥ずかしくなった
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