15話 悪魔族、地に落ちる
残酷な描写を含みます
「ありがとな、ベル」
「いいのいいの、フレイルがお世話になるかもだし。お互い様だよ」
ベルフェの魔王がティナを迎えに来て2時間、2人の会話が終わってしまいそうだ。その間俺達はティナが乗ってきた所で話していた。多少名残惜しい所もあるけどそろそろお別れの時間だ。
ただ完全に離れる訳ではない、スマホがあるからね。遠距離恋愛になってしまうけど疎遠になる事はない筈。なにせお母様と魔王は親友同士、日常的に連絡を取っている仲だ。会える機会などいくらでも作り出せるだろう。
「そういや、2人目はどうすんだ?」
「それがね、エルエルがもう少し待ってくれって」
「またかよ、何回目だそれ?」
「6回目、エルラベちゃんを王族として出せないって」
「はっ、昔のベルじゃねぇか」
「うん、エルエルももう少し柔らかくなってくれると良いんだけどね」
話を聞いている限り会うのは当分先になりそうだ。世間には出せない何かが、というよりも理想の王族ではないという方向なのだと思う。
前者の場合そもそもとして相手として辞退していそうだ、プライドが高そうな感じだし。このまま話を聞いていたい所だがそうにもいかなくなった。ティナが俺の裾を健気に引いてきたからだ。
「フレイル様……」
「増えるの、嫌?」
「それはいいんです、私が独占出来る程フレイル様は弱くありませんから」
それにしては彼女の顔の色は明るくなかった。そうなると俺の予想とは違う悩みがある筈だ。
「その、私の事、忘れないでほしいんです」
「忘れる訳ないよ、ティナの事」
忘れられないし、忘れる事も出来ない。それくらい彼女という存在は俺にとっては印象が強いのだ。
「もし、次の子の方がフレイル様好みの方だったら、私……」
俺は不安な気持ちに支配されているティナを抱き寄せた。これが俺なりの誠意だ、これ以上の事は出来ないが。
「大丈夫、どんな子だろうと、ティナが1番なのは変わらないから」
「フレイル様……」
「これで、納得してくれるかな?」
「はい……」
納得してくれたみたいだな。俺はこの状態をしばらく続けていた。すぐに離すのは説得力にかけるし、もう少しだけこの状態を続けたかったのもある。
「よし、じゃあそろそろ行くわ。そろそろ部下に心配されそうだしな」
「道中気を付けてね?」
時間だ、俺は彼女から離れ部屋から出る。降りた後魔王と一瞬目が合う。その時俺にめがけて魔王はウインクをしてくる。そこで魔王が気を使って俺達の時間を伸ばしてくれていたという事に気が付いた。今はあれだけどいつかちゃんとお礼をしないといけないな。
「フレイル様」
「ん?」
声を聞き振り返ると窓から彼女が顔を出していた。最後になにか言いたい事でもあるのかな。
「少し、耳を貸してもらえませんか?」
「うん、いいよ」
聞かれたくない事なのだろう、わざわざ内緒話にするくらいだし。俺は何の疑いもなく馬車の窓の近くまでよりに右耳を向けた。俺の神経が集中していた場所より下側に感触が伝わってくる。
「お母様出発してくださいっ!」
「おうっ! じゃあな!」
こうして、俺の思考が固まる前に飛び去って行った。ただ、その感覚が何であったかなんて考えなくても見当が付く。だからこそ俺はしばらく呆然と立ち尽くす事しか出来なかったのだ。
夜、未だに俺は先程の事が頭から離れていなかった。普段なら眠りについている所だがそのせいで眠れていない。眠れないので夜空を見上げるという柄にもない事をしていた。
今頃、彼女は空を飛んでいるのかな。なんて考えてはみるも今の夜空は雲が一面を埋めていた。今日は朝から曇りだったしあまり良い日とは言えない。何もないといいな、魔王が飛んでいるとはいえそう思ってしまう。
「もう1回、会いたいな……」
この1週間を経て、俺は彼女にそれくらい心を奪われていた。相手も同じ事を考えていればいいなと思うくらいには好きだと自覚している。
次はいつ会えるのかな、どんな事を話そうかな?そんな事を考えてしまうくらいには次の機会が待ち遠しくて仕方がなかった。転生してよかったと心の底からそう思える。
前世の記憶が無い事は少し気がかりだけどそれを差し引いても考えは変わらない。むしろ前世の記憶がなくて良かった、あったらあったでここまで純粋に楽しめているかは疑問だ。
眠れないなりに時間を潰していると、後ろからドアが開く音がした。振り返ると執事長であるウーカスがそこに立っている。こんな夜にどうしたんだろう? 何か急ぎの様でもあったのかな?
というより、ノック無しで入るのは従者としておかしいのでは? そんな俺の疑問はすぐに解消される事となる。考えうる中で最悪の状況が起こった事によって。
「オラっ!!」
「っ、ゲホっゲホっ!」
彼の右足が俺の鳩尾に綺麗に入った。内臓を潰された様な痛みと、嘔吐しそうな気持ち悪さが同時に襲い掛かってくる。
「はースッキリしたぜ」
「はぁっ、はぁっ……ど、どう、して」
「はっ?」
彼の不興を買ってしまったのか俺の首を持ち壁に叩きつけ、腕で首を絞められる。息が出来ない、それだけで段々と自分に死が近付いているのを嫌でも自覚する。なんとか抜け出そうと腕を掴むがビクともしない。必死に爪を立てても皮膚に立っている感触がなかった。
「必死だな、言っておくが何をやっても無駄だぞ」
「っ…………」
「おっと」
意識が遠くなっていく感覚が襲い始めたくらいに彼は首から手を放した。そのまま床に倒れこみ、咳き込んだ。
「危ねぇ危ねぇ、今死なれちゃ困るんだよ」
「……なん、で」
「お前が分かる訳ねぇよ、なにせ何もやってねぇんだから」
俺は今、理不尽という言葉を身に染みて感じていた。逃げなきゃ、今逃げなければ殺されてしまう。その考えが脳を支配していた。
「まぁ? 恨むならお前の親共を恨め」
特に隙を狙うとか、そういうのではない。ただ純粋にこの場から逃げたいという一心で俺は窓に飛び込もうとする。目の前で見られているのに逃げられる訳がないのに。
「おっと!」
「うっ」
「逃げれると思うなよ」
体を起こす前に足で踏まれて動けなくされてしまう。この体でも、ここから動けはしない。
「そうだ、おい、これを見ろ」
「っ」
見せたのは、見覚えのあるナイフだった。この前彼にプレゼントする為にあげたナイフ。
「このプレゼント、ありがたく使わせてもらうぜ」
背中から、肉を引き裂かれた様な痛みが襲ってきた。その意味を理解する前にもう一度同じ痛みが襲う。それとほぼ同時に、焼けるような痛みも発生していた。
「失血で死なねぇ様に、止血してやる俺、優しいと思わねぇか?」
答えられない、いや答える程の気力が既に俺にはない。ただ痛みに悶える声を出すしかなかった。
「答えろっ!!」
「ぅぁっ!!」
言葉に出来ない痛みが頭の横から発生した。反射的にもう片方を両手で隠してしまう。それを折られれば終わりだと本能的に察したからだろう。
「んだよその手、邪魔だ」
「やだっ、やめて、いやだっ!」
抵抗むなしくそれも折られてしまった。この時俺の心の中で何か大切な物が潰された気がする。抵抗する気力が沸いてこなくなってしまった。
「次は腕だな」
「っ……」
彼の持つナイフが肩の付け根辺りに刺さる。手の感覚がある様でない、そんな感覚に陥っていた。今までの痛みが体中に広がりいつの間にか無意識に笑っていた。
それが気に入らなかったのかもしれない、そのナイフは俺の目を貫かれてしまう。右目を貫かれると同時に日頃から感じていた感覚が失われていく。そこからはもう、意識がわずかしか残ってなかった。足を折られようが、尻尾を切られようが、混濁した意識の中でただ死ぬのを待つだけだ。
「っ!?」
「起きたな」
自分の意識が強制的に呼び戻され辺りの景色を見渡した。未だあの男は目の前に立ちはだかり俺をいたぶる用意をしている。そこで違和感を覚えた、俺が男の事を視認できている事に。
「気付いたか」
「なんで、見えて……」
「そんなの簡単だろっ!」
男は俺を馬鹿にするように笑い続けた。そしてその言葉の続きを話しだす。
「1回で終わらせる訳ないだろ」
置かれている状況をやっと正しく理解する事ができた。そしてそれを理解した瞬間、体から大量の汗が出る。汗だけじゃない、尿も涙も、体中から出るものが際限なく出続けた。
「なぁ、こういうのはどうだ?」
「あああぁぁっ!! 」
全身に火をつけられ、体中に焼けるような痛みが休むことなく伝わってくる。全身がゆっくりとただれていき次第に意識が朦朧としてきた。死の淵際、また無理矢理現実へと引き戻されてしまう。
「簡単に死ねると思うなよ?」
どのくらい、時間がたったんだろう?いつまでつづくんだろう? 声もかれてだせない。なにをされてたっけ、あれ、なにも思いだせないや。いたみも感じなくなってきた、そろそろ死ねそう。
「……ちっ、反応が悪くなってきたな。しょうがねぇ、なら次の──」
「画竜点睛っ!」
お父さまだ。たすけにきてくれたのかな。でも、死にたいよ。お父さま。このまま目をとじて、死にたい。
「っ大丈夫かフレイルっ!」
さいご、なにか言ったほうがいいかな。……だめだ、思いつかないや。あぁ、でも──
「大丈夫かっ!」
これで、いいや。やっとしねる。
「……アテナ」
「!? なんでしょうかお母様」
「戻るぞ」
「えっ!?」
「嫌な予感がすんだ、ちゃんと掴まってろっ!」
長い夢を見ていた気がする。それも自分が苦しくて死にたくなるような苦痛にあふれた悪夢だ。そんな悪夢今すぐに抜け出したいと皆口をそろえて言うだろう。
ただ俺はその悪夢から抜け出したくなかった。もしかしたらそれが悪夢ではなく現実に起きたことだからだと理解しているからかもしれない。今更、現実に向き合うなんてことしたくないんだと思う。
あの苦しみと向き合いたくないいっそ死んでしまいたい。理解したくなかった、いや理解を拒んだのだ、あの時の出来事を。
ただ、その願いは叶わなかった。暖かな湯船に入っている感覚に身を包まれ夢から現実へと引き戻される。いくらそれを拒もうとしてもその暖かな感覚は一切許そうとしない。
まるで現実にいなければいけないと、そう言われている気がした。しばらくして、意識が現実に引き戻されてしまう。気分的に体が重かった、ただ目は着々と覚めていく。そして、俺の意識は完全に覚醒する事になる。
「知ってる天井だ」
それが俺の、最初の言葉だった。
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