3-3 デートは戦いかもしれない
次の日、玄関へと出てきたアレッシェラはパチパチと目を瞬いた。
館の前には、緑色に塗られた馬車が停まり、その側では竜胆色の上着に手袋を身につけたレナールが立っているではないか。
(まさか、律儀に待っていたとは――)
かなり強引に押しつけた約束だったから、嫌がって逃げられても仕方がないと思っていた。
もし逃げたら、モーリスが把握している行き先を、軒並み捜して押しかけるつもりだったのだが、まさかきちんと待っているとは――。
(本当に真面目な性格なのだな!)
これはこれでよいものだ。全部の縁談を拒むほどの律儀さが、この様子からも窺える。
だから、玄関から出てきたアレッシェラに気がついたレナールへ、にっこりと笑いかけた。
「待たせてしまったか?」
「いえ、待ってはいません。もし出てこられたら、ご案内が約束なのでいただけです」
「ほおおお」
(実にいい性格をしている!)
無理やり来させた――というよりは、実質嵌めたのだから仕方がないが、今までアレッシェラには誰もしなかったような塩対応だ。
(それでも、待っていたのは真面目だからか)
まあ、それならばこの対応もやむを得ないだろうと思いながら、乗るために馬車へ近づくと、側から手袋をはめた手をそっと差し出される。
「段差がありますよ。ドレスだと、足下が見えにくいので掴まってください」
「ありがとう」
乗り気ではないはずなのに、きちんとエスコートをしてくれる。
「心遣いに感謝をする」
「いえ、館の来客に怪我をさせて帰らせるわけにはいきませんから――」
にっこりと笑いながらアレッシェラに手を貸してくれるが、言葉は徹底的に、ただの客相手へのものだ。
自分はこの縁談を少しも望んではいないと伝えるかのように――。
(ふうん)
それが逆に面白くなってきた。
(運命の相手かどうかは知らんが、これぐらい気骨のあるほうがいい)
強引にデートをさせるアレッシェラに、絶対に乗せられるものかという雰囲気だ。
(さて、どうなるか。運命の相手かどうかはともかく、デートが戦いなのは、とても楽しいぞ)
これで運命の相手だったら、戦いの結果次第で、いつかまたあの夢のように愛してもらえるかもしれない。ここからそうなるのも、今までの求婚者みたいに、ただ大聖女に忠実なだけよりも、ドキドキとして楽しいと思いながら、向かいに乗ってきたレナールに笑顔を向けた。
「手間をかけさせて、申し訳ない。面倒かもしれないが、異国生まれの私に、父親の領地を自慢するぐらいの気持ちで、案内してくれたらかまわないので」
向かいに座ったレナールにそう言えば、意表を突かれたのだろう。接待用の顔だったのが、急に苦笑に変わった。そして、一つ息をつき、アレッシェラを見つめる。
「わかりました。では、グラフォーレ領の叡智の詰まったところへご案内いたしますよ」
どこへとも言わないことに、挑発的なものを感じる。今日は昨夜のようにはいかないということなのだろう。
「それは、楽しみだ」
だから、そう答えると、外から馬車の扉が閉められ、車輪が石で舗装された道を走り出した。
「美しい街だな」
両側には、赤茶色の壁の家々が並んでいる。屋根は黄色や緑の色とりどりで、街の彩りが鮮やかだ。
家の手前には、小さいながらも生け垣が作られ、庭では花を植えている人も多いようだ。
「ありがとうございます。辺境ですが、みんな自分の家や街を大切にしているのです」
「よく庭に花が植えてあるようだが、なにか意味があるのか?」
「ああ、あれは薬草なのですよ。もし魔獣が襲ってきたときに、すぐに手当てができるように父が奨励していまして――」
「なるほど」
そういえば、館に植えられていたのもカモミールだった。
辺境だから、薬はできるだけ自給自足しているということなのだろう。
納得して頷く。そんな会話をしながら、しばらく進むと、馬車はすぐにスピードを緩めた。
街の中心から少し東に向かったところで、大きな門へ入ると、美しい葉を輝かせた木々たちが、石造りの建物を取り巻くようにして包んでいる。
入り口の上には、大きな文字が刻まれ、それをアレッシェラは馬車から見上げながら呟いた。
「グラフォーレ博物館――?」
「はい、領内の見所を案内してほしいとのことでしたので」
先に降りたレナールが、手をアレッシェラに差し出しながら、にっこりと笑う。その瞬間、相手のこの笑みの意味がわかった。
(ほーう、考えたな……!)
おそらく、こちらの目的がレナールと親密になるためと悟ったからだろう。そのために、父親の名を汚さないもてなし場所で、かつデート先としては、あまり馴染みのない場所を選んだのに違いない。
「俺は女性には疎いですから。楽しめそうな場所は思いつかないので、ご要望に一番近いこちらにいたしました」
「たしかに、グラフォーレを紹介するにはもってこいな場所だ。レナール様ご自身で考えてくださったのか?」
腕を組みながら見上げて尋ねると、レナールは柔らかく笑っている。
「ええ、俺が考えました。アレシナ様をここにご案内することを、今朝ニコルや兄に話すと、もっと人の少ない湖などを勧められましたが……それでは、風景しかご覧になれないでしょう?」
にっこりとした笑みに、アレッシェラの闘志が燃やされる。
(実にいい性格だ……!)
「たしかにここならば、グラフォーレのいろいろなことがわかる」
「ええ、ですが古いものも多いですので、退屈でしたら、いつでもおっしゃってください。どうか俺にご遠慮なさらず」
昨夜の言葉に対して、そのまま返しているのだとわかる。
(頑固者というか、こいつかなり強く執着するタイプだろう!?)
昨夜やられたことを、しっかりと引きずっているようだ。だが、あいにくと、こちらもこれで引き下がるつもりはない。
だから、にこっと笑った。
「ああ! そういうものは大好きなので、ぜひ一緒に見にいこう!」
そういえば、相手は目を丸くしている。
「あのっ……! 古いとは言っても、アンティークとか年代物の美術品とかではないのですよ!? ただの古い蔵書だったり、昔の生活道具だったり」
「それなら、なおさら見たい! ぜひ一緒に入ろう!」
そう話すと、相手はさらに面食らったようだ。
もちろん、レナールに諦めさせないためではあったが、それらに興味があったのも事実だ。
いそいそと弾むように、アレッシェラはレナールと入り口へと向かった。




