3-4 デートは楽しむもの!
アレッシェラとレナールが、最初に入ったのは、昔使ったいろいろな武器が展示してあるスペースだった。
大きな木を組んだ端に、なにやら円形の皿のようなものがついている機械や、年代物の刀剣や四角いガラスを鎖で繋いだものなどが展示されている。
「これはどういう品々なのだ?」
「これは、昔他国との戦いで使われていた投石機や剣です。またそちらのガラスを鎖で繋げたものは、現在も魔獣との戦いで使われている結界鎖です」
「ほう――」
見たことのあるデザインもあれば、ないものもある。どうやら投石機の石は、上のほうに分けておいてあるみたいだ。どれも興味深く、ホールに展示してある武器を喜んでアレッシェラは眺めながら、その中でも特に見たことのない結界鎖に近づいた。
展示されているケースの中に納められている対魔獣用の武器は、ソ・レイジェラにはない形だ。
「これは、どういう時に使うのだ?」
見れば、ガラスの中には、神殿が授ける加護の石が入っている。
上から触れるようになっていたので、手に取りながら尋ねると、レナールが「ああ」と口を開いた。
「凶暴な魔獣と戦うときに、騎士団の周囲にこれを張っておくのです。そうすれば、神殿の聖なる力のおかげで魔獣は近寄ることができないので、騎士たちが危険を最小にして戦うことができるのです」
「加護石の使い方としては、普通だが、それにしては石をなぜガラスの中に入れているのだ? それに、周囲を満たしているのは、どうも聖水のようだが」
「一瞬で、それに気づくとはすごいですね。なにか、聖道具にまつわる研究をされているのですか?」
「いや――神殿に、よく行くからかな。見たことのないデザインだったので」
どう答えたものか悩んでしまう。レナールを狙っている犯人をまだ見つけてはいないため、大聖女と名乗るわけにはいかないし、四六時中神殿の総本山にいるなどと言えるわけもない。
困りながら答えると、レナールの顔が、パッと輝いた。
「そうなのです。これは、父――いえ、今のグラフォーレ辺境伯が考え出したもので、加護石を聖水で取り囲んでいるのです。加護石の力は、使うたびに減ってしまいますが、この地はソ・レイジェラからは遠いので、神殿にもあまりたくさんはありません。代わりに聖水に浸すことで、その失った分の力をゆっくりと補充させることができるとわかったのです。これならば、大型の魔獣の戦いに対して、何度でも使えます!」
そう話す顔は、無邪気な喜びに満ちている。まるで小さい子が、父親を自慢しているかのように、すごく誇らしげだ。
「グラフォーレ辺境伯は、この地をよく守られているように感じていたが、本当に立派に務めを果たされていたのだな」
西の谷に近く、魔獣や魔物の跋扈する地で、人々を守って――。
(レナール様が、誇らしく思うのも当然だ)
直接口にしなくても、レナールが父親のことをどんな風に思っているのかよくわかる。
誇らしくて、大事で――。だから、今も勘当をしてもらっているのだろう。
その顔がかわいく思えて、つい見入ってしまった。すると、ハッと気がついたように、レナールがはしゃいでいたのを止める。
コホンと咳払いをした。
「すみません、一人でしゃべりすぎました」
「いや、グラフォーレのことがよくわかったぞ。それにレナール様の気持ちも――」
そう笑えば、一瞬だけレナールの顔が赤くなった。
そして、すぐに薄い笑みで、静かに見つめる。
「もちろん、グラフォーレ辺境伯のことは、領民として尊敬しております。さて、では次に行きましょう」
(本当に食えない性格だな……!)
どうあっても素直に感情を晒すつもりはないらしい。
(まあ、いい。次はどうやって私に嫌われるつもりなのか――)
アレッシェラが、グラフォーレを嫌わずに、レナールだけを嫌わせるという高度な作戦の実行中だ。
どんな手で来るのかと、うきうきとして隣に入ると、そこはグラフォーレで今までに生み出された製品が展示されている部屋のようだった。
「ほほう」
見回すと、こちらにもソ・レイジェラにはなかったものがいくつもある。
展示されているのは、グラフォーレで生み出された植物や鉱石、それにまつわる製品だ。植物は、押し花や枝が展示されていて、染料や薬効などどんな用途があるのか説明が添えられている。近くには、実際にそれを使用して作られた布や薬なども展示されているようだ。
「綺麗な色だな。これはどの植物を使って作ったのだ?」
アレッシェラが、並べられた布の中の一枚を手に取って尋ねる。
「ああ、それは虫の体液で染めたのです」
「虫……」
思わず隣にいるレナールを見つめた。そのアレッシェラの視線の前で、言った当人はにこにことしている。
(実にいい性格だ!)
だが普通の令嬢ならばともかく、原料が虫と知ったぐらいで驚きはしない。
「なるほど、虫か。人がよく着る絹も虫の吐いた糸で作られるからな」
そうフッと笑えば、嫌がらなかったのが意外だったのだろう。
「虫は平気なのですか?」
「ああ、かわいい。バッタを使ったお菓子をお土産にもらった時は、さすがに食べられなかったが、蜂蜜は歓迎だし、飼うのも触るのも平気だ」
「体液もですか?」
「まあ、広義では触るだろう」
「それを触るに入れた人を初めて見ました」
こちらを引かせるつもりだったのに、無理だと判断したらしい。がくっとレナールの肩が落ちた。
その側で、アレッシェラはふと気になった布に目を留めた。
「こちらの布やそこにある機は? 昔この地で使われていたものなのか?」
「それは――昔、グラフォーレの職人が開発した機なのです。複雑な文様が織れると評判になり、各国から問い合わせが相次ぎました。今は、それをさらに進化したものを作っております」
「ほう――それは素晴らしい」
近くに置かれていた布地を手に取ってみると、それは百三十年程前に参詣した者たちがよく纏っていた上着の文様に似ている。さらに隣に置かれていたもう少し昔に織られた布は、妹が生きていた頃に、晴れ着として作ってもらったドレスの柄にそっくりだ。
(懐かしいな……)
今では、もう死に別れて話すことすらできない妹だが、とてもよくアレッシェラを慕ってくれていた。思い出す丸い大きな瞳。一緒に暮らしたのは、幼い時だけだったが、今でもその笑顔はよく思い出す。
博物館を歩いて行けば、時々その頃触れた品々に似たものが展示されている。
「こちらの籠は?」
「それもグラフォーレ領で採れる特殊な蔓で編まれたものです。耐久性が非常に強いので、昔から他国にも求められて、今では鞄などにも使われています」
覚えている。自分が生まれた伯爵家で、よく大量の野菜を運ぶのに使っていた籠だ。あまりに大きかったので、客人に会いたくなくて、こっそりと中に入って隠れていたら、兄が上にかけた布を外して見つかってしまったあの籠だ。
「懐かしい。グラフォーレの蔓で作られていたのだな……」
思い出したあまりにも優しい記憶たちに、ふと笑みがこぼれてしまう。
大切な――温かな記憶たち。
愛してくれる父と母がまだ生きていて、兄と妹もアレッシェラと一緒に笑ったり泣いたりしていた。
あまりにも懐かしい記憶に、囚われそうになってしまう。
(いかん、いかん)
ぶんぶんと頭を振ると、昔を思い出していたアレッシェラの顔を、レナールが横からジッと見つめているではないか。
「……こういう品にも、ご興味があるのですか?」
アレッシェラが、あまりにも懐かしげに見ているので、そう勘違いしたのだろう。
「ああ、まあな」
答えて、布を元に戻した。
今日の目的は、レナールが自分の運命の相手かどうか見極めること。そして同時に、レナールを狙っている犯人についても探ることだった。
(頭を切り替えないとな――)
あまりにも楽しかったので、つい昔を思い出していた。こんなふうに、神殿関係以外の者と気軽に言い合ったのは、かなり久しぶりだ。それが幼い頃の記憶を、さらに強く思い出させたのだろう。
「では、向こうの棟にもこういう昔の品がありますので、よければご案内をしますが」
本当にアレッシェラが、気に入って眺めていたので、少し戸惑ったように誘っている。
その声を聞きながら、アレッシェラが周囲にスッと視線を流せば、並べられた展示品の陰からは、幾人かがこちらの様子を窺っているようだ。
(ふむ、犯人が邪魔をしに来たか?)
向こうからすれば、アレッシェラこそが邪魔者だろう。
(レナール様は、勘当されたとはいえグラフォーレ辺境伯の子息だから、博物館関係者や領民が、好奇心から見ている可能性もあるが……)
どちらか見極める必要があるだろう。
(少し挑発をしてみるか)
そう思い、レナールの服に包まれた腕を、突然アレッシェラは白い両手で取ってみせた。
「えっ!?」
その突然のアレッシェラの行動に、レナールが横でひどく面食らって、大きな声をあげた。




