3-2 難問は正攻法以外で
夕食のあと、来客として、一応きちんとした挨拶をしたいという理由をつけて、アレッシェラはガレオにレナールを呼び出してもらった。
本当は、夕食の時にと考えていたのだが、どうやら普段から別々な部屋でとっているらしい。とはいえ、いつもは招けば、仕方なくレナールも食堂に顔を出すらしいので、今日はそれさえ用事をつけて断ったのは、やはり縁談が絡んでいるからなのだろう。
ガレオの呼び出しで、応接室に来たのすら渋々だったと予想できるのに、よく磨かれた茶色のドアを開けて近づいてきたレナールは、その様子を微塵も見せない。
(思った以上に礼儀正しい――)
嫌なのだろうに、おくびにも出さないとは。
感心しながら、客間から来て待っていたアレッシェラも優雅に頭を下げた。
「先日は助けていただき、ありがとうございました。アレシナ・ロリアと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。レナールと申します」
レナールが姓を名乗らなかったのは、勘当してもらっているからなのだろう。
「ですが、どうかお気になさらないでください。初級魔法でしたし、あの状況ならば、使える者でしたら誰でもすることです」
なので、と柔らかく微笑みながら続ける。
「その件につきましては、もうこのお礼で十分です。どうか、ご領地に戻ってお幸せにお暮らしください」
(どうやら、徹頭徹尾婚約をするつもりはないらしい)
それどころか、一時も早くアレッシェラをこの館から立ち去らせようとしている。
(面白い――)
今までに申し込んできた相手とは真逆の反応だ。
(どうしても私を振るつもりならば――)
フッと笑って、自分を帰らせようとしているレナールを見つめた。
「おや、十分だなんてとんでもない。さすがに、助けてもらった相手に、手ぶらで訪ねてきて、なにもお返しをしないのでは、恩知らずのそしりを受けてしまう」
だから、と言葉を続ける。
「実は、私は占いが得意で、人から頼まれることも多いんだ。ふだんは特別な場合にしか受けないんだが、今日はお礼にひとつ、なんでも占おう」
先に来て、部屋のテーブルに置いていた小さなカードの束を指し示す。
「占い?」
「ああ、自分に関係することは占えないが、そうでなければ、なんでも未来の方向のヒントを指し示すことができる」
「ヒント、なのですか?」
「未来は決まってはいないからな。たくさんの分かれ道で気をつけることを示すというだけだ」
それに一瞬、レナールの動きが止まった。信じてはいないのか悩み、じっとカードを見つめている。そして、アレッシェラに目を動かした。
「なんでも――いいのですか?」
「ええ、なんでも」
返した言葉に、レナールの口が開きかけた。そのまま、少し震えるように唇が上下をして、言葉にならない動きをしている。そして、止まり、しばらく考えてから、やがて声になった。
「では――家族が幸せになれるのかどうかを……」
ひどく抽象的な質問だ。それなのに、ひどくためらいながら口にしたのは、それがレナールの中では、本当に気にかかっていることだからなのだろう。
「わかった」
そう答える間も、レナールは、アレッシェラの手の先にあるカードを見つめている。
スッとカードを手に取ると、ばらりと両手で横向きに広げた。サッと手を動かして端から投げるとカードが空中で円形に渦巻き、アレッシェラの左手から右手へと弧を描きながら流れていく。右にもたれたカードは、また三枚ずつ左手へと投げられ、空間に時計回りの大きなカードの円ができた。
「カードよ、この者の願いに応えよ」
呟くと同時に、円が大きな光を放つ。その中から、一枚がひらりとテーブルに落ちた。
黄昏に悲しむ精霊の絵だ。
次いで、二枚目と三枚目が落ちてくる。旅人が車輪を持った人に出会う予期せぬ出会いのカードと、春の日の下で花々が咲き乱れているカードだ。
それが三角形に並んだ。
「ああ――過去には、悲しみが出ているな。だが予想外の出会いが転機となり、春の日が訪れると出ている。家族全員が互いに幸せを望む心が花々を咲かせるので、その気持ちを忘れないようにすれば、家族には明るい未来が待っているようだ」
その言葉に、レナールの顔が、明らかにホッとした。
「……そうですか、よかった――」
余程気になっていたのだろう。アレッシェラの言葉を聞き終わると、明らかに肩から力が抜け、大きく息をついている。
「ほかに訊きたいことはないか。私の占いは当たると評判だぞ?」
「ですが、あまり多くは――」
「遠慮なく。もちろん、私も答える以上遠慮はしないので」
「それは――」
冗談と思ったのだろう。少しだけレナールから笑みがこぼれた。
「なにか知りたいことは?」
そう尋ねると、立ったまま、また少し黙り込んでいる。だが、その顔は、先ほどとは違い、ひどく迷っているようだ。
まるで、本当に尋ねてもいいのかどうか、自分でも悩んでいるかのような――。
ひどく、重苦しい表情をしている。
「では――俺の……」
そこまで、言葉が出て唇が震えた。そして、固く引き結ばれると、下を向いてからもう一度顔を上げる。その顔は、ひどく静かだ。
「いえ……すみません。西の村に――時々魔物が出るそうなのです。先日から討伐隊が向かっているのですが、倒すことはできるでしょうか?」
レナールのその問いに、アレッシェラは少しだけ息を止めて首を傾げた。
(本当に知りたいのは、それか?)
きっと口にした魔物のことも気にかかっているのだろう。けれど、訊くことすらためらった本当の質問は、自身の予言の真実ではないのだろうか。
知りたくても、それは大聖女の占いと知らないレナールにとっては、軽々しく口にすることさえできないことなのに違いない。
だから、再度アレッシェラはカードを広げた。
再び円形に広がったカードが放つ輝きに、レナールが息を呑んで見つめている。
まるで、この世の圧倒的な神秘が、カードに宿っているかのようだ。
「大丈夫だ。近々、その魔物は討たれていなくなるとカードに出ている」
落ちてきたのは、魔獣が人々を襲う恐怖のカード。そして、盾と槍を持った戦士のカード、二人の人物が日向で座る平穏のカードだ。
それをしばらく見つめ、レナールが静かに言葉を紡いだ。
「そう、ですか……。よかったです」
細く微笑んだ姿は、ひどく複雑な表情だ。安堵と迷いと、機会を失ったなにかを惜しんでいるかのように瞳が揺れている。
はかなげに笑うレナールの姿を見つめ、アレッシェラは明るく笑いかけた。
「では、二つ目の占いの謝礼として、明日、私に付き合ってくれ」
「え!?」
まさか、謝礼を求められるとは思ってもいなかったのだろう。慌ててアレッシェラを見つめている。
「あの、これはお礼だったのでは……」
「ああ、もちろん」
目を見開いているレナールに、にっこりと笑いかける。
「お礼にひとつ――と言ったとおりだ。だから、二つ目は、有償だ」
「あ――!」
やられたという顔をしている。
「対価ならば、もちろん金銭という方法もあるが、折角グラフォーレ辺境伯が招いてくださったのだ。それならば、客人へのもてなしとして、領内の見所を案内してくれ」
頼んだぞと明るく告げる。
「ち、ちょっと待ってください! お礼ならば一緒に出かけるのではなくても、ほかにも――」
「なにを言う。グラフォーレ辺境伯に呼ばれた用件について、息子のレナール様が断るというのだ。それならば、断るレナール様が、代わりに、私に相応のもてなしをして、誠意を見せるべきだろう」
グラフォーレ辺境伯爵家の名折れとならないように――と明るく微笑むと、やられたというように、レナールは顔を上げて天井を仰いでいる。
「では、明日の朝九時に玄関で」
そう微笑むと、断る隙も与えずに扉を開けて、アレッシェラは通された客間へと戻った。




