1-3 問題のある求婚
伴侶?
最近、よく謁見で聞く言葉だ。別に結婚の申し込み自体は珍しくはないが、こんな場所で、しかも出会った瞬間突然にというのは初めてだ。
(しかも、先ほどの青年と――)
姿を思い返した途端、不思議な感覚が蘇ってくる。思わず、胸がトクンと鳴った。こんなのは、ダリオ殿下やほかの者の時には、感じたことがない。
とはいえ、それを隠していつもの艶麗な微笑で腕を組んだ。
「それは――唐突な申し入れだな」
「申し訳ありません。これには理由がありまして……」
「理由?」
首を傾げた時、空から名前を呼ぶ声がする。
「おーい、アレッシェラ」
「アレッシェラ様!」
見上げれば、青い空からは大鳥に乗ったルイサとジャミマス神が下りてくるではないか。下にアレッシェラ以外の人間がいるのに気がついたのだろう、ジャミマス神が下りるまでに、人には見えないように姿を消した。
だから、そのまま鳥に乗って地上に着いたルイサのほうへ声をかける。
「大丈夫だったか?」
「はい。あまりにもたくさんの蝙蝠でしたので、ジャミマス様がすべて火炎で追い払ってくださいました」
その言葉に、ジャミマス神が隣で得意そうな顔で笑っている。
『変な術の気配を感じたからな。ま、俺にかかればこんなもんだ』
ふふんという鼻歌さえ聞こえてきそうだ。そんな顔をするのなら、ガレオにも姿を見せればいいのにと思うのに、使っているのは、神力を扱う者にしか聞こえない心話だ。
だからガレオは、ルイサが告げた言葉のほうに目を見開いた。
「では、先ほどの蝙蝠はもう大丈夫なのですね!? あのそちらのお方は……」
空から突然鳥に乗って現れた女性に、ガレオが驚いた顔をしている。
「ああ、私の側近のルイサだ」
顔を向けながら紹介する。ジャミマス神は、姿を隠しているので紹介する必要はないだろう。ソ・レイジェラの者ならば普通に話しているくせに――と思うが、なぜか神々はあまり人間と直接話すのを好まない。
だからそう答えると、アレッシェラの視線の先で、ガレオは胸を撫で下ろした。
「では、レナールも無事なのですね。巻き込まないように遠くに行くと言っていましたが、襲ってきた蝙蝠が退治できたのなら、人に捜させれば家に連れ帰ることができるでしょう」
明らかにホッとした様子だ。
「なにか理由があるようだな?」
結婚の申し込みをされるのは珍しくはないが、それにしてはなにかわけありなものを感じる。
だから、そう尋ねると、周囲を見回し、ガレオは少し離れたところにある街道沿いの館を手で示した。
「あまりほかの人の耳には入れたくないお話ですので……。どうか、あちらでお話しさせていただけますでしょうか」
見れば、示されたのは、貴族用の店だ。個室もあるから話しやすいのだろうと、ガレオの頼みに頷く。
そして、こそっとルイサが乗っていた大鷲に話しかけた。
「ダリオ殿下は帝都にはいない。すぐに行方を追うように。この言葉のまま、ソ・レイジェラに伝えてくれ」
そう頼めば、ケエエと大きな声で鳴いて羽ばたきを始める。
これで、すぐにダリオ殿下の行方は、神殿が追い始めるだろう。とりあえず、ダリオ殿下の捜索はそちらに任し、アレッシェラは、貴族の旅用に造られている街道沿いの店へと向かった。
貴族の昼食に使われる個室に入り、勧められた深緑の椅子にアレッシェラが座ると、グラフォーレ辺境伯ガレオは、お茶とお菓子を運ばせる。そして、自らも座るや否や、眉を寄せた顔で、両手を組んで突然話を切り出した。
「実は、大聖女アレッシェラ様が婚活をなさっているという噂を耳にしまして――」
「婚活……」
自分のみならず、側の椅子に座ったルイサも思わず言葉がはもっている。今は神力でガレオには姿を見えなくしているが、空中に浮いているジャミマス神は噴き出す寸前だ。
「事実だが、随分と歯に衣着せぬ表現をするのだな、グラフォーレ辺境伯よ」
怒る気にもなれず、いつもどおり大聖女としての薄い笑みを浮かべながら答えると、相手は言い方が悪かったと思ったのだろう。
「俗な表現となり、申し訳ありませんでした。訂正いたしますと、大聖女アレッシェラ様が、側に置いて終生愛でられる美丈夫を募集されていると伺いまして――」
もっと微妙な表現になった。
なぜ、伴侶を探しているのが、そんな話になっているのだろうか。
「まあ、これなら婚活と言い換えたくなるのも、もっともですわよねえ……」
側に座ったルイサが、頬に手をあてている。その側で、ジャミマス神は姿を隠したまま大爆笑だ。
『さすが、大聖女アレッシェラ! 普通に結婚相手募集とは思われてはいなかったのか!』
『うるさいぞ、黙れ!』
神力を扱う者にしか聞こえない心話だからといって、言いたい放題だ。
(だが、まさか、愛玩する対象として、探していると思われていたとは――!)
道理で、やけに女慣れした者たちばかりだった。これならば、どうして縁談の来る全員が、女性問題を抱えるほどのイケメンたちばかりだったのかがわかる。思わず額に手をあてて俯き、一度はあと息を吐き出した。
「なにか噂が暴走しているようだが、私は、普通に自分の運命の伴侶を探しているだけだ」
そう答えれば、隣でルイサがうんうんと頷いている。
「そうですわ。まあ、アレッシェラ様は、世間でスパダリ大聖女と言われるほど雄々しくてかっこいいから誤解はわかりますが。せめて世間一般で言う三食昼寝つき永久就職先のお相手を募集しているという程度にしていただかないと。あら、でもこれはお相手の男性にとってが、そうなのかしら?」
「ルイサ……」
最早、擁護しているのか誤解を助長させようとしているのかがわからない。思わず半眼で呟くと、目の前のガレオが頭を下げた。
「失礼いたしました。ということは、特に美丈夫でなくても、対象になると?」
「顔がよいのに越したことはないが、別に筋肉ムキムキを求めてはいない」
相手がどんな姿で生まれ変わっているのかわからないのに、そこまで言うと、裸までもが審査対象だと考えられてしまう。各国から並べられた縁談相手が、我こそはと裸でポーズを決めて求婚する姿を想像し、思わず苦い顔で答えると、いきなりガレオが身を乗り出してきた。
「でしたら! うちの息子のレナールは腕っ節は特に強くはありませんが、妻に似てとても美しく、甘い顔立ちとも称されております。また性格は非常に温厚で、頭もよく、真面目なので、伴侶としては申し分のない人柄だと思います!」
パチリとアレッシェラの目が丸くなった。
話を聞いている限り、これまでの婚約者候補のような女性問題を起こしそうにはない。だが、そんな優良物件をわざわざ会ったこともないアレッシェラに持ちこんでくるとは――。
「それが本当ならば、なぜ私のところへ縁談を持ち込んだ?」
尋ねると、一瞬でガレオの動きが止まる。
「真面目で温和、しかも顔がよく、頭も優れている――そんな人物を、わざわざ今まで交流がなかったこんな年上の聖女に娶せたいと言うのならば、そちらにとってもなにか事情があるはず」
さすがに、辺境伯ともあろう者が、運命の相手というロマンチックな言葉の響きに惹かれて申し込んだということはないだろう。神殿の加護か、大聖女の後ろ盾かと暗に匂わせると、相手の眉が急に苦悩を告げるように深く寄せられた。
「はい。実は――レナールは、結婚したら、その相手が早死にするという予言がされておりまして……」
「ほう」
聞いた内容に、ぴくりとアレッシェラの片眉が上がった。
「十歳の時、レナールと縁が繋がっている者は、誰であろうと早死にするという予言がなされたのです。家族の誰も、それを真面目に受け取りはしなかったのですが、予言を気にしたレナールが家出をするという騒ぎが起き、連れ戻す条件として、やむを得ず、書類上だけ勘当ということにしたのです。もちろん、本当にレナールを捨てるつもりなどありません。ただ、それ以来レナールとの結婚は生贄になるのも同然だという噂が流れ――」
「それで、百八十歳になり不老長寿と言われる私ならば、その噂にも臆しないのではないか――と踏んだのか?」
「おっしゃるとおりです。私は、レナールが伴侶を早死にさせるなどという予言を信じてはおりません。息子には幸せになってもらいたい。ですが、本人がその予言を気にして、どんな縁談も受けようとはしないのです」
「ふむ――」
「今日は、どうしても避けられない招待と偽って、アレッシェラ様に目通りをさせようとなんとかここまで連れてきたのですが、あの蝙蝠が襲ってきたのを見て、自分が側にいるとやはりよくないことが起こると、遠くに離れようとしまして……」
「それで、連れ戻そうとしていたと」
「はい――とにかく、自分のせいで、周囲に災いが起こるのではないかと心配しているのです」
ふむ、とアレッシェラは少し首を傾げた。
先ほどレナールに出会った時の感覚――妙に気になる。
(それに、今の話だと、おそらく女性関係の問題はなしか……)
今までに各国が申し込んできた相手とは、かなり毛色が違うようだ。
とはいえ。
「本人と縁の続いた相手が早死にするという予言――」
言葉にすると眉唾ものだが、考えられる可能性はいくつかある。予言、先ほどの昼にもかかわらず襲ってきた蝙蝠たち。それらをあわせて考えると、その中で、最も疑わしいのは――。
先ほど出会ったレナールの姿を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「ちなみに、ご令息の体調は、前と変わりはないか? 先ほどは驚いているせいかと思ったが、以前よりも顔色が悪かったりとか、最近よく寝込んだりとかは、してはいないか?」
その言葉に、ハッとガレオは顔を上げた。
「それは……確かにそうです。最近よく体調を崩して寝込むようになり、普段も顔色が少し悪いような気がしていたんです」
その言葉にアレッシェラはニヤッと笑った。
「やはりな。予想どおりだ。だとしたら、その予言はただの法螺ではない」
「え!?」
「おそらく、何者かがご令息の命をじわじわと吸い取っているのだろう」
「なんですと!?」
顔色を変えたのは、辺境伯だけではない。側にいたルイサも、アレッシェラの言葉に驚いた表情をしている。その中で、宙に浮いたジャミマス神だけは、思い至ったようにひゅーと口笛を吹いた。
「おそらく犯人は、その時の予言者の姿をしていたものだ。生命を吸い取る術は、その者と縁の繋がった全員に及ぶ。だから、手っ取り早くご令息の命を食らい尽くすために、そんな予言で伴侶ができず、家族とも縁を切らせるようにしたのだろう」
「そんな……」
ガレオが、言葉を失ったように固まっている。
「では……! 私たちが、あの子が出奔しないためにしたことが、逆にあの子の命を追い詰めることになってしまっていたと……?」
「それは、当時の対応としては正解だろう。ご令息を家出から連れ帰れたし、書類上だけでも縁を切ることで、ほかの者の寿命が削られて死に、我が子を終生罪悪感で苦しめることが防げたのだ。ただ、このままでは、いつかご令息の命はすべて吸い尽くされてしまう」
「なんとか……! どうにかして、息子を助ける術はないでしょうか!?」
真っ青になった辺境伯が身を乗り出して迫ってくる。
それに、アレッシェラはニヤリと笑った。
「相手が闇魔法を使っているのならば、この大聖女アレッシェラの出番だ。まずは行って調べ、ご令息にかかっている術を必ずや解いてみせよう」
「あ、ありがとうございます!」
(それに――)
ガレオの礼を聞きながら、先ほどレナールに会った時の感覚を思い出す。
ひどく懐かしい感じがした。
(あれがなんだったのか――。彼が、夢に出てくる私の運命の相手なのか、それを確かめなくてはなるまい!)
握り拳を作り、立ち上がる。
さらりと薄い金色の髪を翻して立ったアレッシェラの姿に、辺境伯は涙を流しそうな顔をしている。息子に、命を吸い取る術がかけられていたことが、相当ショックだったのだろう。
大聖女の言葉に光明を見出して、頭を下げ続けるガレオを安心させるように、アレッシェラは力強く微笑んでみせた。




