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4-5 祓われる闇

「貴様、万死に値する」


 およそ聖女とは思えない低い声で、目の前の魔物へ刑を告げる。


 その声に、ニコルだった魔物は、怪訝そうにアレッシェラを見た。


 彼女からすれば、アレッシェラは次に食べられることを宣告された哀れな獲物だ。


 だが、今目の前に立っている姿は、力強く微笑み、手に持っていた連珠をじゃらっと広げているではないか。


 一つ一つが宝石を切り出して作られた珠だ。梅の粒ほどもある連なりは、価値としては恐ろしいほどのものだろう。


 それを両手に持ち、アレッシェラは今まで隠していた聖なる力を通した。


「なっ!?」


 魔物の目が大きく見開かれる。


 その前で、アレッシェラは連珠を闇色の空間へと浮かべる。連なる珠が波打ち、まるで風に乗っているかの如く動く。


「貴様は、ここには誰も助けには来られないと言っていたな。それが真実か、貴様と私の力、どちらが上か試してみようではないか」


 言うや否や、珠にはアレッシェラの聖なる力が満ち、その表面を覆うようにして姿を変えていく。


 金色の光が珠を包み、真っ直ぐ一筋の黄金になったかと思うと、ジャランと凄まじい音がして、闇を弾きながら輝く目映い聖杖となった。


「なっ……その聖杖は!?」


「ほう、どうやら見覚えがあるようだな」


 そう微笑むと、太陽と月が描かれた飾りのある先端を暗黒の天へと向かって掲げる。


「大聖女アレッシェラの名にかけて呼ぶ。我が力を借りてここに降りよ、ジャミマス神!」


 暗黒を切り裂くようにして、朱金の光が天から降ってくる。


 あまりにも眩しい光だ。思わずレナールが目の前に手をかざした。


 その前で、アレッシェラは聖杖を持ったまま立つと、光に驚いたニコルを傲然と見下ろしているではないか。


 いや、見下ろしているのはアレッシェラだけではない。その背後に浮かびながら立つ朱金の髪を翻したジャミマスもだ。太陽を思わせる金色の髪が神々しく輝き、炎の色が散った青色の瞳が、魔物を見下すようにして立っている。


「随分と乱暴に降ろしてくれたな」


「貴男が、そもそも意図的に連絡を忘れなければ起こらなかった事態だ。後始末を手伝ってもらおうか」


 並ぶ面影の中で、ちっと軽く舌打ちが聞こえたような気がした。


「わかったよ。代わりに、これでこの件については貸し借りなしだからな」


 そう言うと、燃える太陽のような色の腕を上げていく。


「ま、待ってよ! まさか、お前――その神降ろしの術は……! まさか本物の大聖女!?」


「せっかく名乗ってやったんだ。地獄への土産として覚えておけ」


 そう言い終わると同時に、ジャミマス神が手を振り上げる。その手の先に浮かんでいるのは、凄まじい炎だ。それが同じ動作をしたアレッシェラの聖杖へと宿り、魔物の体を貫いていく。その瞬間、容赦なく業火が魔物を包んだ。


 さすが、炎を司る神だ。一瞬にして周囲の空間を白く埋め尽くすと、ニコルだった体が炎の中へと消えていく。


「ぎゃああああ!」


 凄まじい白炎だ。容赦のない聖なる力に消滅させられていく。


 あまりにも突然の事態に、魔物の手から放り出されたレナールは、床に投げられたまま呆然としていた。


 やがて炎が消えて、元の部屋の姿に戻ると、じゃらんとなった聖杖の音に気がついて、アレッシェラを見上げる。


「アレシナ……君は、まさか……」


「嘘を言って悪かった。アレッシェラ・アルセリア、それが私の本名だ」


「アレッシェラ・アルセリア――では、本当にソ・レイジェラ山の大聖女である……」


「ああ、そしてこちらは偽りではない。あなたの婚約者だ」


 話した言葉を信じられないように、目を開いて見つめている。


「あーあ、くそっ。まさか今になって出会ってしまうなんて……!」


 うっかりしていたと、頭上でまだ浮かんでいるジャミマス神が、悔しそうにまだ炎色に輝く手で朱金の髪をかき乱している。


「どうやら、私の運命の相手で間違いがないようだしな」


 さすがに、このジャミマス神の言葉には呆れた。


「いや、でも」


 そのままあっさりと認めればいいのに、なぜかジャミマス神は、空中に浮かんだままアレッシェラに食い下がってくる。


「ほら、運命の相手って、もっと出会いとかがドラマチックなもんだろう? 最初から決まっていたのでは、面白くもなんともないだろうが、な?」


「生憎、レナール様との出会いは、空から落ちた私を助けるという大変ロマンチックなものだった。その辺の恋物語にも負けないぞ?」


 誰かさんが連絡を忘れたおかげでと言えば、うっと言葉を呑んでいる。


 不利だと思ったのか、ジャミマス神の顔が、慌ててレナールへと向いた。


「あ、そうだ。お前だって、実は、今世では女性に興味がないんだろう?」


(こいつ、やっぱりついてきて聞いていたな……)


「あんな肉体美の魔物に迫られたって、動じなかったんだからさ。それなら、俺がそっちのほうが好きな神を紹介してやるし。そうしたら、アレッシェラも自由に伴侶が選べるし、な?」


「貴様、私の目の前でどういう了見だ!?」


 ぶんと聖杖を振り回す。


「ああ、くそっ! そいつはなあ、前世でお前を好きすぎて、天界でやってはいけないことをしてしまった男なんだよ! それなのに、たった百八十年で、見守っていたお前と結婚するかもしれん俺の気持ちにもなれ!」


「たった百八十年って、神々の感覚を私に持ち込むな!」


 聖杖を一振りするが、ひょいっとかわされる。


「いいか、俺は絶対に反対だからな!」


「あ、こら! どうせならもっと詳しく話していけ!」


 叫んでも、そこはやはり神の自由さだ。空に飛び上がったまま、姿を消してしまったのに、小さく息をつく。


 振り返れば、部屋に残っていた魔法による闇も、先ほどの強力な炎で完全に消えている。


 再度、窓から差す月の光が、部屋の中に満ちていく。


 だが、その中で、レナールはまだ今あったことが信じられないように呆然とした顔をしていた。


 突然だったのだから、当然だろう。


「レナール様」


 だから、そっと右手を取った。


 月の光の中に持ち上げると、レナールの手からは、今までは見えなかった黒い粒が浮き上がって消えていく。手だけではない。顔からも、首からも。おそらく全身についていたのだろう。服の隙間から外に出て、やがて月光の中で消えていく。


「魔物を焼くのと同時に、その魔物がかけていたあなたへの術も焼けた。だから、これからはもうあなたを通じて、誰かの命が吸われるということはないんだ」


 持った手をゆっくりと頬に添えながら言うと、レナールの顔が驚いたようになった。


「だから、安心して私との婚約を認めてくれ」


 そう言うと、丸く開いていた目が、ぐしゃっと泣くように歪んでいく。


「本当に……俺と婚約を……?」


 いくら運命の相手と言われたからって……と、震える声で呟いている。


「だけど、俺は前世で……天界で、やってはいけないことをした男だって……。それもあなたを好きすぎて……。そんな男を……」


「それが本当だったとしても、過去のことだ」


 その姿に、アレッシェラは穏やかに微笑んだ。


「それに、きっと私たちは両思いだった。そう思うんだ」


「そんな――記憶があるわけではないのでしょう?」


「ああ」


 震えながら問うレナールに強く頷く。


「記憶はない。だけど、きっとそうだったと思う」


 夢の中で――アレッシェラは繰り返し、自分は相手が思っているのよりも、本当はずっと好きだったのだと伝えたがっていた。転生してもそれを忘れなかったのは、もう一度会って伝えたかったからに違いないだろう。


 ――あなたが好きだと。


 なにも覚えていなくても、なにも知らなくても、それだけは彼に伝えて、また側にいたかったのだ。


 だからと、アレッシェラはレナールを見つめた。


「私は、それを伝えたくて、あなたを忘れなかったんだと思う」


 口にすればレナールの青紫の目が見開かれる。


「たしかに私が捜していたのは、夢で見た運命の人だ。だが、心はあなたに会うたびに嬉しくてたまらなかった。あなたが運命の人かどうかわからなくても――」


 その言葉に、レナールの瞳は、アレッシェラの瞳に縫い留められたように見つめている。


「それに――」


 レナールの顔を見ながら、アレッシェラは静かに笑いかけた。


「本音を言えば、私は、まだあなたが本当に運命の人かわからない時から、あなただったらいいなと思っていたんだ」


「え……?」


 驚いたように、レナールの唇から声が漏れる。


「それは、どういう――」


「私は、あなたが私を心配してくれるたびに嬉しかった。幸せで――あなたの側にいるのが嬉しくて。きっとこれが恋するということだと思っていた。だから、レナール様が私の運命の相手だとわかって心から嬉しい。あなたでなければ、きっと悲しかった」


「本当に……?」


「ああ」


 泣きそうになるレナールの手を力強く握る。


「だから、私と運命を共にしてくれ! 私がきっと幸せにしてみせるから!」


 あまりにも強く宣言したことで、レナールが面食らっている。そして、やがて我慢ができなくなったように涙を浮かべながら、笑みをこぼした。


「まさか男の俺がプロポーズされるなんて……。かなわないですね、あなたには」


 そして、自分の手を持っているアレッシェラの手を包むように強く握り返す。


「本当は……、あんな予言をされた俺なのに、君がそれでもかまわないと婚約してくれたと聞いた時、まさかと疑いながらも、心の中では嬉しかったんです」


「うん……」


「そんなはずはない、きっとこれまでと同じように父の身分を知って、親が強制したのに違いないと思いながらも……君が、俺の側にいて、逃げずに笑いかけてくれるのに、心が躍ったんです。手を組んでも、怖がらなかった時、君を愛する未来を夢見てしまいました」


 だからと止めていた涙が溢れながら話す。


「今止めなければ、俺はきっと君に恋をします。それこそ、歯止めが利かなくなるほど――君の愛情を切望するでしょう」


「いくらでも望んでくれ。止めるつもりはない。私は、今度こそあなたに私が幸せだとわかるように十分返すつもりなのだから――」


 そう答えると、レナールは泣いたままで笑いながら顔を向けた。


「でも、また、覚えていない過ちを繰り返すかもしれませんよ?」


「それでもかまわない。いや。今度は私がそうはさせない」


 ぎゅっと手を握りしめる。


「昔は、きっとなにか行き違いがあったんだ。今度こそ、私たちは幸せになろう。ここで生きてきたあなたのこれまでの悲しみがわかるのも、私の長い孤独を癒やせるのも、お互いだけなのだから――」


 そう微笑むと、アレッシェラの肩に顔を埋めたレナールから嗚咽が洩れてきた。


 その体を優しく抱き締める。


「きっと私たちは、最良の伴侶になれる。その証拠に、私は今こうして目の前にいるあなたが心の底からとても愛おしい」


 そう話すと、レナールの腕もその言葉に応えるように、アレッシェラの体を抱き締めてくる。


 温かい。


「未来永劫共にいると誓うよ。だから、ずっと共に生きてくれ」


 その言葉に、レナールは何度も頷いて応えた。


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