3-9 気がついたなにか
どうして、アレッシェラを避けていたレナールがこれほど焦っているのか。
わからなくて、アレッシェラの瞳を覗き込む目をジッと見つめる。
「レナール様?」
「戻ってきて、あなたの姿が見えないから近くに残っていた人に聞けば、服装が下町の者らしき男に押されるようにして歩いていったと聞いて……! 急いで探知魔法を使いましたが、年頃の令嬢のあなたを一人残すのではなかったと、どれだけ心配したか!」
「心配……してくれたのか」
じっと青紫の瞳を見つめながら、その言葉を繰り返す。
「当たり前です! 美しい令嬢を拐かそうと企む者たちも多いのです! 今回の火事騒ぎだって、ひょっとしてそれを狙って行ったのかもしれないと気になって……!」
(嬉しい)
嘘偽りのない感情が芽生えてくる。
大聖女ではないアレッシェラを心の底から案じてくれた。自分にまっすぐに向けられてくる感情が、どれだけ嬉しいものか――。
(こんな眼差しを向けられたのは、久しぶりだ。私自身をその瞳に映してくれている)
ずっとほしかったものに違いない。だから、にっこりと笑った。
「大丈夫、なんでもない。少し用事で呼び出されただけだったから」
「なんでもないはずがないでしょう!? 見た人の話だと、荒くれ者に近い服装だったとか。そんな者が、異国の令嬢のあなたにどんな用事があるというのです!? あなたの姿ならば、言葉巧みに連れ去ろうと狙ったのかもしれないのですよ」
(うん、かなり心配性だ……!)
きっと、幼い頃から家族の心配をずっとしてきたことも関係しているのだろう。でも、そんなふうに、アレッシェラのことも、心配して考えてくれるのが嬉しい。それに、遠回しだが、どうやらアレッシェラのことを美人だと思ってくれているようだ。
だから、はにかみながらレナールに笑いかけた。
「いやいや、本当にたいしたことではなかったんだ。ただ、昔に何度か顔を合わせた男性が、ここにいたので、私と話したかったみたいで」
縁談そのものをなかったことにするとダリオ殿下に話したあとなので、そう答えると、急にレナールの眉がぴくりと上がった。
「昔――何度か会った男性?」
「ああ、偶然ここにいたらしい。それで、私とひそかに話したいと」
そう答えた刹那、なぜかレナールの表情の動きが止まった。瞳の動きが停止し、ジッとアレッシェラを見つめてから、静かに目を下に落としていく。
「――そう、ですか……。何度も顔を合わせた男性が、たまたまあなたの縁談先に……」
うんと、アレッシェラが眉を寄せた。先ほどまでの、説教の勢いが嘘のように沈痛な表情だ。
なにか、今の言葉だと違う解釈をしたのではないだろうか。
「勘違いをしてくれるなよ? 本当にただの知り合いだからな」
「ええ――わかっています。あなたにとっては。ただ、あなたは誰もが目を奪われるぐらい美しい人ですし……」
(しまった! なにか違う風に捉えたようだ!)
「レナール様……」
慌てて声をかけるが、寂しげに笑われる。
「俺はもう少し兄と後片付けがありますので、先に館に戻っていてください」
(まずい! ひょっとしたら、勝手に思いを寄せている者が、縁談先まで追いかけてきたと誤解したのかもしれない!)
「違うんだ。そうではなくて!」
「いえ、お気になさらないでください。そういうことでしたら、きっと、俺よりもあなたを幸せにできる方だと思いますので――」
寂しげに笑った。縁談を嫌がっていたはずなのに、なぜか背けたレナールの顔は、ひどく辛そうに目を伏せている。その顔が、なぜか夢の中のはっきりとしない面影と重なった。
アレッシェラを不幸にしたと、悲しみながらどこかに連れて行かれる相手――。
ただ、切ないまでに悲痛な声の響きが心に蘇る。
「違う!」
だから、咄嗟にレナールの腕を掴んだ。
そして、横を向いた顔に手を伸ばす。アレッシェラから逸らした目に、もう一度自分の姿を映してほしくて――。
「レナール様……!」
目をこちらに向けさせるため、頬に左手を添える。その途端、触れた皮膚の下から鼓動がどくんと伝わった。
刹那、感じた力に目を見開く。
(なんだ、これは!?)
今まで、人には感じたことのない力だ。
(この力はおそらく――)
だとしたら、神々は、この魂の持ち主になにをしたのか。
ハッと目を見開いた瞬間、レナールも頬に添えられた手に、驚いたようにアレッシェラを見つめている。
わずかに目が潤むようになった。まるで、なにかアレッシェラと似た感覚に囚われたような顔だ。
だけど、目が合って、次にレナールが取った行動は、アレッシェラの手を外すことだった。
そして、静かに背を向けていく。
「馬車を用意させます。それでお帰りになり、一刻も早く国にお戻りください」
「レナール様……」
「そんな方がおられるのなら、早く帰られたほうがいいです」
「それは違うと先ほどから――」
「たとえそうではなかったとしても、どちらにしても、俺ではあなたを幸せにはできないのです。だから、お帰りになるほうがあなたのためなのです」
そう話すと、背中を向けたまま、すぐに歩きだしていく。
そのすべての言葉を拒むような背中を見つめながら、アレッシェラは先ほど感じたレナールの力に、左の手のひらをぎゅっと握りしめた。
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