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3-6 デートに障害はつきもの

少しタイトルを変えてみました。また変えるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。

「アレシナ嬢!」


 あまりにも突然襲ってきたものに、無事だったレナールが急いで駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


 その顔は、こちらが驚くほど真っ青だ。咄嗟に肩に置いた両手が、細やかに震えている。


「ああ、私は大丈夫だ」


 そう微笑んで言えば、レナールが目に見えてホッとした表情になった。


「そうですか、よかった……」


 この一瞬に、どれだけ心配していたのだろう。笑うアレッシェラの顔を見て、目が泣きそうに緩んでいる。


「レナール様……」


 その眼差しがこちらの心にまで染みこんでくるようだ。


「よかったです。でも、いったいどこから飛んできて……」


 見れば、床に散ったガラスの間には、黒い石のようなものが転がっている。それをアレッシェラはひょいっと拾った。


「あ、ガラスが!」


「大丈夫だ」


 心配するレナールに答えながら、指でつまんだものを見つめれば、石には間違いないが、ひどく黒光りしている。くんと石の臭いを嗅いだ。


(表面に塗られているのは……毒の一種か!?)


 こんなものが当たって、石に塗られた毒が傷から皮膚の内側に入れば、軽傷でも命の危険に晒されるだろう。


「いったい、どうしてこんなものが」


 アレッシェラが飛んできた石に視線を注いでいる間にも、レナールは周囲を捜すように見回している。


 その姿に、人混みの奥から声が響いた。


「犯人はこいつらだ」


 目を向けると、並んだ人たちの奥から、モーリスが両手に子供の襟を掴みながら、こちらへとやってくるではないか。なぜか背後には、バイオリンを手にした者も連れている。


「兄……いえ、若君様」


 人前なので、レナールが勘当された身としての言葉遣いに変えた。


「兄上だ」


 そのレナールの発言に、モーリスがにっこりと笑って訂正を促す。


 人前で恥を掻かせるわけにはいかないので、渋々、レナールがその呼び方に応じた。


「兄上。犯人とは、ではその子供たちが?」


「ああ。向こうに展示されている投石機に触って遊んでいて、石を投げてしまったらしい。ガラスが割れたのを見て、真っ青になって立ち尽くしていたよ」


「ごめんなさい。まさか、そんな方向に石が飛んでいくとは思わなくて……」


「もっと手前で落ちると思っていたの」


 襟を掴まれた二人の幼い子供たちは、大粒の涙をこぼしている。


 その姿に、レナールは身を屈めた。


「そうか。展示物の中には危ないものもあるから、それには触らないようにと書いてあるけれど、まだ字が読めない歳だよな。これからは気をつけてくれ」


 そう言いながら、泣いている子供たちの頭を広い手のひらで撫でてやっている。子供たちが涙をこぼしながら、こくんと頷いた。


「ところで、兄上――」


 子供たちに向けていた柔らかな視線を、側に立ったままのモーリスに向ける。


「どうして、ここにおられるのですか?」


「え?」


 その言葉に、レナールの様子を見守っていたモーリスの笑顔が固まった。


「今日のお仕事はこちらではないはずでしょう? どうして、今ここにおられるのかと思いまして」


 見上げてくるレナールの眼差しに、モーリスは目をパチパチとさせている。そして、腕を組むと笑顔で口を開いた。


「今日の仕事ならば、すべて明後日に振り替えた。なにしろ我が弟が、ついに人生初のデートをするんだからな! 兄ならば、成功するように手助けをするのが、当たり前だろう!」


「つまり、最初から尾行をしていたと」


 はあとレナールがため息をつく。


「この博物館に、いつから音楽が流れるようになったのかと思っていれば……」


 そう兄の後ろにいるバイオリンを持った楽士を見ながら呟く。


「デートに雰囲気は重要だろう!? より甘さを増して、互いの気持ちの高まりを狙えば、難攻不落のお前だって雰囲気に流されるかもしれないじゃないか」


「一応血の繋がっている者相手に、女性と間違いを犯せという人を初めて見ました」


「違う! 鉄壁の要塞も蟻の一穴からというだろう! だいたいそんなに美しい女性と一緒にいて、間違いを犯したくならないというほうが、男としては不健全だぞ!?」


「はいはい――不健全な鉄壁でいいですから」


 そう軽くいなすと、レナールは再び子供たちへと視線を向けている。


「ところで、投石機の石は、小さい子が取れないように、高いところに展示してあったはずなのだけれど、どうやって取ったの?」


 安全のため、子供たちには取れないところに置いてあったはず――と、レナールが尋ねれば、青い帽子をかぶった子供が、少し決まりが悪そうに、両手をもじもじとさせている。


「うん。取れなくて……側で手を伸ばしていたら、赤いドレスの女の人が渡してくれたの」


「赤いドレス?」


 聞いた言葉に、周囲を見回す。


 いくら子供が取りたがっていたとしても、そもそも幼い年齢の子が触らないように高い場所に置いてあるのは明白なので、大人ならばふつうそんなことはしない。


 もし、それを敢えてしたとするのならば――。


 その意図を予想し、周囲を捜すと、一人の女性がこっそりと遠ざかっていこうとしている。


 見事な胸を強調した赤いドレス――。遠目からでも目立つ姿を見つけ、思わずアレッシェラは半眼になった。


「あれは――」


 見覚えのある後ろ姿だ。その背中に声をかけた。


「テディス公爵夫人、ここになんのご用で来られたのか?」


 呼びかけたアレッシェラの声に、ぎくりとテディス公爵夫人が足を止めている。そして、パッと笑顔になって、こちらに駆け寄った。


「レナール様がこちらにおいでになっていると伺いまして。私も興味のあったところなので、ぜひご一緒したいと思って来たのですわ」


「テディス公爵夫人、いくら子供が取りたがっていたとしても、あの石を渡すのは危険なのでおやめください」


 柔らかくレナールがたしなめると、少し唇を噛んでから、あらと片手を唇に添えている。


「ごめんなさい。初めての場所なので、うっかりしてしまいましたわ。取れないようにしてありましたのね」


 白々しい笑みだ。投石機は方向が変えられるようになっているが、どうしてそれがまっすぐにアレッシェラを狙っていたのか――。


(ふむ、恋敵ならば、これぐらいは覚悟をするべきか)


 石を渡したのが、テディス公爵夫人ならば、毒を塗ったのもそうかもしれない。だが、石に毒を塗るだけならば、ほかの者でもできる。


 ちらりと周囲に視線を流した。


(ほかにも誰かいるな――)


 先ほどよりは減ったが、やはりまだ人混みの中から視線を感じる。


 どこからだろう。探るが、見学に来ている人の数が多すぎる。


 アレッシェラが視線を逸らした一瞬の間に、テディス公爵夫人がレナールの腕を甘えるように両手で取った。


「本当にお騒がせしてごめんなさい。もうこんなことをしないように、レナール様にご案内をしてもらってもいいかしら?」


 そう言うと、掴んだレナールの手を自分の豊満な胸に押しつけるようにしているではないか。見上げる瞳は、ひどく甘やかで媚びを含んだものだ。扇情的な眼差しに、レナールが急いで手を振りほどこうとする。


「テディス公爵夫人、それは、困ります。密着しすぎているので離してください!」


「あら、いいではありませんか。私もここの客人ですわよ。その小娘の腕を取って案内されるのならば、ぜひ私も同じもてなしをしていただきたいわ」


「いいですとも、もちろん」


 そう返事をして、腕を差し出したのは、子供を見送ってから振り返ったモーリスだ。


「俺が直々に公爵夫人のおもてなしをいたしましょう!」


 素晴らしい空気の壊し方だ。夫人が醸し出していたなまめかしさをともなった雰囲気が、その笑顔に一瞬で崩されている。


 その隙に、慌ててレナールがテディス公爵夫人の胸から腕を引き抜いた。アレッシェラの時と似ているが、逃げ方は完全に全力だ。


 レナールの腕に逃げられて、テディス公爵夫人は声をかけたモーリスに、不満そうに腰に手をあてながら顔を向けた。


「ちょっと、私はレナール様にもてなしてもらいたいと言ったのよ」


「辺境伯爵長男の俺ではご不満でしょうか?」


「あのね、私はレナール様に興味があるの。それならば、その相手と二人きりになりたいのは当然でしょう?」


 言外に邪魔をしないでと匂わせると、すぐに近くに展示されていた布へと目をやっている。


「あら、この布なんてステキね。同じ染め物でドレスを作りたいから、レナール様この工房にご案内をしてくださるかしら」


 その娘は、モーリス様に任せてと、しなだれるような視線でレナールに近寄っている。


 もう一度夫人がそっと手を伸ばそうとして、さりげなくレナールが一歩後ろに下がった。


「いいですよ。虫をすりつぶして、染められている布ですが」


「虫……」


 思わず、テディス公爵夫人の動きが止まる。


「ご興味がおありならば、館の者に案内をさせますよ。染める布地は絹工房で作れますし」


「なぜ、虫で揃える……」


 思わずアレッシェラが、レナールのにっこりとした笑みに呟いてしまう。それにモーリスが横から微笑みながら声をかけた。


「では、柄は、蜜蝋で作られてはいかがでしょうか。そうすれば、最高のコーディネートになること間違いなしです!」


「ちょっと! なんで、私のドレスを虫づくしにしようとするのよ!」


「いえいえ、夫人の好みならば尊重しなければと思いまして」


「勝手に虫マニアにしないで!」


 夫人が叫んでいる間にも、モーリスは笑顔で、こそっとこちらに耳打ちをしている。


「夫人のことは俺に任せろ。そちらは、せっかく先ほど肩を抱くところまでいったんだ。この調子で頑張れ」


「兄上、見た内容を勝手に脚色しないでください」


「なにを言う。初めてのデートで、お前が肩に手を置くところまでいったんだ。俺はアレシナ嬢の恋を全力で応援するぞ」


「俺ではないのですか!?」


「お前に任せていたら、俺が年寄りになってひ孫ができても結婚せん」


 だから、よろしくとアレッシェラに向かって、指をぐっと立てている。


「ちょっと、なにをこそこそと話しているのよ」


 一人残されていたテディス公爵夫人が、いらいらとして声を張り上げる。


 その時だった。きゃあああと叫び声が聞こえる。


 振り返ると、廊下の奥のほうから白い煙が流れてくるではないか。


「火事だ!」


 その言葉に、アレッシェラは目を見開いた。



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