閑話 パートナー契約の罠
アルとリコリスの模擬戦が終わった後、これ以上の悪目立ちは避けるためにもギルドからさっさと退散しようとしていたカンナだったが、どういう意図からか、リコリスに呼び止められてしまった。
(このおっぱいエルフ、私だけを呼びつけるということは、裏を返せばアルさんを一人にするってわけだ。それがどれだけ危ういことか、ちゃんとわかってるのかしらね。エルフは見た目が若くても長命種だから、もしかしてボケちゃってる?)
心の中で失礼千万な毒づきを重ねるカンナの顔は、不本意な呼び出しを受けたこともあって、まるで梅干しを口に含んだかのように歪んでいた。
「カンナ、あなた何か失礼なこと考えてない?」
「失礼なことなんてそんな。単に、おっぱい大きいと肩こりもひどいのかなぁって、よくある話の真偽を考えていただけよ」
「肩こりよりも、足下が見えない方がキツイわね」
「………………」
さすがは荒くれ者たちが集う冒険者ギルドの副長。そこいらのエルフならセクハラ発言の一つで耳の先まで真っ赤にするところだが、余裕の笑みで受け流してみせた。
カンナの挑発を軽やかにスルーするどころか、巨乳あるあるを使って『あなたにはわからないでしょうけどね、うふふ』と、言外に煽り返してくる始末だ。
カンナはぐぬぬと口を噛み締め、心の中で素直に負けを認めた。たとえ胸のサイズで負けていようと、心の広さでは負けないとも思い直しながら。
「それよりも、あなたが連れてきた魔族の……ええと、アル・ヴァースさん? 彼について、あなたに言い渡しておくことがあるわ」
「アル・ヴァース? ちょっとごめん、彼の登録用紙を見せてもらえる?」
普通なら簡単に見せてもらえる個人情報ではない。せいぜい親密な関係者からの申告があり、本人の同意があって初めて開示されるような書類だ。
しかしリコリスは、あっさりとアルの申込用紙を差し出した。このギルドにおける個人情報の取り扱いに懸念を抱きはするものの、今は都合がいいので黙っておくカンナだった。
それよりも、聞き覚えのない名前の確認が先だ。
渡された登録用紙に書かれていたのは、アルの自己申告によるプロフィールだった。文字はリコリスが代筆している。文字の読み書きができない者も多いため、ギルド側で代筆するのは珍しくない。
とはいえ、リコリスは真偽を見抜く『解析』の能力を持っている。しかし、ここに書かれている内容のすべてが真実というわけでもないようだった。
冒険者の新規登録はリコリスの専属業務ではなく、他の受付嬢が担当することもある。
その全員が解析能力を持っているわけではないため、基本的には本人の申告内容通りに記載されるのが普通だ。仮に嘘が含まれていたとしても、いちいち気にしていたら冒険者登録者など激減してしまう。
冒険者になろうとする者は、多かれ少なかれ脛に傷持つ身なのだから。
アルの登録用紙の項目は、以下のように記入されていた。
名前:アル・ヴァース
性別:男
年齢:二百十八歳
種族:魔族
出身地:魔大陸
家族構成:──(無回答)
魔法適性:あり
希望する職業:戦士
得意武器:素手
得意分野:なんでも
実戦経験:あり
特殊能力:──(無回答)
その他特記事項:冒険者カンナとパートナー契約締結
(なるほど、冒険者用の名前としてアル・ヴァースにしたわけね。そりゃ本名であるアルフォズル・ニルヴァースだとマズイか)
カンナは納得しかけたが、それ以外の項目――特に技能や能力に関する記載の適当さに、思わず渋い顔を浮かべた。
「それ、ほとんどデタラメでしょう?」
リコリスがずばりと切り込んでくる。
「性別とか種族とかは本当だろうけど、まず名前からして偽名みたいだし、希望職業が戦士なのに得意武器が素手って意味がわからない。せめて片手剣とでも言いなさいよ」
カンナも全く同じ意見だった。
名前に関しては解析で見抜かれたのだろうが、それ以外の項目も見るからに適当だ。アルが何も考えずに答えたのが丸わかりであった。
だからといって、カンナが素直に認めるわけにはいかない。
相手は齢二百年を超える妙齢のエルフにしてギルドの副長だ。下手に隙を見せれば、どんな不利益を被るかわかったものではない。
「別にいいでしょ、デタラメでも」
強気の態度で言い返してみたカンナだった。
「ひどい人になると、性別まで嘘って人もいるじゃない。そういうのでも問題にしないんだから、アルさんだけ問題視したり……しないわよね?」
けれど、すぐにボロが出た。やはり、駆け引きなど向いていない。最後の最後で不安になり、上目遣いで顔色を窺ってしまう。
「問題視しない──と、思う?」
「うん、思う!」
せめてもの抵抗として、カンナは明るく断言してみせた。
「何しろ相手は魔族ですからね。やっぱり嘘を吐かれると気になるのよ」
「ちょっと! あたしの返事を無視しないでくれる!? せめて否定なりなんなりのアクションが欲しいんですけど!」
「彼に関する正しい情報が少しでも欲しいの。彼が話さないなら、あなたからいろいろ教えてもらえない?」
「………………」
軽口に付き合わず、真面目なトーンを崩さないリコリスに対し、カンナも溜息をついて真面目に答えることにした。
「そんなに知りたかったら、直接本人に聞けばいいんじゃない?」
「それで正直に話してくれる? 下手なこと聞いて、寝ている剣虎の尾を踏むような真似はしたくないのよ」
「私としては、リコリスがビビりすぎって感じ。いつも通り、普通に冗談を交えて会話すればいいのよ。ああでも、あの人に《《女の武器》》は使わない方がいいかも。なんとなく、そういうので機嫌を損ねそう。あと、賄賂とかもやめた方がいいかもね。そういう小細工は嫌いだと思うわよ?」
アルの持つ規格外の能力の前には、小細工など意味を成さない。魔王として生きてきた過去もあり、裏切りや騙し合いが日常茶飯事の魔族社会を知る男だ。
素直に接することこそが、信用を得る唯一の近道だとカンナは考えていた。
「私としては、あなたの無警戒っぷりが怖いわ」
呆れたように首を振るリコリスに、カンナは困惑する。
「アルさんが実際に悪さをするような人じゃないとしても、魔族を相手にどうしてそこまで信用するようになったのよ?」
カンナが彼を信用している理由はシンプルだ。彼女の固有技能である全知検索を使えば、相手の詳細な情報など筒抜けだからである。
しかし、アルが絶対神の摂理を秘匿しているのと同様、カンナも自身の全知検索については秘匿していた。冒険者登録時にも無回答で押し通している。
「あのね、リコリス。私から言えることは、とってもシンプルなの。『アルさんを怒らせるな』。ただこれだけ。そうすれば、万が一のことなんて起こらない。それどころか、ギルドの歴史に名を残すような活躍を見せてくれるかもよ?」
「……………………はぁ」
無言で睨みつけてくるリコリスだったが、カンナが負けじとにらみ返していると、やがて根負けしたように深い溜息をついた。
「わかりました、彼については……まだ全幅の信頼を寄せることは難しいけれど、あなたに免じて、その登録内容で通しましょう。いいわね?」
「いいも悪いも、そうしてよ」
「わかりました。では、ギルド長にはそのように私から話を通しておくわ。それでもあなたや彼を呼び出すことになるかもしれないので、そのときは素直に応じてちょうだい」
「まぁ、そのくらいはしょうがないわね。わかったわ」
「それじゃその登録書類、返して。後は処理しておくから」
「はいはい」
やれやれ、とカンナは肩の力を抜いた。これでようやくアルの登録に関する面倒事は一段落したはずだった。
「それじゃカンナ、これからはあなたがパーティリーダーとして彼と一緒に頑張ってちょうだい。彼一人での依頼受領は、規定通り認めませんから」
「はいは……はぁ!? え、何それ?」
思わぬ言葉に、カンナの目が点になる。
「パーティリーダー? あたしが?」
一緒に頑張るということは、アルの仕事もカンナが引き受けて同行しなければならないということだ。
「ちょっと、勝手に決めないでよ! あたしは別に、アルさんとパーティを組んだわけじゃないんですけど!?」
抗議するカンナに対し、リコリスは登録用紙の〝その他特記事項〟の箇所を指でコンコンと叩いた。
そこには『冒険者カンナとパートナー契約締結』と書かれている。
「ぱっ、パートナー契約でしょ!? パーティ契約じゃないわよ!?」
通常、ここに記されるパートナー契約とは、ごひいきにしている鍛冶屋や道具屋といった店舗・店主名を指す。冒険者側には道具の調達先を示す意味があり、店側にとっては新規顧客獲得に繋がるため、ギルドを媒介とした一種の広告宣伝として機能していた。
「特記事項には、固定パーティのメンバー名も書くでしょ? ああ、あなたは単独冒険者だから知らないんだっけ?」
「いや、知ってるけど……」
不要な揉め事を防ぐため、ギルドではパーティ編成の固定化を推奨している。だからこそ、パーティを組む際は特記事項に契約を明記するのが通例だった。
「でもほらそこ! パーティじゃなくてパートナーでしょ!? 違うじゃん!」
「三人以上ならパーティ契約って書くけど、あなたたちは二人でしょ? 二人だったら、パーティっていうよりパートナーって感じじゃない」
「いや、そうだけど! そうだけど、それとこれとは違くない!?」
「違くありません。冒険者ギルド副長が言うのだから間違いありません」
完璧なまでの職権乱用と屁理屈に、カンナは顔をひきつらせた。
「職権乱用だ! 横暴だ!」
「だまらっしゃい! この書類で登録するって言ったでしょう? 中身を見て、それで了承したのはあなたなんですからね」
まんまと乗せられたことに気づき、カンナは「ぐぬぬ」と声を漏らす。あらかじめ非公開の登録用紙をあっさり見せてきたのは、この罠にハメるためだったのだ。
「というか、これくらいは受け入れてちょうだい。冒険者ギルドの副長というよりも、友人としてのお願いよ」
悔しがるカンナに向け、リコリスは声を柔らかくした。
「あなたがアルさんを連れてきたんだから、ちゃんと面倒みなさい」
「……なんであたしが、拾ってきた野良猫をほったらかしにして親に怒られる子供みたいなことを言われなくちゃならないのよ」
「たぶん……彼と上手く付き合えるのはあなたしかいないと思うのよ。それとも、あなたでさえ彼とパーティを組むのは嫌なの?」
「うぬー……」
出会った直後なら即答で断っていただろう。しかし、彼が人族社会に馴染むまでの繋ぎとして付き合ってやるのも悪くはない。カンナはそんな風に考えた。
「わかったわよ……しばらくの間は、一緒に仕事すればいいんでしょ。でも! 一生は嫌だからね!? あと! 暇なときはリコリス、あなたも付き合いなさいよ!」
「逃げちゃダメよ」
「おにょれ、老獪なおっぱいエルフめ……!」
楽しそうに釘を刺してくるリコリスに向け、カンナは悔し紛れに背中で手を振りながら、執務室をあとにした。
すっかり意気消沈した足取りで一階へと階段を下りていく。
(はあ……あたしがパーティリーダーだなんて……)
ギルドの一階に広がる酒場スペースへ目を向けると、何やらキョロキョロと怪しい動きをしている背の高い男の姿が目に飛び込んできた。
ギルドの飲食スペースから漂ってくる焼きたての肉の匂いに、鼻をひくつかせながらフラフラと歩き出そうとしている。
(……絶対、ろくでもないこと考えてるわね、あの顔)
まさか一文無しのくせに、ギルドの酒場で無銭飲食でも決め込もうとしているのではないだろうか。
カンナは思わず呆れ顔になりながら、無防備に背中を向けている魔王の背後へと足音もなく忍び寄るのだった。




