第8話 魔王様、冒険者になる
「召喚!」
リコリス嬢の掛け声と共に地面が盛り上がり、俺の目の前に岩で出来た頑強そうな巨人が現れた。
初めて見たが、これが召喚魔術ってヤツか。
確か、各種属性の精霊に自分の魔力を分け与えて使役する魔術だったよな。行使するためには、それなりに大量の魔力が必要だったはずだ。
その威力は術者の魔力量に比例するらしいから、目の前に現れた岩巨人の背丈は俺の倍以上あるから、相当なもんだと思う。
「さすがギルドの副長だな」
その肩書きは伊達じゃなかったと俺が感心していれば、岩巨人が両手を組んで振り下ろしてきた。
あまりにも突然のことなので、避ける暇もない。振り下ろされた一撃は俺に直撃し、濛々とした砂塵を巻き上げた。
「ちょっ……アルさん!?」
「なんっ……ゲッホ、ゲッホ……なんだよ」
砂塵の真っ只中にいるのに、いきなり呼ばないでほしい。返事をしようとして砂を吸い込み、ちょっとむせてしまった。
「え……?」
と、驚きと戸惑いの声を上げたのはリコリス嬢だった。
「あ、あの……砂塵のゴーレムはどこに……?」
「え?」
砂塵のゴーレム? ああ、召喚した岩巨人のことか。
「俺の固有技能に触れたから消えたんじゃないか?」
「固有技能……?」
「ああ、えっと……」
いったい何があったのかといえば、すべて俺の固有技能の仕業だろう。
俺の固有技能、絶対神の摂理。
自分から距離が離れるほど出来ることは限られてくるし、意識的に操る必要もあるんだけど、ほぼゼロ距離なら無条件で常時発動してるんだよね。
特に、俺が怪我しそうな攻撃を受けると、逆に攻撃してきた方を跡形もなく消滅させちまうんだよな。意識していれば問答無用で消し去ったりはしないけど──ってことをね、説明するには絶対神の摂理の能力を話さなくちゃならないんだよな。
それはそれで面倒くさい。
「た、たぶん、制御がちょっと甘かったんじゃないかな? よくわかんないけど! それよりほら、模擬戦をするんだろ? 何を相手にすればいいのかな!」
話題を本題に戻してみたけれど、何故かリコリス嬢は地面に膝を突いてうなだれて、ぷるぷると肩を震わせていた。
「ぷっくくく。アルさん、ナイスです。めっちゃ煽ってくれてありがとう!」
「いや別に、煽ってるつもりなんてないけど……」
「だって、今の砂塵のゴーレムが模擬戦相手だし、リコリスの必殺だったんですから」
「……え?」
嘘だろ? あんなお人形が冒険者ギルド副長の必殺? しかも模擬戦の相手?
おいおい……どんな戦い方を見せりゃ良かったんだよ……。
「さっきの砂塵のゴーレムですが、なんでもその昔、反乱した鬼人族の砦を単騎で壊滅させたそうですよ」
「へぇ」
鬼人族ってあれだろ、頭に角を生やした種族だよな。確かに鬼人族一人で平均的な人族千人分の戦力らしく、一騎当千ならぬ〝一鬼当千〟とか例えられてるよな。
でもまぁ、それだけだし。
そいつらの砦くらいなら、誰だって一人で落とせるんじゃないか?
「あ、はい。例えが悪かったですね……」
何故、解脱しきったような目で俺を見るんだ。
「ねぇ、リコリス。これでわかったでしょ?」
カンナは俺をあっさり見限り、リコリス嬢に向き直ってたさしく肩を叩いた。
「人にはね、理解できる範囲ってものがあるの。その範囲から大きく逸脱していれば、理解できないのも当然でしょ? 大丈夫、あなたは良くやったわ。ちゃんとわかってるから」
まるで慈愛に満ちた聖母の如き眼差しである。
おまえ……何もしてないですやん。
「ちょっとカンナ、あなたなんてモノ連れてきたの!? どうするのよコレ!」
「モノ? コレ?」
いったいなんのことを言ってるのかわからず口に出したら、リコリス嬢が「ヒッ」と短い悲鳴を上げて俺の目の前に土下座してきた。
「すみません、口が滑りました! 数々のご無礼、心よりお詫び申し上げます!」
「えぇ~……」
おかしい……エルフってのは誇り高くて冷静沈着な種族じゃなかったっけ?
それがなんで、出会った頃のカンナと同じことをしてるんだ……?
「とっ、とにかく冒険者登録の件、確かに賜りました! 会員証の発行その他の手続きに移らせていただきますので、後日改めてご連絡差し上げたいと思います。今日はこのままお帰りいただいて結構です!」
「お、おう……」
なんだかよくわからんが……これで俺も、晴れて冒険者の仲間入り──ってことで、いいんだよな?
「よかったですね、アルさん。ほら、私に任せて正解だったでしょ?」
「……ホントにそうかぁ?」
確かに冒険者ギルドに入会できたけど、カンナの功績ってわけじゃないと思う。
むしろ、こいつのせいでいろいろ拗れた気がするんだが……まぁ、いっか。
終わりよければすべてよしってことにしておこう、うん。
■□■
ギルドの外に出ると、ケトルの街はすっかり夕暮れに包まれていた。人々の活気は昼間よりも増し、酒場からは焼いた肉のいい匂いが漂ってくる。
……そういや俺、カンナと出会ってからまだ何も食ってないな。
そんなカンナは、リコリス嬢から呼び止められてここにはいない。大方、俺のことであれこれ話し合っているか……いや、あいつのことだから、リコリス嬢に怒られてるのかもしれないな。
「……そういえば」
冒険者ギルドの一階は酒場も兼ねていたな。
人族の社会では、食うにも呑むにも金がいる。生憎、俺は一文無しだが、カンナなら金を持っている……はずだ。相互援助の協力関係であるならば、あいつの金で俺が食っても問題ないはずだ!
よ~し、適当にうまいものでも食っとくか。
「アルさん、どこに行こうとしてるんですか?」
「おぉう!?」
びびび、びっくりした! 口から心臓が飛び出すくらいに驚いた! こんなに驚いたのはいつ振りだろうというくらいに驚いた!
なんせ背後から声をかけられたのである。
背後だぞ?
よもやこの俺が、背後を取られるとは思ってもみなかった。
「カンナ……おまえ、実は実力を隠しているとか、そういうのはないよな?」
「は? 何の話?」
ないな、うん。カンナがどうこうというより、人族の街に入って俺が油断──浮かれてただけって考えた方が正しい。
「それよりも、どこへ行こうとしてたんですか? ギルドの酒場で飲み食いしたら、あっという間にお金がなくなるんですからね。ツケは効きますが、そうやって首輪を駆けられて好き勝手にこき使われますよ」
「そ、そうか……」
酒場での飲み食いはやめておこう。この様子だと、カンナが支払ってくれそうにない。
「それより、リコリス嬢からなんの話をされてたんだ?」
「……まぁ、いろいろと」
なんだか物凄く微妙な顔になった。
「短時間で随分とやつれてるじゃないか」
「なんていうか……ああ、そうそう。アルさんは冒険者として登録できましたけど、当分の間、依頼を受けるのはあたしと一緒にしてくれって言われちゃいまして」
「そうなのか? まぁ、別にいいけど」
「いいんですか?」
「冒険者の仕事なんて、どれも似たり寄ったりだろ? そもそも俺は、おまえの仕事を手伝うって約束してるしな」
「それは……ありがとうございます」
あれあれ? 素直に頭を下げてきたぞ。
……もしかして、他にもまだ何かあるんじゃないのか?
「いや、実はですね。冒険者にはランクというものがありまして」
「ランク?」
「あるんですよ、そういうのが。例えば、駆け出し冒険者が地竜の皮を採取する依頼なんて受けても確実に失敗するでしょ? そういう無謀な挑戦を避けるため、冒険者にはランクが設けられているんです。受けられる依頼も、そのランク内のものって決まってるんですよ」
「なるほど、わからん」
「アルさーん? アルさーん。ほんのちょっとでいいから、考える素振りくらい見せてくださーい?」
「失敬な! ちゃんと考えてるぞ」
深謀遠慮という言葉が誰よりも似合おう男……それがこの俺だ!
「ちなみに、おまえのランクって?」
「あたしは四等級です。上から順に特級、一等級、二等級、三等級──一番下位で六等級なんですが、登録したての人は一番下位の六等級からになるんですよね」
「はは~ん、これが人類の階級社会ってヤツか」
「……ま、まぁ……間違っちゃいませんけど……」
「ん? 登録したては一番下位ってことは……俺って六等級?」
「そうなりますね」
この俺が最下位……。
ま、まぁ、俺ってば新人だし! 何かを始めた時には、誰だって〝初めて〟なわけで、別にそんなこと気にしないし!
何より、俺にとって問題なのはランクではない。
「ちなみに、最下位のランクで美味い飯は食えるのか?」
「まともにやってたら、飢えて死にますね!」
「おーぅ……」
なんてこった。
それじゃ俺は、わざわざ人族の街まで来たってのに、まともな飯すら食えずに野垂れ死ぬってことじゃないか。
「一番下位の六等級の仕事は、内容が簡単ではあるものの、近所の子供のお小遣い程度の報酬しかもらえません。けど、あたしと一緒なら四等級の依頼も受けられるんです。賃金は跳ね上がりますよ」
「ほう。ちなみに、四等級だとどのくらい稼げるんだ?」
「あたしの場合だと……定期的に仕事をすれば、一人で食べる文には困らない程度……ですかね?」
……一人なら?
「二人だと?」
「飢えて死にますね!」
「結局、飢えて死ぬんじゃねぇかよ!」
なんてこった! 冒険者ギルドってとこは、所属している冒険者にまともな飯も食わせてくれないほど非道鬼畜な組織だったのかよ!
「仕方ないんですよ! 今後は私が依頼を受けて、アルさんも一緒に行動することがギルド側からの指示でもあるんです。これはもう決定事項で、そうでなくちゃ仕事が受けられないんですからね!」
かーっ! これだから! かーっ!
まったく。カンナは何もわかっちゃいないね!
「俺が文句を言いたいのはそこじゃないんだよ!」
「……え? そうなんですか?」
「元からおまえと一緒に仕事するつもりだったんだから、一緒に依頼を受けろっていうギルドの言い分に文句なんかねぇよ。けど、二人で仕事をして一人分の稼ぎにしかならないってのはおかしくね!?」
「冒険者稼業は、時にブラック企業も真っ青な労働環境なのです。伊達に『転落人生最後の職場』とか『命を切り売りする人生売買所』などと、影で噂されちゃいませんて」
「………………」
なんという社会の縮図。金がないばっかりに、命はかくも容易く売買されるってわけか。
結果、この世とバイバイしちゃうってわけか!
HAHAHA! 笑えねぇ……。
「ちなみに、ランクってのはどうやったら上がるんだ?」
「基本的に年に一度の査定で審査されます。前年の働きに応じてアップしたりダウンしたりですね」
「おいおい……一年も待ってらんねぇぞ?」
「あ、査定は全員一斉に、ですよ。確か、再来月には行われるはずですね。それまでにガンガン依頼を受けてこなしていけば、アップできるかもしれません」
「再来月か……」
それでもアルさん的にはご不満らしい。
「まぁ、こればっかりは我慢していただく他ないですね。そういうことですから、明日からバリバリ働きましょう!」
「やれやれ……」
前途多難だな、こりゃ。




