第9話 魔王様、人類の食事に感激する
仕事については委細承知という感じだが、それ以外のことはそうなっているのか、どうすればいいのか気になる。
俺はカンナと出会い、こうして人族の街に来た。
冒険者ギルドで登録を済ませた。つまり、仕事を得た。
あと必要なのはなんだ?
そう、寝る場所である。
魔族領を出てから今日までずっと野宿だった。別に野宿になれていないわけではないが、それでもさすがに、柔らかいベッドで眠りたい。
そして何より、飯だ!
「飯はどうするんだ? さすがにそろそろ、何か食わせてくれ」
カンナはあまり考えていなかったらしく、「あー……」と悩むような声を上げた。
「うーん……仕方ない、付いてきて」
そう言うと、カンナは町の中を進み始めた。
右へ、左へ。
慣れた足取りで町の中を進む……の、だが、なんだか人通りが徐々に少なくなっていってるような気がする。
えー、なんか怖い。いったい俺をどこへ連れ込むつもりだ──と思ってたら、カンナに連れ込まれたのは小さな個人宅だった。
「誰の家?」
「私の家。と言っても借家だけどね」
ほうほう、集合住宅ではなく個人宅に住んでるのか。人族の住宅事情に明るくないが、それでも集合住宅ではないところに住んでいるってのは、立派なもんじゃないだろうか?
中に入れば、台所に風呂、トイレが個別にあり、そして約二十平米ほどの居間がある。
そこまで広くはない。
ただ、意外と小綺麗に片付いていた。
そんな中でひときわ目を惹くのが、居間の窓際にある作業台だ。杖とか弓とか水晶玉とかが置いてある。
「あれ? もしかして武器とか作ってんの?」
「ううん。どっちかっていうと、元からあるものを改造してるの」
「改造?」
「あたし、職種は〝技工士〟なんですよ」
「ほう」
なんでもカンナは、全知検索で既存の武器や道具の改造案を出したり、時には自分で改造もして、それを商工ギルドへ売ってるようだ。
もっとも、カンナには知識があっても技術が足りず、もっぱらアイデアを売ることで生計を立てているらしい。
ただ、アイデア料だけで食っていくのは難しいようで、仕方なしに冒険者家業も兼任しているようだ。
苦労してますなぁ。
「それじゃ、無事に帰ってこられたことだし……ご飯でも作りますか」
「おおっ、ついに! ついにこのときがやって来た……!」
感動もひとしおである。
そうとも!
俺はこのために……人族の食事を味わうためにっ!
魔族領を抜け出し、魔王の座を捨て、魔族であることがバレる危険を冒してまで人族の領土まで来たのだ!
だがしかし、待ってほしい。
カンナは言った。ご飯でも〝作りますか〟と。
てことはなんだい? カンナくんが料理するってぇことかい?
「……おまえ、料理できんの……?」
「なんですかその、心底不安そうな、嫌そうな顔は。これでもあたし、普通に料理くらいできますよ。大人しく待っててください」
そう言って台所に引っ込んだカンナは、それほど時間を置かず、小皿に野菜を盛り付けて戻ってきた。
「……もしかして、これだけとか言わないだろうな?」
「お通しっていうか、先出しです。本番前の前菜だと思って、つまんでてください」
なるほど、前菜か。
でもこれ、大根じゃね? ほぼ生の大根だよな? 大根をイチョウ切りしただけに見えるんだが……辛くて食えなくないか?
まぁ……カンナが出したものだし、食ってみるか。
「……んっ!?」
甘い……!
食感はシャキシャキで、確かに大根ではあるんだけど、辛みは一切なく、ほのかに甘い。
しかもその甘さは砂糖を舐めたような強い甘味ではなく、食感を邪魔せず楽しませるための優しい味だ。
あー……なんかこれ、後を引く美味さだな!
「おい、カンナ! この野菜、いったいなんだ!?」
「え~? 大根の浅漬け」
台所にいるカンナに声を掛けると、そんな返答があった。
大根の浅漬け?
じゃあ、やっぱり大根なのか。しかし辛みが強い大根が、よもやこれほど優しい味になるとは……!
「もう一皿くれ!」
「え? もう食べちゃったの?」
台所に小皿を持って行くと、調理していたカンナに驚かれた。竈の上の鍋に油を満たして……ほうほう、これはもしや揚げ物ですか。
「何作ってんだ?」
「できてからのお楽しみ……って言っても、聞きそうにないですね。サイレンバードの唐揚げですよ」
ほうほう、唐揚げとな。
サイレンバードと言えば、肉付きのいい鳥の魔獣だったな。雑食でなんでも食うヤツだけどそんなに強くない。丸々と太っていて動きが遅いので、わりかし簡単に仕留めることができる。
美味いかどうかは、よくわからん。ただ、食用にもなるのは間違いない。
なんとなく興味があって横で見ていると、カンナは慣れた手つきでサイレンバードのもも肉を一口大にカットしていった。
それを黒いタレで満たしたボウルに入れて手で優しく揉み込み、小麦粉をまぶしてから油の中に投入。
「最初から高温で揚げるより、投入してからじっくり温度を上げた方が美味しく揚がるんですよ」
俺が横で見ているからか、カンナがそんな解説をしてくれる。
じゅわ、じゅわわわ、っと徐々に揚げ音が大きくなり、カラカラと音が軽くなってきたところで取り出した。
後は更に盛って、クリーム状のソースを添えて──。
「はい、できあがり。アルさんって、お箸使えます?」
「箸?」
「これ」
カンナは二本の棒を片手で器用に動かしてみせた。そういえば、唐揚げもそれで油から取り出してたっけ。
「使ったことないな」
「じゃあ、フォークにしときますか」
そう言ってカンナは食器棚から取り皿とフォークを取り出し、唐揚げを盛り付けた皿と一緒にトレイに乗せて、居間のテーブルに運んでいった。
その後を、俺もうきうきしながら着いて行く。
「じゃ、食べましょう。はい、アルさん。いただきます」
「ん、なに?」
「私の故郷で、食事前の……まぁ、お祈りみたいなもんです。諸説いろいろありますが、私としては食材になった命に対する感謝ですね」
「ほう、なるほど。じゃあ、いただきます」
カンナにならって〝お祈り〟を済ませ、俺はさっそくフォークを唐揚げに突き刺した。
それだけで、プシュッと中から脂が溢れてきた。
そのままパクッと一口。
「ふおぉぉぉ……っ!」
感嘆するしかできなかった。
美味い。マジ美味い。
外はカリッと、中はしっとり。熱々で舌が火傷しそうになるが、それでも肉脂はほんのり甘く、揉み込んだタレのしょっぱさが、今まで味わったことのない旨味になっている。
俺、人族の世界に来てホントよかった……!
「あ、マヨネーズを付けて食べると美味しいですよ」
言葉にならない感動で打ち震えていると、カンナがそんなことを教えてくれた。
「マヨネーズ?」
「そのクリームです。よく酸味の強い柑橘系の絞り汁を掛けるんですけどね、こっちの方が私の好みなので」
そういうことなら、試してみるしかない……!
カンナのお薦めに従って、次の唐揚げにはマヨネーズをたっぷり付けて口の中に……ほああああああっ! こ、これもまた美味いな!
熱々の唐揚げに冷えているマヨネーズを合わせることで熱々さ加減は損なわれるものの、肉の旨味がより濃厚に堪能することができる。
しかも、マヨネーズの酸味が利いた味わいが唐揚げの味をもさらに高めてくれる!
「美味い……マジ美味い。ホント美味い……」
いやね、もうね、なんつーかね? 語彙が少なくなっちゃってるけど、本当に美味いと思うものを食べたら誰だってこうなると思うんだよ。
改めて断言しよう。
魔族の飯ってマジでクソだな!
「いやあ……ホント俺、カンナと出会えて幸せだよ……」
「え、なんですか急に。恍惚とした表情で言われても、ちょっとドン引くくらい気持ち悪いんですけど」
「褒めてんだよ! 素直に受け取れよ!」
これじゃ褒め損だよ。
「このくらいは普通だと思いますけど……満足していただけたなら良かったです」
「え、なに? 人族の食事って、このレベルで普通なの?」
「外で食べても美味しいですよ。……あ、でも私の場合、使ってる調味料は故郷のものをこっちで再現してますから、この町の料理とは味の方向性が違いますね」
「ほう、そうなのか」
まぁ、美味いからなんでもいいや!
「ふー……満足」
「アルさん、食べ終わった時には『ごちそうさまでした』って言うんですよ」
「ふむ。ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様でした」
こうして。
俺の人族の街で食べる初めての料理は、大満足と言っても過言ではない体験となった。




