第5話 朽ちた遺跡の予言文
聞いた話によれば、人族が平地を見通せるのは、だいたい四キロから五キロくらいまでだそうだ。
これは魔族においても同じである。
というのも、この大地は湾曲しているらしく、どんなに目が良くともカーブの陰に隠れて見えないようになっている。
なので、俺がどれほど偉大な魔王であっても、見える範囲は四キロから五キロ先までが限界だ。カンナの言う遺跡とやらにたどり着くには、二十回くらい短距離転移を繰り返す必要がある。
ま、すぐに終わりそうだ。
「ちょっ、アルさん……ストップ……ストップぅ~……!」
と思ったら、十回くらい転移を繰り返したところで、抱きかかえていたカンナから〝待った〟をかけられた。
「なんだ急に? テンポよく進んでいたってぇのに」
「いいから……っ! ちょっ……降ろして……」
「むむ?」
なんだなんだ、捕まった猫みたいに俺の腕の中でもがき始めたぞ。
さてはこやつめ、今までろくすっぽ抱きかかえられたこともないので照れているのか。
はっはっは、初々しい奴め。
「う……もう、ダメ……」
って思ってたらいきなり吐きやがった。
うーわ、きったねぇ!
「おまっ……! 吐くなら吐くって、そう言えよ!」
「だって……うっぷ、転移魔術って、こんな視界がグルグル回るんですね……うげげげ」
「ったく、世話の焼ける奴だな」
乙女がゲロまみれなのは、さすがにいたたまれない。仕方ないので綺麗にしてやるか。
何せ俺は一流の魔王。
魔王ともなれば、浄化や洗浄の魔術さえも指パッチンで一発なのだ。
「おぉ? 魔王でも浄化魔術って使えるんですね。気分が楽になりました」
「そうだろう、そうだろう。俺に感謝し、崇め、敬い、奉るがいい」
「転移酔いを治した程度で欲しがりすぎじゃないですか!?」
かーっ、これだから! これだから人族ってヤツは礼儀がなっちゃいないね!
魔王である俺様直々に治してやったという、その有り難みを噛みしめてもらいたいもんだよ、ホントに。
「しかし、おまえがそこまで転移魔術に弱いとはな。ここからどうする? まだ半分くらい距離はあるぞ」
「うーん……そうだ! アルさん、あたしを眠らせてください。寝ちゃえば、転移魔術で酔うこともないはずです!」
「おおっと、とんだお惚け野郎を発見だぜ」
なんでそんな「あたしって賢い!」みたいな顔ができるんだ? この俺を便利な移動手段として使おうとは、いい度胸だ。
「むしろ、そのまま転移して転移酔いしたおまえに浄化魔術をかけた方がいいだろ。寝られたら起こすのも面倒だ」
「それは身体に負担が掛かりそうで嫌です!」
「なぁに、あと半分の距離だ。慣れるかもしれないだろ?」
「いーやーでーすーっ!」
……面倒くせぇなぁ、もう。
「いいから行くぞ」
「やーだーっ!」
喚くカンナの首根っこを捕まえて、目的地の遺跡とやらまで転移を繰り返した。
■□■
「オロロロロ~……」
カンナのヤツ、遺跡とやらに到着するなり、また吐いてやがる。その姿がホントに情けないので、なんというか、可哀想になってきた。
念入りに浄化魔法を掛けてやるか。
「ほらほら、しっかりしろって」
「もう……もう二度と……緊急事態でもない限り、転移魔術はゴメンです……」
そんなにか? なんだかカンナに、新たなトラウマを植え付けてしまったような気がするが……まぁ、いいか。
「おお、カンナさん! ご無事でしたか」
そうこうしていると、遺跡の奥から白髭を蓄えた男が急いだ様子で駆け寄ってきた。
「ああ、これはトーマスさん。ご心配おかけしました」
男の姿を目に留めるなり、ついさっきまでゲロゲロしていたカンナはシャキッと姿勢を整えて、余所行きの声と態度で言葉を返した。驚くべき変わり身である。
「いや、驚きましたよ! 門を調べていたら、突然消えてしまうんですから!」
「あはは……あたしも驚きました。転移門なのは間違いなかったですが、行き先は空の上でした。おそらくトラップか何かの類いだったと思われます」
「それはそれは……本当に、よくご無事でしたね」
「ええまあ。こちらの方に助けていただいて、九死に一生を得ました」
ん? ああ、助けたって、俺のことか。
「ふっふっふ、まぁこの俺のお陰でぐおっ!?」
「それよりトーマスさん、遺跡調査のご依頼の件ですが」
いきなりカンナに割って入られ、足を踏んづけられた。理不尽極まりない!
「何しやがる……!」
「アルさんは黙ってて。正体バレたら大変でしょ。ちょっとあっち行ってて」
「ぐぬぬ……!」
なんと横暴な……! 話を振ったのはカンナの方だというのに、なんとも解せぬ扱いだ。
だがしかし、俺としても正体バレなんぞ勘弁してほしいところなので、ここは素直に従おう。俺は物わかりのいい魔王なのである。
それに、どうやらあのトーマスとやらが冒険者ギルドに依頼を出した依頼主のようだ。
わざわざこんな遺跡くんだりまでやって来たのは、その依頼主から遺跡調査終了の確認書にサインをもらうためだ。サインをもらっておかないと、ギルドから手間賃が支払われないとか言ってたし。
そんな所に立ち会っていても仕方がない。あまり興味は湧かないが、せっかく来たのだから、遺跡とやらの観光でもして時間を潰すか。
カンナとトーマスが何やら書類のやりとりをしている姿を尻目に、遺跡の奥へと進んでみることにした。
なんの遺跡かは知らないが、それは生い茂る木々に飲み込まれた石造りのピラミッドだ。
急勾配の石段を覆い尽くすのは、蛇のように太い根っこだ。かつては規則正しく組み上げられていたんだろう巨大な石塊が、樹木の生命力によって押し上げられ、あちこちで悲鳴を上げるように歪んでいる。
壁面のレリーフは……なんだろうな? よくわからない怪物が描かれており、今や深い苔に覆われている。
……ん? なんか文字っぽいのがあるぞ。
これは……古代の魔族文字に似てるな。ちょっと古い表現が多いが、読めなくもない。
えーと、なになに……?
「……『星の巡りが狂う時、大地は喰らわれ、森は繁茂し、空は裂ける』……おぉう、なかなか詩的な書き出しじゃないか」
こびりついている苔を指先で払い、文字をなぞり続けた。
「『七つの影が地に降り、理を塗り替える。その災禍に抗う術はなく、ただ世界は原初へ還るだろう。避けられぬ滅びを前にして、唯一の道は〝天の門〟にあり。災禍が大地を呑むとき、翼なき者は門を潜り、天空の揺り籠へ逃げ延びよ』……ふむ?」
なるほどわからん。
これはおそらく、何かしらの預言書? 神託? の類いだと思うが、なんだってこう、抽象的で曖昧な書き方をするんだろうね? もっとわかりやすく、ストレートに書いてくれりゃいいのに。
「おーい、アルさーん」
するとそこへ、俺を呼ぶカンナが呼ぶ声が聞こえた。
「こっちは終わりました。帰りますよー」
「おーう」
ま、詳しいことは、この遺跡を調査している連中がいずれ解き明かすんだろう。
それよりも、これでカンナの用事も済んだことだし、ようやく人族の街に行けるぞ!




